第33話 なみだ色の追憶【前編】
今から17年前のこと。
私は一軒のお店の子供として生まれました。と言ってもお店は第4地区に構えられお城へ商品を入れていたので同地区の他のお店よりも繁盛していたと思います。
お店のすぐ隣には私の住む家があり、家というよりはちょっとしたお屋敷と言ったほうが適当かもしれません。
家族は両親、3歳下の妹、それと私です。あと2人の使用人がいました。
忙しいながらも時間を見つけては一緒に遊んでくれたりする優しい両親とお姉ちゃんと呼び慕ってくれる可愛い妹。勉強などの面倒も見てくれる使用人。生活になんの苦労もありませんでした。
あるときお城から何人かの役人の人が来ました。
彼らが言うには私は魔法が使えて、それで危ないことにならないように力に鍵をかけると言いました。そのあとのことはよく覚えていません。気がついたら役人の人たちはもう帰っていて両親も「もう鍵はかけたよ」と言っていました。自分でもどこがどう変わったのかわかりませんでした。
そしてそれからは家で魔法の練習が始まります。週に2度、外から魔法を教えてくれる先生が来て色々と教えてくれました。主には生活を補助する類のものです。私は爆発したりするかっこいいのも教えて欲しいとお願いしましたが先生は首を縦には振ってくれませんでした。
私が8歳になった頃。
町で殺人事件が起こり始めました。殺され方や時間が似ていることから同じ犯人による連続殺人と言われていました。でも事件が起こっているのは第25地区以降。私の住むこの地区にはなんの影響もない事件です。だって私が生まれてからこの地区で大きな事件が起こったことはなく平和そのものだったんですから。
でもどうしてでしょう。
その連続殺人事件の犯人はそれから間もなく逮捕されました。
お父さんでした。
いったいどういう捜査をしたら私のお父さんになるというのか。だって第4地区から事件の起こった地区まではとても離れているのです。その間を誰にも見られず移動するなんてできないし、そもそも優しいお父さんが人殺しなど……。
お父さんは無罪だと主張しました。当然私も妹も母もそう言いました。同じ地区の人たちも口を揃えて「君のお父さんはそんなことする人じゃない」と言ってくれました。
でもダメでした。
きっと軍保によって厳しく追求されたんでしょう。ありもしない証拠。ありもしない目撃証言。きっとお父さんは疲れてしまったんだと思います。
自白をしました。
起こしてもいない殺人を、私がやったと。
お父さんは終身刑を言い渡され暗く寂しい牢獄に閉じ込められました。私たち家族は何度もお父さんのところに通い励ましました。
最初は喜んでいました。でも少しした頃からお父さんは本当に自分は人を殺したんだろうと思うようになってしまいました。もうここには来なくていい、人殺しに会う必要なんかない、と。
お店の方も危ない状態でした。店の主人が人殺しの罪で捕まったんですから無理もありません。例え無実でも事実無根の噂はあっという間に町に広がります。次第に店への客足は遠のき、遂にお城から契約の解除が言い渡されました。
その代わり近いところに私の家の店と同じ商品を取り扱っている店があるのですが、お父さんが捕まってから向こうの売り上げは数倍に伸びたといいます。後にお城との契約も結んだとか。
人も来ないのでは儲けもない。儲けがなければお金も払えない。
残された私たちは国に促されるがまま店と屋敷を売り払って第27地区へと引越しをしました。お母さんは頭を使うことが得意だったので店の経営管理の業務の仕事に就くことができました。
お父さんがいなくなって2年。私たち家族はなんとか生活をしていました。27地区ともなると治安も少し悪いです。でも家族三人でなんとか頑張っていたのです。
お父さんが死にました。
獄中で変死。喉に布が詰まっていたことから自殺ではないかと説明されました。遺体も戻らないまま勝手に火葬にされました。
お父さんの無罪を信じ、いつかまた一緒に暮らすことを夢に見ていたお母さんは、壊れてしまいました。
仕事も休みがちになり家では家事もせずにごろごろごろごろ。遂には仕事もやめて少ない貯蓄をすりつぶして遊び呆けるようになりました。
お金が底をつきかけるとお母さんは私に働くよう言いました。まだ11歳だった私。普通の子供ならまだ読み書きくらいしかできませんが都合のいいことに屋敷で暮らしていた頃に質の高い教育を受けていたので大人がやるような仕事にも就くことができました。
乗り気ではなかったもののお母さんが働かないのでは私が働くしかない。そうして一ヶ月頑張って働いてもらったお給料をお母さんに見せてあげました。
「全部渡しなさい」
そう言ってすべて奪っていきました。必要最低限のお金は残してくれましたが他は全部。
仕方ない。お母さんは疲れているんだ。今は私が頑張らないと。そう自分に言い聞かせ毎日がんばる私。妹もいるのだから働かないわけにはいきません。
ある日家に帰ると妹が泣いていました。二の腕には小さな痣が一つ。さらに太ももにも、背中にも。
「お母さんに叩かれたの」
妹は私にすがりついてずっと泣きました。
その日、お母さんは帰ってきませんでした。翌朝に帰ってきたお母さんに痣のことを訊きました。妹が言うことを聞かないので「しつけ」として叩いたと言います。
普通痣が残るまで叩くでしょうか? 腕も足も背中も。何度も何度も。そんなのしつけではありません。ただの暴力です。
私はお母さんに例えしつけでも手を出すのはダメだと言いました。ちゃんと言葉で分からせてあげてと言いました。お母さんは嫌々ながらも頷いてくれました。
それから5年。
私は必死で働きました。妹もあれから泣くことはなくなりお母さんによる行き過ぎたしつけも無いようです。お母さんは相変わらずですがもう気になりません。慣れというのは怖いですが今のこの状況に私は適応してしまったのでしょう。
「お姉ちゃん見て!」
私が16歳・妹13歳の時。
その日も私は仕事から戻り少ないお金で買った食材を使い夕飯を作っていました。そこに嬉しそうな笑顔の妹が来ます。手には数枚の紙幣。私が毎月稼ぐ額の半分はあります。
「こ、これどうしたの?」
驚いた私は妹へ尋ねます。だってそれまでろくに働いたこともなく、あったとしても私の手伝いをしてほんの少しのお小遣いをあげていただけなのですから。
「知らないおじさんにもらったの。痛かったけど頑張ったんだよ」
一瞬頭が真っ白になります。手に持っていた包丁を危うく取り落としそうになりましたがなんとか堪えました。
「そう、で、でもあなたは働かなくていいの。お金は私が稼ぐから。もうそんなことしたらダメ。絶対に。分かった?」
妹を殴りつけたくなるのを必死に押さえながら私は右手の小指を差し出します。妹は不思議そうな顔をしながらも小指を出し、そして絡めました。気持ち悪い。危うく吐きそうになりました。
本心から気持ち悪い。こんな妹いなくなってしまえばいいのに。いっそこの場で首を絞めて殺してしまおうか。このままこの子が汚れていくだけなら私の手で……。しかし今の私には妹がいるという支えが必要でした。なにより大切な存在ですから。
「それよりそんなお金の稼ぎ方誰に聞いたの?」
町で声をかけられたとかでしょうか。そうだとすれば外出も制限しないといけません。ただでさえ自由に遊べないこの子をさらに縛り付けるというのは心が痛みますが仕方ありません。すべてはこの子のためなのです。
しかし。
「お母さん!」
何の疑問も持たず、明るい笑顔で。
その時。
私の意識はぷっつり途絶えました。




