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Chapter Ⅵ   秘密の質問

「……はぱ……? なんだそりゃ?」

「……やっぱり、覚えてないか」

「いや、待て……! なんだか聞き覚えがあるような気がするぞ!」


 この感覚は何だ……? こんなことが前にも……。ここまで来てるんだが……。


「昔、あれだけとりつかれたかのように唱えてたのにね。けいちゃ……コホン。彩戸くんの“さいせいのパスワード”よ。その“オンドリ”とかいうゲームの」

「オンドリじゃない! “エンドリ”だっ! 玄人は敬意を込めて“ジ・エンド・オブ・ドリームス”と正式名称で……って、なんで昔のパスワードなんか覚えてて、これが覚えられないんだよ!」

「鳥飼くんじゃないけど、私だって興味ないものは覚えられないってば。でもちっちゃいとき、彩戸くんと遊ぶときはいつもそのなんとかドリごっこをさせられてたでしょ。なにかっていうとすぐパスワードを唱えるせいで、知らないうちに覚えちゃったの」

「そっかぁ。さいとーくんと雪永さんは幼なじみだったんだよねえ」


 言われてみれば、そんな時代もあった気がする。……さっきのもやもやが急激に消えていった。妙にすっきりしたが、これを思い出したかったのか?


「ていうか、なんとかドリって何だよ。鳥さんごっこかよ。わかった、特別に許可をやる。敬意さえ込めれば“E.O.D.”とイニシャルで呼んでも可」

「……で、私にとってはパスワードといえばそれだったわけなの、鳥飼くん」

「ふうん。なるほどねえ」

「こらっ! “さいせいのパスワード”を語るに当たって俺を無視するなっ!」

「うーん……。それなら雪永さんの言うとおり、パスワードは盗まれたってことだよねえ」

「そのとおりだ。俺が覚えてなかった以上、雪永しか知らないわけだからな。ただ悟、お前には情報が一つ欠けている」

「えっ? どんな情報?」

「コンピュータの世界には、パスワードを知らなくてもアカウントを盗める技術が山ほどあるんだ。例えば、忘れたことにして再発行すればアカウントを乗っとれる。うまくいけば取り返せるぞ」


 ネムアルを開いてログイン画面を呼び出した。まずは、もとのパスワードを打ち込んでみる。


「ローマ字でいいのか?」

「うん。私がやるわ」


 hapakeyatokaresikihenomo


「……まず他人には意味不明な文字列だな。いくぞっ!」


 ログインボタンをクリック。


 ※ パスワードが違います


「はじかれたか」

「……うん」


 一瞬、雪花の肩がぴくっと震えたような気がした。


「よし、奪還開始だ!」


 生年月日に20000229、IDにyukka0301と入力。あとは“秘密の質問”の答え。


〈あなたの両親の名前は?〉


「待って……! 私、こんな質問してない! きっと変えられたんだ……!」

「そうだろうな。でも一応やってみるか。店長と副店長だろ」


〈秀人と絵美〉


 エンターを押す。


 ※ 秘密の質問の答えが違います

 

「やっぱハズレらしいな。もとの質問は何だったんだ?」

「……"あなたの理想郷といえば?"」

「理想郷といえば、トマス・モアの “ユートピア”かなぁ?」

「いや! “イデアルシア”だっ! 理想郷といえば答えはイデアルシアだろ!?」

「え? う、うん。そう、それだけど……」

「お前、わかってるじゃないか! なんだそうか、普段ゲームは嫌いと言っておきながら実は……」


 雪花は全力で否定してきた。


「違うからっ! 勘違いしないで! パスワードと関係あるのにしたかっただけよ! それに、これなら万が一忘れても彩戸くんに聞けばわかるし」

「さいとーくん、イデアルシアってなあに?」

「いい質問だ、悟……。お前も夢幻学士として知っておく義務がある。イデアルシアとは、ジ・エンド・オブ・ドリームス第一作αにおいて非常に重要な夢幻力の源泉のこと。そこではあらゆる夢が現実になるという……。冒険の最終目的地であり、俺はまさに今、その道の途上にいる」

「ゲームの話はもういいってば。はい、そういうこと! この話はもうおしまい!」

「ちょ、ちょっと待て! お前な! 俺はお前のためにパスワードを取り返してやろうと……!」


 雪花は机の上に勉強道具を並べだした。大きい順から参考書を積み上げ、背中の線をぴったり合わせ、テーブルマナーのように整然とペンを揃える。もはや職人芸だ。


「別に頼んでなんてないでしょ。私、勉強しなくちゃ。ソフィアちゃん、心配かけちゃってごめんね。でも大丈夫だから」

「何が大丈夫だ! まだ何も解決してないだろ! 冒険は始まったばかりじゃないか!」


 せっかく面白くなってきたのに、こんなところでゲームオーバーなんてできるか!


