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変態冒険記  作者: ゆゆ
第2章 世界を憎む少女
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第35話 つまりは遠回しな罪の告白

 わたしが初めて「わたし」としてこの世界を見たのは今から1年前。16歳のときだっだ。


 記憶としては世界のことを知っているわたしだったけど実際に自分の瞳を通して直に世界を見るのはその時が初めてだった。


 目の前には紙幣を握ってわたしと指を絡めている子供。確か「私」の妹だったか。そして空いている方の左手には刃渡り15センチほどの包丁が一本。


 わたしの中の「私」は叫んでいた。あの女を殺せと。


 「私」の記憶によるとあの女はこの子供に非情な言葉を浴びせたり暴力を行ったり、そして自分を売らせたりしていたらしい。なるほど、これではあの女は生きている意味はない。ただいたずらに金を貪る害虫だ。


「ちょっとお母さんとお話してくるからあなたは自分の部屋に行っててくれる? ご飯はそれからね」


 「私」の真似をして子供にそう言い聞かせる。子供は「うん!」と言い部屋から出て行った。素直でいい子である。「私」が溺愛するのも無理はない。


「やるか」


 キッチンを出てあの女がいると思われる寝室へ。手には包丁。


 ドアを静かに開けると女はベッドの上でぐーすか寝息を立てていた。腹なんか出して、これでは害虫というより肥え太った豚ではないか。もう出荷の時期は過ぎているぞ。早く屠ってやらねば。


 わたしは気配を消してベッドまで近づくとそばにあったクッションを女の顔へ押し付け女の上に馬乗りになる。そして間髪をいれず女の首に包丁を突き刺した。瞬間、くぐもった悲鳴を上げ手足をばたつかせる女。わたしは構わず包丁を一度引き抜くと今度は反対側から突き刺す。深く深く、抉りこんでいく。すると恐らく重要な血管が切断されたのだろう、それまでの出血とは比にならないほどの血液が流れ出す。クッションで防いでいなければ室内が血まみれになっていたところだ。


 3分ほど刺し続け、そして女の悲鳴は止んだ。手首を取って確認するともうほとんど脈はない。息も首から漏れるばかりで肺には届いていないようだ。


「恨むんなら自分を恨めよ。自分の取った行動に対して責任を取るんだ」


 そうして。最後に私は喉仏の下から一気に首に包丁を入れた。


 女は死んだ。


 生まれて初めてしたことが殺人というのは嫌な感じもしたが仕方ない。これは「私」を守るために必要なことなのだ。「私」を守るためにわたしは生まれたのだからこのくらいやらないといけない。


 明かりをつけ室内の様子を見る。幸いなことに噴き出した血液は全てベッドの中に収まっている。証拠は早急に消さなければ。


 わたしは女の転がるベッドへ手を触れるとトラスリメント、と唱えようとする。わたしの知識ではないけどこのままこれを放置していればいずれ見つかる。そうすれば「私」は捕まってしまうだろう。それは避けなければならない。


 っと、その前に。わたしは適当に紙を探しそこに短い文をしたためた。わたしを産んでくれた「私」へのささやかなプレゼントである。


 そうして書き終えたわたしはベッドとともに転送。着いた先は町の外である。なるべく遠くへ、と念じたのだが今のわたしでは町から出るまでが限界らしい。でも十分だ。町から出れば誰にもみつからない。軍の監視もここには及んでいないだろう。


 わたしはまずベッドを燃やした。灰になるまで執拗に。そして女の死体だが、これは燃やしはしなかった。適当に刻んで放置するだけでいい。野生動物の餌にでもなればいいのだ。


 そして再度転送魔法で家へ戻ると、わたしは「私」へと戻った。






     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 次にわたしが目覚めたのは女を殺したときから2週間後である。場所は生まれ育った第4地区。そしてある屋敷の前だった。記憶によるとどうやらここの当主が「私」の父親を死に追いやった張本人らしい。わたしが出てきたということは殺せということか。


