第31話 そして剣は鞘に収まる
お昼を食べたあとは当然眠くなる。本当ならここで一眠りできれば良かったのだけどさすがにそこまで甘くはない。昼食を終えて三十分後。僕は再度剣を手に取りクリシアと向かい合っていた。
「何度も言うけど私に攻撃を通さないと終われないにゃ。私は構わないから殺す気でくるにゃ」
剣を構え再確認するクリシア。わかっている。この剣で相手の身体を傷つけないとこの特訓は終われないのだ。なんとしてもクリシアに一撃浴びせる必要がある。
しかし今まで戦ってきてわかったのだが彼女の身体能力は異常だ。予測不可の攻撃にも対応し、さらに剣以外にも体術で応戦してくる。一方の僕はただ剣を振るうだけである。
「まあ深く考えても攻撃は通りませんよね」
剣を腰に据え体勢を整える。向かいのクリシアも剣を構えた。
「行きますよ!」
走り出す僕。取り敢えず彼女の周りを回りながら徐々に距離を縮めていく。相手の方からの先制攻撃はないので僕はただ攻撃の通るタイミングを探るだけである。
しかしやはりいくら探っても隙なんか見つからない。これでは僕の体力が減っていくだけ。ここは賭けに出るべきかもしれない。渾身の力で振り切ればクリシアのあの剣を粉砕することはできないだろうか? 実際に策もなしにがむしゃらに切り込んだ一撃で肩から胸までを切り裂くことには成功したのだ。剣を粉砕することはできなくてもこちらと向こうでは武器のサイズに絶対的な差がある。ダメージは与えられるだろう。そうすれば隙が生じ攻撃のチャンスが生まれるかもしれない。
「おらあああああああ!」
周回の動きから一変、僕は剣を振りかざしクリシアへ斬りかかる。応戦するように体勢を落とし剣を構えるクリシア。僕の剣と彼女の剣が触れる、瞬間。僕は左手首を僅かに曲げ剣先の軌道を微妙にずらす。けれどクリシアも瞬間的にそれを見切り体勢を変更する。
狙い通りである。
火花を散らせぶつかり合う剣。向こうからの攻撃でなければこちら側が押し切ることは可能。僕はありったけの力を込め相手をねじ伏せようとする。
「……力で押し切れば倒せるって考えてるにゃ? もしもそうだとしたら大間違えにゃ」
向こうからの押しの力が変化する。クリシアの剣が僕の剣を削るように下方へと移動する。最初刀身の真ん中あたりにあった彼女の剣は既に鍔で止まっている状態だ。もしここで鍔が破壊されたら僕の両手首は切り落とされてしまうだろう。
「くっそっ……」
戦いが膠着状態だ。このまま時間が過ぎれば彼女から反撃が来るかも。そうなれば僕に防ぎ切ることはできないだろう。反撃の予備動作の見られない今がチャンスなのだ。
僕は手に加える力を一瞬だけ抜く。すると僅かに剣同士が離れた。それと同時に僕は身体全体を捻って左側へ。剣も下方へと流した。直後今まで僕のいたところをクリシアの剣が通過する。前かがみになって倒れるようなクリシア。僕はその隙を見逃さず左手を剣から離すと彼女の首に思い切り手刀を打ち込んだ。そして加速を付け倒れる彼女を空中で掴み剣の刃を彼女の首めがけて振り下ろす。
「決まった、」
勝利を確信し思わず声を上げる僕。だけど彼女の体術は常軌を逸していた。剣を持っている左腕を地面につく。ちょうど剣先で地面を抉るような感じだ。そのままそこを支点にして大きく跳ねる。掴んでいた僕の手も離れ彼女へと迫っていた剣もただ空を斬るだけ。呆気に取られて上を見上げるも彼女は既に空中で体勢を立て直し僕の頭部めがけて剣を突き立てているところだった。僕はなんとか剣を頭の上へ構えその一撃を防ぐ。けれど相手の一撃は重力加速と全身の体重の乗った一撃。刀身に彼女の剣が触れた瞬間、小さなひびが入った。僕は剣を倒してなんとかその一撃を受け流し、大きく後退し間合いを取った。
「いやー。手刀打ってくるとは思わなかったにゃー。0.1秒くらい意識飛んだにゃ」
もうそれは通常と変わらないのでは。というより彼女は剣一本を支えに空中に飛び上がり僅かな滞空時間で身体を反転、攻撃までしてくる。こんな相手に勝てるわけない。最初から負け戦だ。
「いつになったらやられてくれるんですか……」
いけると思っっていただけに落胆は大きい。今後さっき以上に彼女を押せる気がしない。
「あははは~。私こう見えても強いからにゃー、と。でもほら見て」
彼女は空いている方の手で自分の前髪を掻き上げる。なんだろう。ピンクの髪の毛で白い肌で、