「別に平気よ。ネムアルじゃなくても日記は書けるんだし。それに、私はあんたの冒険とやらに利用されたくないの」


 話に参加してなかったので寝てるものと思っていたソフィアだが、自分で始めた話の手前か、ちゃんと起きていた。


「……本当ですか?」

「……え?」


 間の抜けた声で返したのは雪花だ。


「……本当に、大丈夫なのですか?」

「……ソフィアちゃん、心配してくれてるの? ……あ、ありがとう」


 見つめ合う二人。


 さっきオーケストラ部のせいでできなかったあれを……と、やりかけてひらめいた。ここは、自走式メディアプレーヤー・ソフィアに働いてもらおう。


「ソフィア。“雪永さん、お手伝いさせてください”と言ってくれ」


 耳打ちすると、ソフィアのガラス工芸品のような声で再生された。


「……雪永さん、お手伝いさせてください」

「ソフィアちゃん……? さ、彩戸くん! ソフィアちゃんの気持ちまで利用するつもり!?」

「利用するもなにも、ソフィアは自分で感情などないと言っている。……“わたくし、雪永さんのお役に立ちたいのです”」

「……わたくし、雪永さんのお役に立ちたいのです」

「う……。……わ、わかったわよ! わかったから、ソフィアちゃんを腹話術みたいに使わないで!」


 雪花は肩を落とし、深く息をついた。今回はどう聞いてもため息だ。


「ふふ、見たか。わが歴研パーティの連携コンボを! 安心しろ! この程度のお使いイベント、何度も世界を救った俺からすれば朝飯前だ!」

「……もう妄想を否定する気力もないわ。ソフィアちゃんやみんなに心配かけて後悔しないために、一応調べてみるだけだからね!」


 雪花が後悔しようがしまいがどうでもいいが、これで冒険が再開できる。まさに“さいせいのパスワード”さまさまだな。


「それで? 普通は理想郷でイデアルシアが答えだなんて思わないでしょ。犯人はどうやってこの質問を突破したの?」

「うんうん、理想郷といえば、やっぱりユートピアだよねえ」

「やっぱりパスワードは破られたんじゃなくて、盗まれたってことか」

「どうやって盗んだのよ?」

「そ、それは……」

「世界を何度も救ったから朝飯前なのよね? そこまで言ったからには、いつもみたいに勢いだけじゃなくて、ちゃんと何か考えがあるのよね?」

「だ、だから、そいつが携帯を盗んだ犯人だからだって言ってるだろ! きっとそうに違いない!」


 話がふりだしに戻ってしまった。これじゃ夢幻ループ系のダンジョンだ。


「どうやって携帯が盗まれたかだって、結局わからないままだったじゃない。先月も彩戸くんは飽きて調べるのをやめちゃったでしょ。そうやって無責任なこと言って人を迷惑なことに巻き込むのが、あんたの言う冒険なわけ?」

「おっ、お前、言わせておけばまた過ぎたことをねちねちと……! お前が困ってるからみんなこうして協力してるんだぞ!? なあ悟!?」

「うーん……。あんまり言いたくないんだけど……」


 いつになく難しい顔で腕を組む悟。


「ほら見ろ! 悟、言ってやれ!」

「雪永さん。雪永さんの鍵を盗んで、なりすまして外交文書を送るってことは、わざわざそんなことをする価値があるってことだよねえ」

「え? うん……。そうなのかな」


 期待していた言葉と少しばかり違うが、まあいいとしよう。


「じゃあ、それで得をするのはどんな人かなぁ?」

「なるほど。さすが悟! ……待てよ、なんか前にも似たようなことが……。そうだ、思い出したぞ! 携帯が盗まれたときだ。こいつの個人情報など、盗んだところで何の価値もないという結論に至ったはず」


 むっとした雪花に代わって悟が答える。


「それがねえ、ある人にとってはあるんだよねえ」

「……そういえば、マーケティングがどうとか言ってたな。はっ! そうか! 雪永のウィスパーを使って、自社製品をそれとなく宣伝しまくるつもりか……!? こっ、小ざかしい! なんてやることが小さいんだ犯人め!」

