12
死ぬにはいい日だ、といいたかったのにあいにくの雨だった。
辞世の句の選択肢を失ったので代わりを考えてみる。
おれの死を悼んで空が泣いているとか? ばかばかしい。
しょぼしょぼとした小雨に身体を濡らしながら処刑台まで連行される。
灰色の空のした、後ろ手にしばられて縦列をつくった銀仮面に囲まれていた。ドナドナが聞こえてきそうだ。市中引き回しというやつだった。
狂信者の数は十五人。バミュー以外が総出でおれの連行についていた。たった一人に御大層なことだ。
「お前らほかにやることないのかよ」
「黙って歩け。貴様はもう死人だ」
「せいぜい今のうちに強がっておくがいい。処刑台でもおなじように振る舞えるか見ものだな」
「貴様がおがむ最後の町並みになる。堪能しておいたほうがいいぞ」
おれを脅かす気の利いた言葉をいろいろと考えてきたらしい。たった一言に雑言の嵐がかえってきた。
実際にやることはないのだろう。おれが妨害してから現地人の処刑はおこなわれていないようだった。
牢獄に囚われているあいだも連中はかわるがわるひっきりなしに見まわりにきた。現地人の捕獲と処刑をやっていたなら、看守ごっこに裂ける人員はいないはずだ。
ミリアンぶちギレ事件をうけて、バミューたちは標的を自我をもった特別な現地人に限定したらしい。無差別な虐殺をつづけられるよりマシだ。あくまでも今のところはだが。
噴水広場に到着した。
一昨日とおなじように教会の前には処刑台があり、バミューが舞台上で剣を床に突きたて仁王立ちで待ちかまえていた。
舞台にあげられる。銀仮面たちは処刑台を取り囲んで警備体制をとったが、人垣ができて押し問答になる心配はなさそうだった。
観客はがっかりするほどすくなかった。
現地人の姿がちらほら見えた。しかし彼らは見物客というわけではなく、せわしなく広場を往来しながら物珍しそうな視線を投げかけているだけだ。
あとは十数人のユーザー。顔は知っているが名前は知らないやつらばかりだ。
クナイがいっていたように、あらためて友達のすくなさを実感した。
世界を狭めるような生きかたをしてきたのは自分自身なのでしかたがない。
こんなことになるのなら、かえってよかったのかもしれない。
狂信者が画策したようにミリアンたちがおれの救助に現れるような兆候も毛ほども感じられない。
天候もあって、ずんぶんと物寂しい公開処刑になりそうだ。
「これより、処刑を執りおこなう!」
バミューは厳かに宣言した。そんなに怒鳴らなくてもみんなに聞こえるほど静まりかえっている。
期待はずれはやつもおなじだったのだろう。躍起に盛りあげようとしているようだ。たくましい男だ。
「銃使いハンク。このものは我らの神聖なおこないを妨害し、偽りの魂の逃亡を幇助した。また妨害行為を扇動し、一人のユーザーを死に追いやった!」
おれとエドガを殺そうとしておいてよくいえたものだ。しかしエドガの死の責任の一端がおれにあるのは事実だ。それはあまんじてうけいれるべきだろう。
「罪状は公務執行妨害、逃亡幇助、殺人! そればかりか、我らの神を愚弄する発言を流布し混乱をひきおこした反逆罪! なにか異論はあるか!」
バミューは血走った目でまくしたて、だんびらの切っ先をおれの鼻先に突きつけた。
公務執行妨害は笑える。しかしこの期におよんで御託をならべるきはなかった。おれはあきれ顔で肩をひょいとすくめた。
「いいだろう。罪を認めるということだな。では最期にいい遺すことは?」
「酒は?」
「なんだと?」
「お前がクナイを遣いにだしただろ。死刑囚の最後の食事だよ。酒を注文したんだが、まだもらってない」
ちょうどそこにクナイがあらわれた。大きな麻袋をかついでいる。
別段急ぐふうでもなく、ジョギング程度ののんびりした駆け足で処刑台に近づいてくる。
「お待たせ。はい。これ」袋から縄でくるまれた酒のボトルを取りだして、バミューにむかってほうり投げた。
バミューはつんのめるようにしてあわててうけ取った。うらめしげにクナイをにらむ。
「遅い! 最後の食事なのだから晩餐にきまっているだろう。処刑台で飯を食うやつがあるか!」
「わたしは暇じゃないしあなたの手下でもない。持ってきてあげただけでも感謝してほしいわ。それにお酒なんだからそこでも飲めるでしょう」
バミューは小声でののしり、クナイに顎をしゃくった。「あがれ。拘束を解くわけにはいかない。お前が飲ませてやれ」
「いやよ。気持ち悪い。マジきもいんですけど。ありえないわ」
ひどすぎる。死にゆく男にありえないのはお前の仕打ちだ。
バミューがいよいよ癇癪をおこして床を踏み鳴らした。天候にも恵まれず、観客もすくない。あげくに妙なタイミングでのクナイの登場。
エクスデア初のユーザーによるユーザーの公開処刑として後世にのこすにはすべてが貧相でおそまつだった。企画者であるバミューの怒り心頭はもっともだ。
それでもやつは乱暴におれをふりむかせ、後ろ手を拘束していた縄を断ち切った。
ボトルを胸にぶつけてくる。「はやくすませろ」
無言でボトルをうけ取ってまじまじとバミューを見た。
言動はどうあれ、おれを殺したいほど本気で憎んでいるわけではないのだろう。そうでなければ最後の食事を用意させたりはしない。
ただお互いの主義がまっこうから反しているだけだ。おれにもやつにも私怨はない。
