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Chapter Ⅴ   缶コーヒーとポテトチップス

 

 from: Archiver@XXXX.XX.XX

 〈 no title 〉

 2016 1/15 Fri


「……悟、今日って何日だっけ?」

「きょう? 二十六日だよ。いやぁ、二月ももう終わりかぁ。どおりであったかいわけだねえ」


 よれよれになってしまっている薄いカーディガンの袖から腕時計をのぞくと、悟はあくびをした。


「ふわぁ~あ……。葉木谷さんじゃないけど、僕も眠たくなってきちゃったなあ。まさに“春眠暁を覚えず”だね」


 あたたかな午後の日差しのもと、ソフィアはお屋敷のペルシャ猫みたいにぐっすり眠っている。


「なんてことだ……。あれから一ヶ月以上も経ってるじゃないか! 寝てる場合じゃないぞ、悟っ!」

「え? あれからって、いつから?」

「まさか忘れたわけじゃないだろうな!? 携帯電話盗難事件の日からだよ!」


 悟は教科書をしまう手を止め、ふと考えてからようやく思い出した。


「ああ! あったねえ、そんなこと」

「あったねえ、じゃない! 思い出せ、あの熱き冒険の日々のことを……! 俺たち歴研パーティは、凍てつく真冬の寒さに耐えながら資料をかき集め、キケロやラテン語、古代ギリシャの哲学者について調べまくり、犯人からのメッセージを探りに探った! そうだろう!?」

「そうそう、楽しかったなぁ。部室でお菓子食べながら歴史の本読んで、途中で毎回葉木谷さんが寝ちゃって、さいとーくんがたたき起こすと雪永さんに静かにしろって怒られて、ネットで調べてたはずのさいとーくんがいつのまにかゲームしてて、雪永さんにそんなの帰ってからやれって怒られて……」

「……あれ? そうだったか?」


 たしかにキケロやギリシャ語を使った暗号について調べていたはずだったのだが……。よくよく思い出してみるとたしかにそんな思い出しかなかった。あれほど熱に浮かれたように復唱していたプラトンやアリストテレスの言葉など、なにひとつ覚えていない。


「まさに“アテネの学堂”か“アカデメイア”かって感じだったよねえ。またやろうよ!」


 きらきら輝いている悟の目と携帯の画面を見比べる。


 ……そうだった。今週末はジ・エンド・オブ・ドリームス最新作“σ〈シグマ〉”の発売日だった。予約確認のメールをチェックしていて何の気なしにアーカイバからのメールを見つけたが、まさかあれからこんなに時間が経っていたとは……。月日の経つのは早いものだ。


 最新作に備え“全作完走マラソン”に夢中だったせいで、現実の冒険がすっかりおろそかになってしまっていた。このまま冒険のチャンスをみすみす逃すなんてもったいなさすぎる!


「……そうだな! やるぞ悟! “歴研ポツダム会談”を――」

「雪花せんぱ~いっ!」


 俺の声をかき消して教室に入ってきたのは、陸上部の女子たちだった。三人ともおそろいのジャージで雪花へ駆け寄っていく。


「先輩、大丈夫ですか!?」

「なにかあったんですか!?」

「私たちでよかったら相談してください!」


 雪花はコートのボタンをかけながら後輩たちに微笑んだ。


「大丈夫、なんでもないってば」

「でも……」


 三人で一番背の低い後輩が心配そうに雪花を見上げている。ひょろ長いのとぽっちゃりしてるのも、スタートで使うブロックや小さいハードルを抱えてなにやら思いつめた顔だ。


「ほら、私の心配なんてしてる暇あったら、早くグラウンドの準備しないと。部長に怒られちゃうよ」


 鞄を肩にかけ、雪花が行こうとするので後輩たちもあきらめたらしい。


「……先輩、無理しないでくださいね!」

「いつでも部活来てください!」

「またメールします!」


 後輩三人は、さっきみたいに騒々しく帰っていった。


「……なんだ、あいつら」

「へえ、雪永さんって、人望あるんだねえ」

「ま、たしかにあいつは姉御肌だからな。後輩たちにとっては師匠のようなものなんだろう。さっきのも槍使い・ハンマー使い・鉄球使いって感じだったしな」

「さいとーくん、陸上の器具は武器じゃないよ……」

「俺たち歴研パーティも、うかうかしていたら先にボスを倒されてしまう! こうしちゃいられないぞ悟、部室へ急げっ! ……メモリ姫、お前もだ!」


 こいつのハイパーサイメスというセーブ機能には、また資料整理に活躍してもらわなければ。


 ペンで頭をこつんとつつくと、ソフィアのスリープモードは解除された。まぶたが多少厚ぼったくなっているものの、よだれをたらしたりしたことなどは一度もない。さすが育ちのよいマシンは立ち上がりが違う。


