第38話 びびって げろって!!
硬直する僕。しかしなんとか左腕を動かし腰に下げた剣を抜こうとする。微かな音と共に刀身の四分の一が鞘から出たとき、僕の手首をのぶちゃんが掴んだ。
「おい! 何やってるんだ!」
正面に回り込み顔を近づけ声を潜めながら言い寄ってくる。とても焦っているように見えた。しかし焦っているのはこちらも同じ。だってあの店員は僕を襲ったやつなのだ。
「あの人ですよ。僕を襲ったの!」
言いながらのぶちゃんの肩ごしにその女を見る。けれど女はどうしたんだというような不安げな顔でこちらを見ている。とても人を襲うような人間の顔には見えない。
「と、取り敢えず一旦外出るぞ」
手を引かれる僕はのぶちゃんに連れられ店の外へ。そしてそのまま人気のない裏路地に連れ込まれた。
「あの店員がお前を襲ったやつだって、本当なのか?」
壁際に僕を追いやり問いただしてくるのぶちゃん。関係ないけどこれって傍から見れば僕が連れ込まれてよからぬ事をされているふうに見えるよな。ほんとは全然そんなことはないのだけれど。
「ええ。間違いないですよ。服装こそ違っていましたがそれ以外は……」
髪、顔、背格好どれも僕の記憶している女の情報と酷似している。恐らく同一人物で間違いないだろう。ただ女のリアクションに違和感はあったが。
「……んんー。お前が嘘をついているようには見えないしな。そもそも嘘をつく理由がない。しかしあの店員が……」
うーんと唸るのぶちゃん。どうしたものかと顎に指を当てて考え込んでいる。僕もおかしいとは思う。人を襲うような奴が普通にあんな人の目につくところで働くか? それに向こうだって僕の顔は覚えているだろうから鉢合わせすれば逃げるなりするはずである。でもあの女店員は全く意味が分からないというような感じだった。もしかしてまったくの別人とかだろうか。もしそうだとしたら申し訳ないことをしてしまった。見ず知らずの他人に剣を抜こうとしたのだから。
「すまないが私にはあの店員が人殺しには見えない。もう一度店にいって確かめてみないか?」
確かにもう一度きちんと自分の目で確かめたほうがいいかもしれない。向こうもまさか昼間から襲っては来ないと思うし。
「そうですね。行きましょうか」
そうして再度店を訪れることにした僕とのぶちゃん。平静を装って店内へと入る。
「いらっしゃ、……」
言いかけて言葉を切る店員。さっきの女店員だ。無理もないだろう。いきなり剣を抜かれそうになったんだから。
僕は店員をまじまじと見る。やっぱりどう見てもあの女に見える。いや、絶対あっている。店員は僕の視線に怯えたような表情を浮かべていた。
「あ、ああ。さっきは申し訳ない。こいつの見間違いでな。すまなかった」
店員と僕の間に漂う不穏な空気を察したのかのぶちゃんが間に入って取り繕ってくれた。
「は、はい……。二名様ですよね……。ご案内します」
そうして僕たち二人を奥の席へと案内してくれる。ごくごく普通の店員である。けれど多分人の目を欺く仮の姿だろう。こうして人を騙しているのだ。
依然細い目を向ける僕。目線を逸らす店員。ため息をつくのぶちゃん。やっと席についた僕たちはメニューを選びつつ会議を行った。
「やっぱりあの店員ですって」
「いやあ、でもな。話ではお前を襲った女は十何人も虐殺している殺人鬼だぞ。あんな気の弱そうなやつが人を殺せると思うか?」
「…………」
思わない。虫も殺せそうにない人間である。人を顔がわからなくなるまで殴り殺すなど到底できないだろう。でもそうなると完全な他人の空似? もしくはあの店員の姉妹に殺人鬼がいるとかか?
「お水をお持ちしました……」
その時トレーに二つのグラスをのせた店員がやってきた。僕たちの前に置いていく。
「あ、あの」
声をかける。店員は一瞬ビクッと肩を震わせたあと小さな声で「はい」と答えた。
「あなたにお姉さんか妹さんはいますか?」
「……姉はいません。妹が一人いるだけです」
ふん。妹か。妹というからにはこの女と似ているのだろう。やはり妹が犯人……。
「最近連続殺人事件が起きていますが何か知っていることはありませんか?」
「……何も知りません」
「そうですか。ありがとうございます」
おお、なんか僕探偵っぽくないか? こんなにもコミュ力があるとは思わなかった。この世界でも悪いことばかりじゃないんだなあ、前より対人スキルが上がってる。
「じゃあ最後に、あなたのお名前は?」
しかしその質問に彼女はしばらく固まる。答えづらいというより思考が上の空、みたいな呆けた顔。
「あ、あの?」
僕の再度の問いかけに店員はハッとしたように目を瞬かせ口を開いた。
「フラミーラ・スファレシルと言います……」
か細い声でそう聞こえた。よくこんな性格で接客などできるものだ。業務に支障をきたすレベルだぞ。
「ありがとうございます。じゃあ注文いいですか」
僕は話題を変える。そうして自分の分とのぶちゃんの分を注文し終え店員は店の奥に引っ込んだ。
「ズバズバ訊くなあ」
向かいでのぶちゃんが水の入ったグラスを傾けている。感心したという顔をしていた。
「話も聞かずに断定するのはよくないですから……。でもこれで情報が増えましたよ。犯人はあの店員の妹の可能性があります」
「そうだな。早速城へ戻って調べるか。でもまあ、その前に飯を食べてからでも遅くはないよな」
「そりゃもちろん!」
もう料理を注文してしまったしな。しかも時間内に食べきることができればお代は半額だという。お金には別に困りはしないがやる気は出た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おええええええええええええええ」
「おええええええええええええええ」
僕とのぶちゃんは店を出て裏路地へ駆け込むと盛大にもどした。もういくらでも胃の中からドロドロの半固形状の物体が溢れてくる。胃酸で喉が焼けるように痛いわ涙が溢れてくるわで最悪だ。隣でのぶちゃんも壁に両手をつきぜいぜい言いながらもどしていた。
「……の、のぶちゃん」
「ん、なに……」
「あの料理脂っこすぎでしょ。気持ちわるおおおおおおおおお」
ダメだ、止まらない。サラサラの唾液とともに胃の内容物が盛大に。もういっそ全部出し切ってスッキリしようか……。僕はそう思い至ると手を口に突っ込みのどちんこをこねる。
「おぼええええええええええええええええ」
いくらでも出るわ、もう今日食べたもの全部が口からさよならしていってしまう。でもこれでいいのである。あとは最後に水でも飲んで胃を綺麗にしよう。
「のぶちゃん、大丈夫ですか?」
震える声で声をかける。見てみれば彼女も目を赤く腫らして息を整えているようだった。
「……おうふ。もう大丈夫だ。ちょっと飲み物でも飲みに行くか……」
そうして僕とのぶちゃんは裏路地から表通りに戻ると人混みに紛れていった。
風邪ひいてリアルにゲロりました




