第30話 勝て…ない…(A Reckless Attack)
右腕四本に左腕五本。右脚三本に左脚も三本。
あのあと20分間で失った手脚の数である。それにプラスで上半身と下半身が二回ほどお別れしたので被害としてはそっちの方が大きいかもしれない。
首が飛ばなかっただけマシか。
「どうだ? 多少は痛みにもなれただろう? 人間ってのは順応する生き物だ。痛みに慣れて恐怖を捨てろ」
剣を床に突き立て肩を上下させる僕。確かに彼女の言うとおりだ。最初は斬られるごとにその場でうずくまっていたが今では斬られてもそのまま移動し回復を待つ。脚が斬られた場合も動けるようになるまでクリシアから視線を外さない。最初とは行動が違ってきていた。
「次に移ろう。どの部位でもいいから私の身体を傷つけてみろ。ただし先ほどとは違って私は武器による防御もするし隙があれば反撃にでる。ハンデとしてこちらからは先制しての攻撃はしない」
先制攻撃はしないということはこちらから攻撃しない限り戦闘にならないということか? でもそれじゃあ特訓の意味がないしこれ以上彼女がキレたら本気で殺されそうである。さっきから語尾に「にゃあ」がついていないし余計に怖い。てかそもそもあの語尾はなんなんだよ。
「い、行きます」
剣を構えクリシアに迫る。だが正面へ飛び込むことはしない。彼女の武器は刀身の短い剣。その分小回りが効くし今まで戦っていてわかったのだがあの武器は攻撃力が異常に高い。あの持ち手が重要なのだろう。ほとんど手先と一体化しているため動きが読めない。さらにクリシア自身、斬撃の瞬間に腰をひねって加速をつけているので一撃が重い。
つまりここでは左右に小刻みに移動しながら相手の動きを読み僅かにできた隙から攻撃を通さなければならない。
適度にステップを踏みつつ間合いを詰める。僕の動きを追うようにクリシアも身体を動かした。
相手との距離はおよそ2メートル。ここから一歩踏み込み斬りかかれば余裕で届く距離である。が、相手もそのことは重々承知。当然一撃目を防ぎに来るだろう。あの剣で防がれればそのまま相手の攻撃動作に繋がる恐れがある。それは防がなくては。
「…………」
左足を半歩踏み込み斜め右下から掬い上げるように斬撃を放つ。クリシアもそれを防ぐように脇を締め受け止めるべく刀身を移動させる。
けれど僕も馬鹿じゃない。踏み込んだのとは反対の右足を大きく右側へ出しそのまま大勢を低く落として上へ切り上げると見せかけた斬撃を横へ移動させた。胴体を分断させる剣筋である。
「――――!」
突然の軌道変更に一瞬表情の変わるクリシア。いける! と思ったが彼女は瞬間的に上半身を反らしそのまま僕の一撃を躱す。剣先がクリシアの腹を舐めたが怪我を負わせることはできない。けれど上半身を反らし回避行動を取ったということは次撃を防ぐのに隙が出来るはずである。僕はそのまま横へ空振った動きの延長線で円を描くように上へ振り上げ踏み込む。そのままいまだ空中で上半身を反らしているクリシアへ斬りかかった。
「……甘いな」
僕はてっきり反らした上半身を元に戻すのだろうと考えていた。けれどクリシアはそうはせずそのまま後方へ倒れこむと剣を掴んでいない方の左手のひらを床につく。そして肘を曲げるとバネのように跳ね上がり両足を僕の腹に叩き込んだ。全く予想していなかった攻撃だけに腹に力を入れることも防御体勢を取ることもできずモロに食らう僕。肺から空気が吐き出され視界がクラっと回る。
何ら抵抗もできないまま後ろへ弾き飛ばされる僕。床に倒れ、薄れていく意識の中でクリシアが僕の喉元に切っ先を突き立てるのが見えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いやー、ちょっとはマシになったにゃー!」
その後意識の回復した僕は一時休戦し腹の具合を確かめている。
床に座り込み腹を撫でる。向かいではクリシアが楽しそうに笑っていた。僕は全然楽しくないんだが。むしろ今すぐにでも逃げ出したい気分である。