「雪永さん、どうして心配されてたのかなぁ?」

「知るか。さ、行くぞ」


 校舎南側の四階、社会科準備室こと歴史研究部∞部室へまさに入ろうとしたとたん、小柄なおさげ頭に先を越された。


「ゆっきー! ウィスパー見たよ! どうしたの!?」

「リエちゃ……ゴホッ! けほっ」


 勉強をしていた雪花は、驚いた拍子に例のポテチを気管につまらせたらしい。


「勉強しながらそんなもん食べるからそうなるんだ」

「うう……。あんたに言われたくないわよ。チョコばっかり食べてるくせに」


 咳こんだせいか恥ずかしいせいか、雪花の顔は赤くなっていた。俺たちの争いなどおかまいなしに、牧原が雪花の手を取る。


「なんか悩んでることあったら言ってね! あたし相談乗るよ! 電話でもメールでもいいから!」

「う……うん。ありがと……」


 なんだか迷惑そうにも見える雪花の前でパソコンをつけ、アーモンドチョコの箱から一粒をまさに出したとたん、これも牧原に奪われた。


「あっ! 俺のチョコ!」

「うっき……むぐ。ゆっきー、一人で抱え込むのは絶対らめらかられ!」

「マクベスさん、食べてから喋らないと」

「んっ!? ごほっ! ケホッ!」


 悟に注意され、というか名前を間違われ、牧原もさっきの雪花みたいにむせた。“マクベス”って、もう一文字しか合ってないぞ。


「なんなんだお前らは。品がないな……。ちょっと落ち着け」


 落ち着きすぎて眠ってしまった輩については、ここは高貴な品格に免じてよしとしよう。


「彩戸くん! 友情にはね、上品も下品もないんだよっ!」

「な、なにっ……!?」


 触発され、“人間の持つ愛という力によって滅ぼされるボスの役”を演じようとしたものの、かなわなかった。


「あ、莉絵ちゃんこんなところにいた!」

「もう、二年がそろわないと練習始められないでしょ」

「まずい、見つかったわ!」


 オーケストラ部の女子二人がずかずかと入ってきて、牧原を連れ去ろうとする。必死に抵抗する牧原だがやはり体格差は否めない。


「ま、まって! ちょっとまって! 今ゆっきーと大事な話を……」

「だーめ。こっちだって忙しいんだから。卒業式まで時間ないんだよ!」


 どうやら卒業式で在校生が歌う曲の練習があるらしい。そういえば毎年オーケストラ部がやっていた気がする。


「メールするね! 絶対メールするからね、ゆっきーぃぃ……!」


 抱え出された牧原の悲痛な叫びが、こだまのようにフェードアウトしていく。オーケストラというかオペラのようだ。


「……やれやれ、ようやく静かになったか」


 パソコンを起動しようとすると、ひゅっと冷たい風が吹き込んできた。雪花が窓を開けたのだ。


「……すー」


 王女の寝息かと思ったが違った。ソフィアはさっきのがうるさくて起きたらしい。雪花が窓辺に腕をかけて深呼吸している。


「はー……。いい香り……」

「そういやここ、変なにおいがするな。洗剤みたいな……。どっかの部活が洗濯でもしてるのか?」


 長い髪がたなびく、けげんそうな雪花の横顔。


「……ほんと、彩戸くんって情緒がないわね。花よ、花。沈丁花の香りに決まってるでしょ」

「外、花なんてそんなに咲いてたか?」

「ちょっとこっち来て。……ほら、あそこの植え込みのところ」


 別に花なんか興味はないが、手招きされたので雪花の指先に目を細める。胸の高さまでもなさそうな木で目立たないが、たしかに小さな花がいくつか咲いていた。


「あのにおいがここまで?」

「風に乗って、ね」


 雪花はまるでソフィアのように冷たい表情でつぶやく。


「いいにおいでしょ? 清くて、甘くて、それでいてちょっと切ない……。そんな香り」

「なんだ、そのやけに抒情詩的な表現は」


 手を伸ばし、雪花は携帯で写真を撮った。


「ここからじゃ写らないだろ」

「いいの。……チキ、保存して」