「なに言ってるのよ。さっきのどこがコマーシャルだったの?」


 くやしいがそのとおりだ。ベルギーチョコまんがどうこうささやいたくらいで宣伝になるのなら、うちの店も苦労はしない。


「……たしかに、謎のポエムしかささやいてないか。じゃあ、こんなことで得をするやつっていうのは、いったい誰なんだ?」


 悟は一呼吸おいた。


「……それはねえ、愉快犯だよ」

「ゆ……愉快犯だって?」

「うん。なりすまされて困ってる雪永さんを見て楽しんでるんじゃないかなぁ」

「えっ……。なにそれ気持ち悪い」


 雪花はぞっとした声を出した。


「ちょっと待て悟……。だとすると、やっぱり犯人は八川なのか!?」

「……なんでそうなるのよ。先生がそんなことするわけないでしょ」

「まあそうだな。面倒くさがりのあいつなら、こんなまわりくどいことはしない」

「そういう意味じゃないんだけど。……鳥飼くん、ほんとに犯人は愉快犯なの?」

「うーん……。あくまで、携帯を盗んだ人が犯人だったらの話なんだけどね。携帯が戻ってきた日のこと覚えてる? みんなの携帯に、アルチベルさんからのメールがいっぺんに来たよねえ。もし、ただ個人情報を盗みたいだけだったら、そういう演出はしないし、そもそも携帯を返す必要もなかったと思うんだ」

「なるほど、たしかに……。それなら、キケロの暗号もいらなかったよな。あれは何のために入れたんだ?」

「うん。それはねえ、あのロレム・イプサムを送ったら、雪永さんはきっと日記に、“携帯が盗まれて怪奇文のメールが来た”って書くと思ったからじゃないかなぁ」

「……書いた。私」

「ふうむ。じゃあ犯人は、雪永が毎日執拗に日記をつけていることを知っていた……。それでいたずらを仕掛け、日記に自分の行動が反映されるのを見て面白がっていた……。そういうことだな。やはり内部犯か?」

「そうとは言い切れないけど、たぶん雪永さんが会ったことある人だとは思う」

「……? なんでそんなことがわかるんだ?」

「だって、雪永さんの国をのっとっちゃったら、もう雪永さんは日記を書けないんだよねえ」

「なるほど! つまりアカウントを盗んでしまったら、雪永を観察して楽しむには、生で本人を監視する以外なくなるってことか! 少なくとも、犯人が雪永の顔を知ってるのは間違いない!」


 寒気がしたらしく、雪花は自分の体を抱いている。


「ちょ……ちょっと……。監視とか言うのやめてよ……」

「先月、牧原がストーカー説を提唱してたが、あながち間違いじゃなかったのかもな。……雪永、正直に言え。お前、だれの恨みを買ったんだ?」

「だれの恨みも買った覚えないから! ……でもどうしよう。知らないうちに何か悪いことしちゃったのかな……」

「学校内だけとは限らないぞ。登下校や朝練、お前が習慣的に行っているすべての場所で見張られているのかもしれない」

「雪永さん、朝練はいつどこでやってるの?」

「えっと……。そこの多摩川だけど。七時に学校ついてすぐ、関戸駅から百宮橋までサイクリングロードを三往復って決めてるの」

「……そういえば、携帯が校門に置いてあるのを見つけたのは朝練中の雪永だったな……。それはもしかして、わざとお前に見つけさせたかったんじゃないのか……?」

「ひっ……!」

「……ストーカーの歪んだ愛情は恐ろしいらしい。そういえばこの間もテレビで、ネットストーカーに襲われた女子高生のニュースが……」

「や、やめてよ……! 怖いから適当なこと言わないでってば……!」


 雪花の顔からどんどん血の気が引いてきたが、なんとなくスカッとするのはなぜだろう。


「登下校はしかたないとしても、当分の間、朝練なんかは控えたほうがいいんじゃないかなぁ……」

「う、うん……。そうする……」

「しかし、特殊スキル“絶対法則一〇〇〇‰”にこんな弱点があったとは……。これからは法則に縛られず、自由に生きるしかないだろう」

「どこが自由よ。むしろ不自由じゃない……」

「うーん……。でも、どうして雪永さんがストーカーされてるのかなぁ?」

「雪永を狙う理由か……。勉強ができるわけでもなく、親が有名なわけでもなく、金もないしソフィアと比べれば容姿もこれといって……」

「……なに言われても別に気にしないけど、見た目だけは葉木谷さんと比べないでよね。悲しくなるから」

「ソフィア、今の言葉を深く心に刻みこんでおいてもいいんだぞ」

「……はい」


 生体ICレコーダーとして稼動中のソフィアにため息をつく雪花。電源ランプのような瞳の青いLEDが、まばたきで一瞬だけまぶたに消えた。


「こいつの特徴といえば、毎日日記をつける絶対法則くらいしかないんじゃないか? むこうだって、せっかく携帯を盗んだりしていたずらを仕掛けても、日記に書いてもらえないんじゃ面白くな……。いやっ!? ちょっと待て!?」