そうなると、いまいましいが考えずにはいられなかった。あわれみたっぷりで命乞いすれば処刑は回避できるかもしれない、と。
世のいざこざのほとんどが短絡的なもので、だれか一人が大人になってぐっと我慢すれば回避できる。短い公僕生活で学んだことだ。
しかしおれの命が助かったところで解決にはならない。きっとこいつらはミリアンを追うのをやめたりはしない。
銃をむけた時点で腹はきまっていたはずだ。
ちょっと人間味を垣間見ただけでいまさら揺らぐべきではない。
おのれの不運をうらみ、口さがない世間をのろいはしたが、女を殺そうとしたジャンキーを撃ったのを後悔したことは一度もないのだから。
コルクを抜き、ボトルをあおった。
「まずい。やっぱりおれの口にはあわないな」
ボトルを逆さにして内容物をばたばたと足許にたらした。
「貴様。なんのまねだ」バミューが声を荒らげた。
「この地味なイベントに花をそえてやろうと思ってね」
広場のそこここに濃密な靄が発生し始めた。
曇天の淡い陽がかげり、いっそう薄暗くなる。
どこからともなく女たちの奇声が聞こえてきて四囲で渦をまく。
霊感がなくとも首筋の毛が逆立つ。
「なにをした! 銃使い!」
異常を察したバミューが剣をふりあげた。しかしふりおろされることはなかった。
バミューの背後、虚空からぬらりとあらわれたウエディングドレスの幽鬼がバミューを羽交い締めにした。
デイライト・レイスの死の抱擁だ。幽鬼が触れているところには霜がおり、拡がっていく。
バミューはわめき、もがいていたが体温と体力を見るまに奪われていった。ほどなくして動かなくなり、魂が抜けていくような白い息をはきながら力なく事切れた。
幽鬼は赤く明滅し始めた遺体を無造作に放棄し、ひらひらと手をふった。
「ハンクくん。こんにちは」
「ジーナ」
「クナイさんから事情は聞いてる。助けてあげるわ」
クナイが用意したのは葡萄酒『白日の月』。
クナイにはジーナのことを打ち明けていた。上等な酒の一言でおれの意図をくんでくれたのだ。おそらく昨日のうちにジーナを召喚し状況を説明したのだろう。
広場には無数のレイスが出現していた。靄が人型に凝縮していき、次から次へとわいてでてくる。
ジーナ以外の通常のレイスは日中に活動できない。出現した端から陽の光をうけてくすぶるように煙をふいていたが、曇天が幸いしてか、すぐには消えずにユーザーめがけて襲いかかっていた。
「あの子たち、見境ないけど暴れさせちゃっていいの?」
「存分にやってくれ。有象無象を躍らせろ」
ほんとうに友達がすくなくてかえってよかった。おれの処刑を面白半分で見物にくるユーザーがどうなろうと知ったことか。
狂信者も野次馬ユーザーも恐慌の極みだった。泡をくって逃げまどうもの。果敢に戦おうとするもの。だれもが例外なく混乱して右往左往していた。
さびれた公開処刑はカオスの阿鼻叫喚へと打って変わった。あっちへどたどた、こっちへばたばた。処刑台の上から俯瞰すると騎馬のいない騎馬戦のようだった。響きわたるのは歓声や声援ではなく、悲鳴と怒号だが。
見たところ数で圧倒している青白ふわふわ組が優勢だ。ベテランユーザーでも備えなしにレイスの大群を相手にするのは骨が折れる。
「逃げるやつは捨ておいてくれよ。現地人に被害をだしたくない」
広場で暴れてくれれば、事態を収拾しようと息巻いた狂信者たちは勝手にむかってくるはずだ。
「りょーかい。善処するわ」
いつの間にかクナイはいなくなっていた。広場のはずれにその姿を認めた。自分の足許をくいくいと指さして、家屋のかげに消えていった。
処刑台から飛びおりた。衝撃で腹が鋭く痛んだがもだえている場合じゃない。歯を食いしばって身をかがめ舞台の下にもぐりこんだ。
クナイが持っていた麻袋はすぐに見つかった。酒瓶をいれるだけにしては大きすぎると思っていたが、なかには押収されたおれの装備がはいっていた。
各種拳銃に弾帯、薬瓶の革帯。すべてそろっている。
クナイが遅れてやってきたのも納得だ。狂信者が総出でおれを連行していくのを見て、領主の館から持ちだしてくれたのだろう。
望外の働きだ。クナイの思惑にもこたえなければならない。さいわいおれの目的とおなじだろう。
大急ぎで身支度を整えて舞台の下から這いだした。
「待て、銃使い! 貴様よくもやってくれたな」
狂信者の一人が目ざとくおれを見つけた。幽鬼の群れにまとわれながらも突進してくる。
「お前らと遊んでるひまはないんだよ」
三十八口径を弾いた。胸に二発、頭に一発。狂信者は地に伏したが幽鬼はそのままおれにむかってきた。
ジーナが間にわってはいった。鬱陶しそうに手をはらうと幽鬼の群れはおびえたように散っていった。
「さすがアンデットの女王。助かったよ」
「女王になったおぼえはないけれど。そんなことより、これからどうする?」
「ここでしばらく連中の相手をしてくれるか?」
「おっけー。そのすきに町から逃げるのね」
「いいや。ケリをつけてくる」
ジーナが目を白黒させた。
「わたしが口をだすことじゃないけれど、仕切りなおしたほうがよくない? その怪我、つらそうだよ」
ごもっともだ。しかし町が混乱している今が最大にして最後のチャンスだった。
おれが始めたわけじゃないが、この町にわだかまる不当を終わらせなくてはならない。