 画面の中でヒヨコ型AIが丁寧にお辞儀する。またこれも日記の写真にするのだろう。


 よくもまあ、飽きもせずに退屈な毎日を記録できるものだ。“絶対法則一〇〇〇‰”の効果は絶大だな。


「……毎年、このにおいかぐと、なんか小さい頃のこと思い出すの」

「へえ、“プルースト効果”だね」

「また悟得意の歴史雑学か? なんだそれ」

「プルーストが書いた『失われた時を求めて』で、紅茶にひたしたマドレーヌのにおいをかいで、幼いころの記憶を思い出すっていう場面があるんだって。そこから取られた言葉だよ」

「なるほど……。なんとか効果か」

「プルースト効果だよ、さいとーくん」

「そのプルーストなんとかってやつを俺も試してみよう。缶コーヒーにポテトチップスをひたして食べてみれば、夢幻世界での記憶を何か思い出せるかもしれない」


 (雪花の)ポテチを細く割り、(雪花の)缶コーヒーにひたして食べてみた。


「……こっ、これは……!?」

「さいとーくん、何か思い出したの!?」


 悟に期待のまなざしを向けられたが、残念ながらこの先の設定は何も考えていない。


「……いや、未体験の味だから何も思い出しようがなかった。ていうか、そもそもこんな食べ合わせをする機会がまずない。普通ポテチと言えばコーラだろ」

「……人のお菓子勝手に食べて、なに文句言ってるのよ」

「ちょっとお前もこうやって食べてみろ。絶対法則に支配される前のことを思い出せるかもしれないぞ」

「嫌よ。私は自分の食べ方決まってるから」

「雪永はやらないそうだが、悟とソフィア王女はやってくれるよな?」

「うん。いただきま~す」

「……いただきます」

「なっ、なにそれ! それじゃ私がただの頑固者みたいじゃない!」


 結局、雪花もポテチをコーヒーにひたして食べた。


「……うん、おいしい。やっぱりポテチには缶コーヒーよね」

「いや、コーラだって普通……」


 雪花はまた絶対法則“クイックロック”を発動させ、窓の鍵を閉じた。そして、もう一度深呼吸。


 ため息のように聞こえたのは、俺だけではなかったらしい。


「雪永さん、どうかしたの? さっき教室で何か心配されてたみたいだけど」

「ううん。なんでもない。あの子たちがちょっと心配性なだけ」

「うーん……。そっかぁ」


 悟は読んでいた本に目を戻す。自分の趣味は深く掘り下げる一方、人の事情にはそこまで首をつっこまないらしい。


「……なにかあったのですか?」


 意外にも、尋ねたのはソフィアだった。


「……え?」


 雪花も驚いた様子だ。感情がないなら、他人の心配なんてしないはずだ。もしかすると、実は案外情にもろくていいやつなのかもしれない。


「あのソフィア王女がじきじきにお前を心配してくださっているんだぞ。このご厚意を無にする気か」

「うん……」


 雪花は困ったような迷ったような顔をしてから、言いにくそうに言った。


「実はね……。私、ネムアルのアカウントを盗まれちゃったみたいなの」

「な、なんだって……!? そうか……! そういうことだったのか……!」

「さいとーくん、どういうこと?」


 機械が苦手の悟はよくわかっていないようだった。


「先ごろの携帯電話盗難事件……。あれは、このアカウント盗難事件への布石にすぎなかったということだよ!」

「携帯が盗まれたのと関係あるとは限らないでしょ」

「いや……! これは燃えてきた! 冒険はまだ終わっちゃいない! 終わっちゃいないんだよ!」

「……はぁ、やっぱり。だから彩戸くんには言いたくなかったのに……」


 悟がちんぷんかんぷんそうにしているので、雪花が説明しだした。


「あのね、えっと……私はネット上に部屋を借りてて、いつもそこで日記を書いてるのね。でも、そこに日記を置きっぱなしにしてると、みんなが勝手に部屋に入ってきて読んだりできちゃう。だから部屋の扉に鍵をかけてたんだけど、この間、その鍵が盗まれちゃったの」