「わっ、びっくりした」

「どうしたのよ、急に大きな声出して」

「パスワードを知らなきゃ日記は読めない……! パスワードが盗まれたのは携帯が盗まれるよりも前だった……! すなわち、世界の真実はお前の過去に隠されているということだっ!」

「ちょ、ちょっとなにやってるの!? 私の携帯返してよっ!」

「今までのお前の行動を振り返ってみれば、犯人がいつからお前をストーキングしてるのかがわかるはずだ! チキ! メールボックスを開け!」

「返してってば! メール見ないでって言ったのに!」


 空を切り裂く雪花の手をかいくぐる。


「お前のプライベートには興味がないと言ってるだろ。客観的に分析するだけだ。ほらお前、過去を振り返るの好きだよな?」

「好きとか嫌いとかいうレベルの話じゃないから! プライバシーの侵害よ!」

「もしかしたら新手のウイルスかもしれないな! 念のため、迷惑メールを開いたり、なにか妙なゲームをダウンロードしたりしなかったか調べた方がいい。さあチキ! ネットの履歴を開くんだっ!」

「きゃあ! 最っ低! やめて! ほんとにやめてっ!」

「……はっ!? まさかお前、変なサイトに行った覚えでもあるのか!?」

「ない! 絶対にないからっ!」


 鬼気迫る赤面に押し負け、携帯を奪われてしまった。


「普段冷めてるくせに、そんなに熱くなるとはめずらしいな」

「これは、私の人生の記録なの! 日記と同じなの! あんたに見られるくらいなら死んだ方がまし!」


 死ぬよりはましだろ、と思ったが言っても聞きそうにない。


「なら自分で調べろよ。そのかわり、少しでもおかしなメールや履歴が見つかったら、ちゃんと報告するんだぞ。それがお前のためだ」

「……わかったわよ。でも、彩戸くんのためじゃないからね」

「いや、なんで俺のためなんだよ。お前のためって言っただろ」


 さっき整列させた勉強道具を丁寧にしまい、雪花はしぶしぶ画面を操作

しはじめた。


「そうそう、最初からそうすればいいんだ。さて、現実世界の冒険が中断されている間は、別の世界で冒険しなくてはならないな」


 さっそく寝てしまったソフィアに倣い、パソコンのモニタをオフにする。ブレザーの内ポケットから“アンニンドーID”を取り出すと、悟が目をぱちぱちさせた。


「あれ? さいとーくん、先生に怒られて、ゲーム機は持って帰ったんじゃなかったの?」

「ふふ……。八川に妨害をされても、俺の“全作完走マラソン”は止まらない。すでに据え置きハードの作品は周回済みだ。今は携帯機のタイトルを攻略しなおしている」

「へえ、こんな小さいのでゲームできるんだ。ちゃんとアテネにたどり着けるといいねえ」

「アテネ……? ああ、マラソンって言ったからか。雪永、マラソンの目的地はアテネらしいぞ」


 電子辞書のキーをたたき、雪花は冷めた口調だ。


「はいはい、マラトンの戦いは紀元前四九〇年と……。ほんと、そんなバーチャル世界に入り浸ってよく虚しくならないものね。だいたい、もう全部遊び終わってるんでしょ?」

「全部じゃない。うちは家にネットがないから、オンライン版は未プレイだ。しかも、何度繰り返しても良いものは良い。お前の日記だってそうだろ」

「一緒にしないで。日記っていうのは、新しい現実を記録するものなの」

「新しい現実か……。くぅっ、今週末の最新作が待ち遠しいぜ!」

「あっ……。さいとーくん、そのゲーム機、もしかして“グレートヒストリー”もできる?」

「ああ、あの最近流行ってる歴史ゲームか。もちろんだ! おまけにアバター機能やユーザー同士のリンク機能も充実……って、なんだ悟、やってみたいのか?」

「う、うーん……」


 悟は困った様子だが、なぜか照れているようにも見える。


「グレヒスは持ってないが、ハードなら貸してやれるぞ」

「うっ、ううん。……機械苦手で遊び方わからないから、いいよ」

「……お前、本当に二十一世紀の人類か? 歴史好きだからって、原始的な道具しか使っちゃいけないわけじゃないだろうに」

「そうだねえ。僕にもIT革命が必要かなぁ……」



 →



 しばらく時間をつぶしていたら、やがて雪花が声をもらした。


「……あれ」

「どうした? ……そうか! やっぱりウイルスが見つかったんだな!?」

「だから、そんなのないってば! ちょっと気になっただけ」

「何が気になったんだ?」

「……いや、あの子からこんなメール来てたっけと思って」

