第36話 牡丹一華の花言葉
緊急会議が終わればそこは風呂。当然みんなして身体の洗いあいっこなんか始めたりする。でも僕は男だ。このなかで一人だけ男なのだ。
「熱い……」
女性陣はみんな湯船の外できゃっきゃうふふの状態。一方の僕は一人鼻下まで湯に浸かっていた。なんだかこの世界の女性はへんなところで寛容なようで別に裸を見られてもそれほど恥ずかしくないようだ。むしろこっちが恥ずかしい。
「おい変態。背中流してやるから出てこい」
のぼせそうになっているところにのぶちゃんが。タオルこそ巻いているがボディラインがくっきりで見る場所に困る。てか胸でかすぎだろう。
「い、いいですよ。自分で洗います、」
「無駄だよ、こいつ口先だけのヘタレだから」
自分の髪をわしゃわしゃ洗いながら細い目を向けてくるリリル。こいつは本当に口が減らないな。一回どついてやろうか。しかしこう言われては引くに引けない。
「……からと言おうと思いましたがそうですね。お願いしましょうか」
あくまで冷静を装って立ち上がる僕。そのままのぶちゃんの元へと歩いて行った。
しかしこの世界にも風呂ってあるんだな。本当に今更だけど内装もよくなじみのあるシャワー的なやつから洗面器的なやつまである。石鹸の類はなんだか奇抜な造形をしているが。
「今日はクリシアとの特訓、大変だったな。怪我こそもうないが疲れたろう」
タオルで泡を立てて背中を擦ってくる。しかしそう言うということはやはりのぶちゃんはクリシアのことを知っていたようだ。あの過激な特訓のことも。
「ええ。でもまあ彼女のおかげでちょっとは剣が使えるようになったんですよ」
「変態くんは才能があるんだにゃー」
同調するようにのぶちゃんの後ろからクリシアが顔を出した。しかし大量の泡で顔が見えない。
「ほー? 才能か。今度私と一戦交えるか」
「……修行部屋でなら」
あの部屋でなら怪我もすぐ治るしまだいいけど本格的な実戦は怖いぞ。
「こらー、まだそんなこと言ってるのかにゃ? 実戦で戦えなきゃ意味ないにゃー」
そんな感じで。
なんとか僕は女だらけの大浴場から無事生還することができた。しかしそうは言ってもやはり風呂はいい。久々にすっきりした。
それになんか知らないけど湯上りに美味しい飲み物ももらった。真っ黒でドロドロしてるのにいちごみたいな味がする! 不思議!
「ふふん~」
なんだかテンションの上がってきた僕。ちょっと今日はいつもとは違うところを探検してみようか。
「昨日はこっちいったからー、今日はこっち!」
軽い足取りで長い廊下を進んでいく。いつまでも風景は変わらないけど気にならない。それほど広いのだ。
「お、乗ったことのないエレベーター発見!」
いつも乗ってるのとは扉の色が違うぞ! 気になるな、乗ってみるか。
取り敢えず上向きの矢印のボタンを押す。すると既に来ていたようですぐに扉が開いた。中に乗り込むと内装は他のエレベーターと同じようである。でも階数のボタンが異常に多い。一列50階分×6列だ。ってことは300階まであるってことか? 高すぎだろう!
ますますテンションの上がった僕。冒険心に火がついていく。
「最上階は……屋上庭園だったし、じゃあ最下階行っとくか」
上に行く予定だったがやっぱり下に行くことにする。いったい一番下には何があるのだろう。ワクワクしながら一番下のボタンを押す。てっきりすぐにつくと思ったが今回は五秒ほどかかった。いつもなら一秒かからないのに。それほど深いということだろうか。
チーンという音とともに扉が開かれる。エレベーターから出たところは真正面に伸びる廊下しかなく、他には一切扉の類はない。
「……なんだここ」
怖い。でも来てしまったんだし簡単に引き返すのは嫌だ。僕は腰に下がる剣の柄に手をかけると慎重に廊下を進んだ。音を立てないよう一歩ずつ静かに。幸い明かりは点いており視界は確保できる。しかし廊下が長すぎるせいか一向に奥が見えない。
と、突然照明が赤色に変わる。次いで警告音のようなサイレンのような音が鳴り出した。
「――んなっ、えっえっ、」
意味が分からずキョロキョロと周囲を見る僕。すると今まで歩いてきたろうかの方から何か音が聞こえてきた。目を凝らして見てみると天井から何かが落ちてきている。
「……壁?」
というか障壁というか隔壁というか。そんなものが次々と天井から落下し廊下を分断してきていた。
これ、あれじゃないか? 部外者とか侵入者を拒む感じの。このままじゃ僕ここに取り残されるんじゃ……。
一気に悟った僕は廊下を走り出す。一番は乗ってきたエレベーターに乗って何事もなかったように帰ることだが無理だ。今はこの先に進むしかない。
「くっそおおおおお」
なんなんだよ。ホントこの世界に来てから悪いことばっかりだ。一体の僕がなにをしたというのだ。
奥歯を噛み締めながら自問自答する僕。しかし答えなど出るはずもなくただいたずらに体力を消耗していくだけ。
「だめ、もう……走れ、」
息も切れかかりもう駄目だと後ろを向く。既に十メートルほど後ろまで壁が来ていた。マジでダメだ。こんな誰もいない最下階で一人死ぬんだ。
「――――!?」
もつれそうになる足で必死に走る僕。そこで一つの大きな部屋が見えた。あそこまでいけば! 僕は最後の力を振り絞って転がり込んだ。そして僕の足裏が室内に入った瞬間背後で巨大な音が鳴った。見てみると壁が出現し、今通ってきた廊下はなくなっている。
なんとか今死ぬことは回避できたがもうこれでは誰も来ない。こんなことになるのだったら探検なんてするんじゃなかった。冒険なんてクソ喰らえだ……。
『確認。――該当データがありません』
その時。頭上から女性の声が。しかし人間の声というより機械的な声に聞こえる。どこかで聞いたことあるような……。顔を上げてみると。
「――――」
部屋の中央に巨大な柱が一本立っている。しかしその柱は中央約五メートルに渡って縦長のガラスのようなものがはめ込まれており、つまり柱の内部が見えた。そこにあったのは、無色透明の液体の中――――、
「変態」
後ろから。
僕の背後から聞いたことのある声が。振り返るとのぶちゃんが立っていた。
「――のぶちゃん。あ、あれ」
「帰ろう。あれには触れないほうがいい。それが自分のためであり向こうのためだ」
「でもあれは!」
「悪い」
その瞬間。
途切れる意識のなかで見たのは僕の前にしゃがみこみ右手の平を僕の瞳にかざすのぶちゃん。一体彼女は何をしたのか。意識を混濁させる魔法? しかし結論は導き出せないまま僕の視界はブラックアウトした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「――――ん、あれ」
重いまぶたを開ける。映るのは見慣れた天井。僕に与えられた部屋だ。
僕はどうしたんだっけ。大浴場で緊急会議をして、それで城の中を探検して、それで……。
「おう! 目が覚めたか。廊下に倒れてたんだぞ。貧血で倒れでもしたんだろう」
廊下で? 確かに僕は昔からよくクラっと来る時があった。なるほど。僕は廊下で倒れてのぶちゃんが部屋まで運んできてくれたのか。
「ありがとうございます」
しかしのぶちゃんは視線を落とす。
「いいんだ。私は当然のことをしたまでだよ」