「うーん、鍵かぁ……」

「なんて言うかな。つまり、私の国が占領されちゃったってわけ」

「ああ! なるほど! そういうことかぁ。それは大変だねえ」


 これでわかるのもどうかと思うが結果オーライだろう。俺なら冒険のセーブデータにでも例えてもらいたいところだ。


「待て、なんで盗まれたってわかったんだ? 単にパスワードを忘れただけじゃないのか?」


 雪花は首を振った。


「毎日パスワード打ってるんだよ。忘れるわけないじゃない」

「常時ログイン状態にしとけよ。いや、なるほど……。それが絶対法則一〇〇〇‰、その六九一〇“ログアウト”なら乱れるはずがないということか」

「……千パーミルなのに千超えちゃってるんだけど」

「なっ!? しまった! ……そっ、それで? いつ盗まれたんだよっ?」

「日記が書けなくなった日だから、二月十二日。今日でちょうど二週間」

「実害は何かあったのか?」

「……ウィスパーで勝手に変なことささやかれちゃったりとか」


 悟はまた首をひねっている。


「うーん……。ウィスパーってなあに?」

「ネムアルの機能で、えっとね、部屋の伝言板みたいなものかな」

「いま言った被害っていうのは、国を占領したやつが雪永になりすまして、勝手に他国へ外交文書を送ってしまってるってことだ」

「ええ!? それはひどい!」

「くく……犯人め、ついにしびれを切らしたか。チキ! ウィスパーを開け!」


 机に置かれた雪花の携帯から、チキがチュンチュンさえずった。了解の合図だ。


「ちょ、ちょっと勝手に見ないでよ! キャンセルキャンセルっ!」

「なにを今さら恥ずかしがってるんだ。もとからささやきは公開してるんだろ? それに、いま書いてるのはお前じゃないわけだし」

「じゃあ自分の携帯使ってよ!」

「俺のは定額制じゃないから通信料がかかるんだよ。いいから早くしろ」

「……メールとか見ないでよね」

「心配するな。お前のプライベートなどには一ミリバイトも興味がない」


 手を出すと、雪花はしぶしぶ携帯をわたしてきた。


 yukka0301 「新商品メキシコタコスまんにゅう。ベルギーチョコまんのが上だったかな。。。


「……お前にしてはめずらしくまともなことを言うじゃないか。メキシコタコスまんはピザまんと被ってるせいで売れ残りまくりだからな。どう考えてもベルギーチョコまんを終了させたのは本部の戦略的ミス」

「バカ。私が甘いもの苦手なの知ってるでしょ」


 雪花はブラックの缶コーヒーとのりしお味のポテチを突きつけてきた。


「たしかに。どう見ても辛党のアイテムだ」

「それに、私“にゅう”とか言わないって決めてるし。句読点だって一個で十分! ああ、見るだけで気持ち悪い……」

「さすが、雪永さんは几帳面だねえ……。それにしても、これで後輩の人たちとかリリエンタールさんがあんなに心配するかなぁ?」

「え? リリエンタールって……。もしかしてリエちゃんのこと?」

「あっ、ごめん。つい」

「わざとだろ!? 普通に呼ぶより長くなってるぞ!」

「うーん……。人の名前覚えるのって苦手なんだよねえ」

「……鳥飼くん、あんなに歴史上の人物いっぱい覚えてるのに、リエちゃんはだめなの?」

「仕方ない。こいつ、興味ないものに対しては至ってドライだからな」

「そうなんだ……。でもかわいそうだから、もうちょっと頑張ってほしいかな……」

「まあ、夢幻学士とサヴァンはあくまで別のロールだ。ロールシフトでもしないかぎり、ソフィアの能力を真似しろというのは酷な話だろう。で? 牧原に心配されるようなことが書いてあったのか? ……はっ! まさか、口にするのもはばかられる内容とか!?」