「まあそんなに怒らないで欲しいにゃ。最初に比べればもう別人にゃ。あの一撃は喰らえばやばかったと思うにゃ」
「あの一撃って?」
戦闘の中で何度か斬りかかっているので彼女が何を指しているのかわからない。最後の見事躱されてしまった一撃だろうか。
「そうそう。剣筋にフェイクを仕込んで来るとは思わなかったにゃ。でも、それよりも私は攻撃を転じるときの動きを褒めてやりたいにゃ」
「?」
「横方向への斬撃の動きを殺すことなく円を描くように次の攻撃に繋げたことだにゃ。あれは普通素人が出来る動きじゃないにゃ。円を描くことで攻撃にリズムを作り出し流れるように次の攻撃に繋げることができるとともに隙も少なくなるにゃ。さらに遠心力の威力を上乗せすることもできる凄い動きなのにゃ」
なんだか自然にそういうことができるようになったみたいだ。確かに口頭で説明されるより自分でやってみたほうがわかりやすい。そう言う意味ではクリシアの実戦形式の特訓は有効なのかもしれない。
「でもまだ私は怪我をしてないにゃ。私がどっか怪我しないとこの特訓は終わらないよ?」
…………実際問題彼女に攻撃を通すことなど可能なのだろうか。先程は確かになにかが掴めた気がしたがそれも彼女には防がれてしまった。このままじゃいつまでたっても終わらないぞ。
「と言いつつももうお昼だにゃ。続きはお昼のあとにするにゃ」
お。きちんと昼食の時間を確保してくれるのか。正直あの語尾が荒いクリシアではお昼抜きでぶっ続けの特訓になるんじゃないかと心配していたがなぜか彼女の機嫌は直っているようである。よくわからないが助かった。
「ということは一旦ここから出ないといけませんね」
剣を脇に置き出口を見る。しかしクリシアは「心配御無用にゃ」と言って指をパチンと鳴らした。すると僕とクリシアの間にバスケットが。クリシアがそれを開け、覗き込んでみると中には水筒とお皿に乗った食べ物が二組入っていた。
「私の手作りお昼ご飯にゃ。今日は新鮮なディチルメンが手に入ったからにゃ。それの照り焼きをパンに挟んだんにゃ」
お皿に乗っているのはサンドイッチに酷似している。ただしパンは三角形ではなく正方形だが。でも美味しそうな匂いがする。お腹がきゅるると鳴った。
「ディチルメンって何ですか?」
皿から料理を手に取りつつなんとなく訊いてみる。が、返事は帰ってこない。不思議に思って顔を上げてみるとクリシアは笑顔を張り付かせたまま硬直していた。
「――――――」
「………………」
動きを完全に止めた彼女を見て無言の僕。パンをチラリとはぐってみる。
「――っ! なんだこれ」
こんがりといい感じに焼け目のついた物体が乗っかっているがそれはどう見ても「顔」だ。悲痛な表情を浮かべた動物の顔面の表皮がそこに乗っかっていた。
「うげえ、気持ち悪い……」
はぐったパンを戻すとそのままお皿へ返却。向かいに座る機能を停止したクリシアに声をかけた。
「いつまで固まったフリしてるんですか」
「――――……い、いやあバレてたにゃ……」
当たり前である。パンをはぐったあたりから眼球が小刻みに震えていたし首筋には汗が伝っている。焦っているのが見え見えである。
「あ、あのね。ディチルメンってのは森に住む魔物さんで」
「ふむふむ」
「その魔物さんの顔面の皮はとっても美味しいんだにゃ。特にほっぺたにうっすらついたお肉が」
「なるほど」
「それで今日はそれが手に入ったからこうして手作りしてやったんにゃ……。文句あっかこらあああああ!!?」
「キレるなよ!」
でもまあ作ってくれたことには感謝しなくてはである。それに見た目がアレだからと食わず嫌いしていてはこの世界を生き抜くことは容易ではないかもしれない。
僕は今さっき見たことを忘れて一口食べた。
「ど、どうかにゃ?」
ん。これは……。
「普通に美味しいですよ」
率直な感想。クリシアは今日一番の笑顔を見せた。
けれど、戦いは終わらない。
毎週土日の更新になります。