「――――あ、」
血が。一筋の血液が彼女の額から流れていた。傷自体はもう塞がっているようだが、確かに怪我をしていたようだ。
「さっき私の空中からの攻撃を防いだ時にそっちの剣が欠けたんにゃ。それで飛んできた破片で切れたみたい」
指の腹で血を拭き取るクリシア。そのまま小さな舌で舐めとった。
「ってことは……?」
「成功だにゃ。見事私に怪我を負わすことができたにゃ」
でもあんなのでいいんだろうか。確かに怪我は怪我だがあんなのちょっと切ったくらいだし普通に生活しててもあれくらいの怪我はする。もっと腹に突き刺さるとか腕が飛ぶとかといった怪我じゃなくてもいいんだろうか。
「これでいいのかと思ってるのにゃ? いいんだにゃ。戦いにおいて相手の攻撃を防ぐっていうのは自分の命を守る重要なことだにゃ。この部屋でならいいけど実戦でなら一回でも刺されればもう負けたようなもんにゃ。だからきっちり相手の動きを把握して攻撃を防げるのならもう十分にゃ。それに偶然とは言え私に怪我を負わせられた。これも実力のうちにゃ」
おしまいだにゃー、とクリシアは剣を鞘に収める。そして僕の方に近づくと両手を差し出してきた。
「その剣を貸すにゃ。直してやるにゃ」
僕は不思議に思ったけれど言われた通り剣を差し出す。
受け取ったクリシアはおもむろに手の平で刃を撫でた。ひびが入り欠けていた部分に彼女の血液が染み込む。すると剣全体が眩しく発光しだした。
「!? な、なんですか、」
しかしすぐに光は収まる。けど、ん? 剣がおかしい。損傷していた部分は確かに直っているけど形状が変化していた。さっきまでは錆びたような色合いだった剣だが今では眩しく銀色に輝く刀身に複雑な装飾の施された鍔と柄。しかしよく見ると刀身はただ銀色なのではなくうっすらと青みがかっている。一体どんな素材が使われているのか全くわからない。
「やっぱり馴染んだ武器が扱いやすいにゃ。でも流石にあのままじゃいつ折れてもおかしくないからいい感じに手直ししてやったにゃ。サービスで鞘もつけとくにゃー」
気がつくと僕の腰に深い青色の鞘が。クリシアから剣を受け取りその鞘に収める。しかし何故か剣を受け取るときの彼女は複雑な表情をしていた。
「…………? この剣って、名前とかあるんですか?」
それとも今出来たばかりだからないのだろうか。僕としてはやっぱり名前がついている方が愛着とか湧くと思うのだけれど。
「……んんー、あえて付けるとすれば、《バイス・スペルビア》とかかにゃ? ただし名前をつけることということはその存在を固定するということにゃ。その上その剣は七……いや、なんでもないにゃ。これで立派な剣士だにゃ。いつでもどこでも大切な人を守れるにゃー」
「……ありがとうございます」
もうあの時みたいなことにはならない。彼女一人だけでなくこれからは僕も一緒に……。クリシアのはっきりしない態度が少し気になったが僕はお礼を言うと小さく頭を下げた。
「いいんだにゃー。でも特訓はこれからもたまにするにゃ。いつかは本気で斬り合ってもいいかにゃ~」
「い、いやー。本気はまずいんじゃないですかね」
確実に殺される。できればもう彼女とは戦いたくないほどだ。
そうして。
妖しく笑みを浮かべるとクリシアは僕の手を握り跳ねるような足取りで部屋を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
地下強制集積室。
通称イリミタル・チェルベロ。
国内で起きたあらゆる事柄の情報が蓄積されている特別な部屋である。情報の閲覧はごく限られた人間にしか許されておらず、しかし王の娘に直接許可を取れば閲覧も可能。
「やっぱりな」
睨んだとおり。
昨日の襲撃は偶然ではない。明らかな動機があり、計画性があり、そして殺意があった。
「しかしまた厄介なことになったの」
ここの資料を探してもなぜ魔法が使えるのかがまるでわからない。攻撃抑制の洗脳を無視して町中で人間に対して攻撃魔法を使う。一体どうすればそんなことが可能になるのだ?
しかし取り敢えずはここまでで分かったことを話しておく必要があるだろう。
狙われる恐れのある人間はこの城にいる全員なのだから。
そういえば今日は全国的に祝日なので更新しました。
サブタイトルは卑猥な意味ではありません。
誤字脱字の指摘・感想なんでも待ってます。