「そこまでひどくないけど。たぶん、みんなはこっちを見たんだと思う」


 雪花はささやきをスライドさせた。


 yukka0301 「相手の今を認めてあげられない人は、相手の過去も認められないし、未来だって認めることはできず、その人自身も他人に認めてもらえることはない。


 yukka0301 「反復は記憶の母。……だからこそ辛いときもある。


 yukka0301 「過ぎていく時は、散っていく花、解けていく雪、消えていく音のように美しく、 儚い。


「……たしかに、急に雪永がこんなこと言い出したら頭の方が心配になるな。お前がこれを書いたわけじゃないんだよな?」


 雪花はなんだか機嫌の悪そうな顔をしている。


「……私がこんなこと言うと思う?」

「ない。千パーミル絶対にない。じゃあこれは何なんだ……? もしや、またキケロの詩か?」

「いろいろ調べたけど、こんなのあったかなぁ……」

「よし! こんなときはこいつの出番だ! 目覚めよ、自律歩行型サーチエンジン・ソフィアよ!」


 ペンで頭を小突くと、ソフィアは枕にしていた歴史の本から頭を持ち上げた。みつあみの上の金髪が、滝のように滑り落ちる。


「ちょっと、人のことペンでつつくのやめなさいよ」

「これはただのペンではないぞ雪永。“夢幻ペン・ラクナノック”だ! 四大属性を自在に操ることができ、なおかつノック感が非常に楽! ゆえに、最強装備の一つに数えられる」

「まさに“ペンは剣よりも強し”だね」

「悟、ナイス名言! さすがは夢幻学士!」

「……あんたの空想の中ではね。ただの四色ボールペンでしょ、現実には」

「パーティメンバーでない者の意見など聞いていない。いま用があるのはソフィアだ。ソフィア、この前調べた本の中に、この文が含まれていたか?」


 透きとおった青い瞳が携帯の上から下まで舐め下ろし、長いまつ毛に隠れた。


「……いいえ。含まれていません」

「本当に便利な能力だな。今更ながら感心するぞ。授業聞く気になんてならないだろ。いつも寝てる気持ちがよくわかる」

「葉木谷さんが知らなかったってことは、、ギリシャ時代や哲学者とは関係ない言葉なのかなぁ」

「よし、じゃあエッグルにかけてみるか」


 一字ずつ打ち込んでみたが、それらしい検索結果は出なかった。


「うーん……。やっぱり、雪永さんになりすました誰かが、これを書いたってことになるよねえ。でも、どうやってその部屋の鍵を手に入れたんだろう?」

「それだ悟! そいつが携帯を盗んだ犯人だからに違いない! 携帯を盗んでデータをあっち方面の機械でソレし、パスワードを解析したんだよ!」

「……あっち方面でソレって、具体的に何よ?」

「そ、それはだなっ……。ソフィア! 父親がエンジニアのお前ならわかるんじゃないか!?」

「……いいえ、わかりません」

「自分の話のつじつまを、人に合わせてもらおうなんて思わないで」

「ていうか雪永。普通にパスワードが単純すぎて破られたんじゃないか? どうせ誕生日とかだったんだろ。アカウント名も0301になってるしな」

「そんな無用心なことしないわよ。だいたい私の誕生日、本当は二月二十九日だし」

「へえ。雪永さん、うるう日生まれなんだね。めずらしいなぁ」

「うん。いろいろ面倒だから、だいたいの人には三月一日って言ってるけどね」

「……え? そうだったのか?」


 雪花の顔から、ふっと表情が消えた。


「……いくら幼なじみとはいえ、彩戸くんが知らなくても無理はないかもね。わざわざこんなこと説明するのなんて、ごく親しい人にだけだから。ほんと、ごく親しい人にだけ」

「なんだ、その棘のある言い方は。心の扉を開ける相手がいないってことを、そんなにアピールしなくてもいいだろ。……で、パスワードは何だったんだ? 誕生日じゃなきゃ電話番号か?」

「違うってば。絶対私にしかわからないパスワードにしたから。……でも、もしかしたら、彩戸くんはこのパスワードを知ってるかもしれない」

「ええっ!? じゃあ、もしかしてさいとーくんが……!?」

「悟! 乗りが良すぎるぞお前は! 俺が犯人なわけないだろ!? なあ雪永!?」

「……そうね。いつでも自分視点のあんたが、自分で隠したものを自分で探すフリなんてできるわけないから」

「くっ、それはそれで不愉快な気もするが……!」

「どう? 私のパスワード、思い出せそう?」

「そんなもの最初から知るか! 何だったんだ!?」

「忘れちゃった? ……“はぱけやとかれしきへのも”よ」

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