 だったら従うまでだ。しかしどうやって殺すか。そもそも殺す対象は男だけでいいのか? せっかくだからこの屋敷ごと壊してしまおうか。


 そう決めると方法だが屋敷内にお邪魔して一人ずつ殺して回るのでは手間がかかる。パパッと火でもつけよう。それも簡単なことに魔法を使って。


 と、そこで思い出す。


 第4地区から引っ越してから「私」は魔法を使うことはなかった。簡単な補助魔法すら一切である。今にして思えばあれは魔法を使える人間がほとんどいない下層地区で生きていくための処世術だったのだろう。人間は周りと違う人間を排除しようとする。だから「私」は魔法を自分自身で禁じたのだ。


 だが私には関係ない。魔法を使うことで手っ取り早く済むのなら使うまでである。


 しかし「私」の記憶では人間に対して傷つけるような魔法は使えないとある。けれど残念なことにわたしにそういう観念はない。ただ与えられた役目を果たすだけ。殺すのも人間ではなく虫も同然の生き物だ。


 わたしは屋敷の門前に立ち両手を前へ突き出す。


「インフェルトインディルシア」


 簡潔に。へんに語気を強めることもなく淡々と唱える。一瞬頭に痛みが走ったが気になる程ではない。すぐに屋敷の上空に赤い円陣が広がり、そして火弾が降り注いだ。


 雨のように。


 1分と経たず豪炎を上げて炎上する屋敷。これでは逃げる時間はないだろう。起きてすらいないかも。


「次に目覚めるのはあの世だな」


 さして興味もないわたしは一言言い残すとこの地区から離れた。


 これでいい。これでいいのだ。「私」の望みはこうなることで、わたしの望みは「私」の望みを叶えること。利害の一致である。


 今日はもう戻ろう。今は夜だ。寝ないといけない。このまま「私」の身体を借り続けていたら明日寝不足になってしまうではないか。


「おやすみ」


 家へと戻るわたし。最後に寝る前の挨拶をするとわたしは眠りについた。






     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆





「……の指も、白の手首も。……漏れる息潜めて。……どうか願い、叶うようにと。……しかし祈りは届かない――」


 歌を口ずさむわたし。見上げた夜空には気持ち悪いほど大きくて綺麗な月が浮かんでいる。


 どうやら「私」の心の底には悪性な感情しかないらしい。まあその悪性の部分がわたしなのだけど、それでも人間は誰しも黒い感情しか持っていない。「私」は過去の境遇が悲惨だっただけにそれが顕著なのだ。


 性悪説というか、人間の本質はことごとく悪だ。普段善で表面を塗り固めている人間も裏ではどんな黒いことを考えているのか。「私」がいい例だろう。こんなわたしなんかを作り出してしまったんだから。


「まったく人間は怖いねえ」


 手には適当に持ってきた金属の棒。足元にはいびつな肉片。


 「私」の記憶では政府の人間らしい。遂に役人だからという理由で人殺しを始めてしまった。まったく人の悪意とは怖いものだ。


「でもまあ、これが望みなんだったら、ねえ」


 断る義理はない。今のところは、だが。


 わたしだってこのままでいいとは思わない。人を殺すことは悪いことだ。だったらなんでと思われるかもしれないが、こうすることでしか「私」は満たされないのだ。


 こうしないと満足できない、心が満たされない。しかし一番大きいのは、


「ストレス、か」


 長年受けてきた母親からの暴力。町での不遇な扱い。「私」はそんなことはないと思い込んでいる。


 だけどただ忘れているだけだ。辛いことは忘れて、嫌なことも忘れて。結果わたしを産みだした。きっと〝忘れる〟ことができなくなったのだろう。許容量を超えてしまったのだ。


 そしてわたしにストレスの発散をさせるようになった。


 でもダメなんだ。


 「私」とわたしは別な存在だけど、心では繋がっている。「私」も気がついていないだけで自分の中に別な自分がいることに感づいていると思う。


 そんな「私」がいつか気づいてしまったら? 自分の中に別な自分がいて人を殺していると。長年善意で押し固めてきた「私」はきっと耐えられないだろう。今度こそ自分を壊してしまう。


 だったら。


「わたしは、消えなくちゃあいけないなあ」


 近いうちに。


 わたしは「私」と決別しなくてはならないのだ。


過去篇終了。

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