「よ、読んだはずのないメール……!? 間違いない! そいつが悪夢の源だっ! ちょっと見せてみろ!」


 ばっと携帯を隠された。


「私の友達を悪夢呼ばわりしないでよ! ……でもおかしいな。あの子からこんなメールが来たら絶対忘れないんだけど……」

「そんなに仲が良いのか? ……はっ! もしやザ・フレンド・オブ・ボーイ!?」


 はやしたててみたが、とくにあわてる様子もなく面白味がなかった。


「違うから。ネムアルで知り合った陸上仲間の女の子よ。愛知の子で、雪花ちゃんっていうの」

「愛知か、遠いな……って、“雪花ちゃん”!?」

「へえ、雪永さんと同じ名前なんだね」

「うん。同じ名前だし、一緒に陸上やってるしってことで、フレンド申請してくれたんだ。まだ直接会ったことはないんだけどね」

「あ、会ったこともないネット友達……!? 間違いない、そいつにアカウントを乗っ取られたんだっ!」


 雪花の表情が一変した。


「だから、私の友達に変なこと言わないでってば!」

「ふん、会ったこともないのに友達とはずいぶんお人よしだな。だれかがなりすました、実際には存在しない人間かもしれないぞ」

「そんなわけないでしょ。もう半年以上の付き合いになるし、お互い顔写真だって交換してるんだから。どう考えても現実の存在」

「そこまで言うならメールを見せてみろ。俺が判断してやる」

「嫌よ。人のメール見せるなんて悪いし」

「見せられないということは、お前もそいつを疑ってるってことでいいんだな?」

「なっ、なんでそうなるのよ!?」

「だってそうだろ? やましいところがあるからかばうんじゃないか」


 雪花は不服そうだったが、あきらめたらしい。


「……ほら!」

「それでいい。それでこそ友情というものだ!」


 受け取った携帯は、すでにメールが開かれていた。


 from: 佐藤雪花

 〈☆オツカレサマ☆〉

 2015 10/23 sun


 大会オツカレサマ☆★☆

 今日で引退なんだね・・サビシイけどオメデトウ*▽*

 夢に向かって勉強ガンバレ!!


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「半角カタカナが気持ち悪いんだが……。女子のメールはみんなこんななのか?」

「私は流行には乗らないって決めてるから使わないけど、ウィスパーが百五十六文字までだし、その流れで文字数節約する子は多いかな。……ていうかなに? ひどいこと言っておいて最初の感想がそれ?」

「状況が読めないんだよ。なんのメールなんだ?」

「なんのって、部活の引退試合の日に来てて、“今日で引退だね”って」

「心温まるメールじゃないか。そんなメールを忘れるとは、過去に執着するお前らしくもない」

「別に執着じゃないわよ。……でも、ほんとにどうして忘れてたのかな……」

「で、この最後のURLは何だ? ……はっ! もしやこれでウイルスサイトにつながってたんじゃ!?」

「それはないでしょ。いま初めて見たんだから」

「でも既読になってたんだろ? お前は気づかないうちにクリックし、ウイルスに感染した……! きっとそうだ!」


 いつにもまして厳しい目でにらまれた。


「へぇ、言ったわね。それなら彩戸くん、自分の携帯でクリックして確かめてよ」

「うっ……!?  のっ、望むところだ。しかし、俺の携帯じゃ金がかかるからこのパソコンで……」

「……あれぇ? なんとか騎士さん? 空想の世界では勇気が出せても、現実世界では怖くて何もできないんですかぁ?」

「うっ、うるさいな! だいたい∞騎士だ! “むげん”騎士! 俺が言いたいのは、勇気と無謀は違うってことで……!」

「ねえねえさいとーくん、いったいどういうこと?」


 悟が話についてこれなくて困っているが、今はそれどころではない。


「……“エグレカス”!」

「エグレカス? ……古代ギリシャにそんな人いたかなぁ?」


 自分の携帯でウェブブラウザを開き、雪花のメールのURLをアドレスバーに打ち込む。


「……多少の犠牲はしかたない! だがこの俺が∞騎士の名にかけて明らかにしてみせる! 世界の真実をな! くらえっ! 渾身のワンクリックッ!」


 検索ボタンをタッチ。


 ピー。


 発信音。テレビのブロックノイズのような異様にカラフルなモザイク。画面いっぱいをうごめきざわめく。


「……もしかして、バグった?」

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