第29話 先輩と殺し合い。
翌朝、自室で目覚めた僕。あくびをしつつ着替えるとそのまま部屋を出てエレベーターに乗り食堂へ。簡単な朝食をすませた頃クリシアがやってきた。
「おはよう! さあ今日から特訓だにゃー。覚悟は決まったかにゃ? あ、先輩って呼んでくれてもいいにゃー」
「あ、あのその、特訓って? 命に関わりませんよね?」
最後の先輩云々は無視して声をかける。しかし僕の問いかけにクリシアはなぜか固まってしまう。数秒間が空き、
「あ、あははは。まさかー。特訓で死んでちゃ意味ないよー。安全にはしっかり配慮してあるにゃー」
とほんの少し棒読み気味にそう言った。本当に大丈夫なんだろうか。返答までの間が怖いのだけど。僕の不安は高まっていくばかりである。
クリシアに連れられて食堂を出るとエレベーターに。扉が閉まるとクリシアは「!」と書かれたボタンを押した。
「――えっ、なに」
押した瞬間ガタンッと小さく揺れ内部の照明がチカチカと切れかかるように点滅。しかしすぐに異常は回復しエレベーター内部にチーンと音が響いた。到着したようである。
「到着だにゃ。それじゃあ楽しい特訓の始まりだにゃー」
クリシアの後に着いてエレベーターから出る。着いた先は真っ暗な空間。彼女は僕の手を取りずんずんと奥へ進む。
「これは私の持論なんだけど、生ぬるい指導をしても能力の伸びはすぐに限界に突き当たるにゃ」
前を向いたまま話し出す。周りは真っ暗で彼女の顔すら見えないけれど、口調はいつもの通りだ。僕はどう返答したものかと考えるが仕方なく「はあ」と曖昧に返しておく。
「だったら限界を超えるにはどうするか。何度もこれについて考えたんだけど私にはこれしか思いつかないのにゃ」
「……んー。なんなんですか?」
通常の限界を超えて能力を上げる方法? 薬物による肉体強化とかだろうか。いや、もしかして魔法による強化とか? どちらにせよ容易ではないはずである。
「簡単だにゃ。戦いに強くなるには戦えばいいだけにゃ。でも単に勝ち負けを決める戦いじゃない。ここでいう戦いってのは」
暗闇の中で金属を擦り合わせる音が聞こえる。それもごく近距離から。そう、まるで僕の手を引くクリシアが腰に下げた鞘から剣を抜くような――。
「生き死にが勝敗を決める戦いだにゃ」
彼女の手が僕から離れ、一閃。僕の喉仏に何かが触れる。直後鋭い痛みが走った。指で確かめると何か液体のようなものがべっとりと。鉄臭い。
「この部屋は修行専用でにゃ。怪我をしても致命傷以外なら約一秒で回復するにゃ。どんどん怪我するにゃ」
数歩後退し今起きたことを考える。斬られた? 前触れなく、唐突に。これが特訓ということだろうか。しかし僕は戦いの経験なんて皆無である。
「痛いのとか無理ですって! 今まで戦ったことないし、そもそも武器が」
「しょうがないにゃー」
パチン、と音が。すると今まで真っ暗だった室内に明かりが灯った。昨日リリルと魔法の特訓をした部屋に似ているがあそこよりももっと広い。そして壁に何かがあった。
「壁にはいろんな武器がかけられてるにゃ。使いやすいのを選んで私を殺しに来るにゃ」
床を蹴ってクリシアは前に剣の切っ先を突き出し突進してくる。僕はすんでのところで躱しそのままクリシアの脇をすり抜け後ろの壁へと走った。
無理だ。彼女と戦うなんて出来るわけない。でも受け止める武器もなしに躱し続けることも出来ない。なんでもいいから武器を。
視界には三つの武器が入る。モーニングスター、ツインセーバー、普通の細身の剣だ。モーニングスターとか使い方全くわからないしツインセーバーなんか両手に剣を持って捌ききる自信はない。ここは素直に普通の剣にしておこう。この世界にきてから何度か手にとったこともあるしほかの武器を扱うよりはいいだろう。
「くっそおおおおお」
壁に駆け寄り剣をぶん取る。反転しクリシアの居場所を探すと十メートルほど離れた場所に立ちこちらをうかがっていた。
「それにしたのかにゃ。他にも短剣とか盾持ち片手剣とかボウガンとかスピアとかあるけど。まあ初心者ならその長剣でいいか。分類としてはバスターソードに入るにゃ」
じゃあ行くにゃ、とクリシアは剣を構えるとにやりと笑う。そこでふと気になったんだが彼女の手にしている武器今まで見たことのないものだ。柄に位置する部分にへんな鎧みたいなのがつけられていてそこに拳を入れている。あれでは手首の可動域が極端に制限されて不利になってしまうんじゃないか?
「その武器なんなんですか? 片手剣? 強いんですか?」
「ふっふ~。どうかにゃ。受けてみれば嫌でもわかるにゃ」
一気にこちらへ走り寄り剣をはめた左腕を振り上げるクリシア。軌道を予想するに首下から胸のあたりを斬りにかかっている。つまりその軌道上にバスターソードを持ってくれば防げる!
けれど片手剣だと高を括っていた。彼女の振り下ろした斬撃は想像の何倍も重く、受け止めた剣が押し返されるほどだ。彼女は片手剣を振り切り、衝撃で僕は後方へ飛ばされる。そして起き上がる暇もなく剣を握った右腕が飛んだ。瞬間想像を絶する痛みが。痛みのせいで声すら出ない。
「油断の先にあるのは死だにゃ。もう大丈夫、治ってるよ」
剣先でほれ、と示してくる。見ると無くなったはずの右手首は何事もなかったように再生され、しかし少し離れたところには血に濡れたバスターソードが転がっていた。
「死ぬ覚悟は出来たかにゃ?」
自身の持つ剣の刀身を指でなぞりつつクリシアは笑う。指が切れ血が出ているのもまったく気にならないようだ。
「武器を使用する戦いにおいては敵の全身に絶えず注意を払う必要があるにゃ。手元の武器にだけ目線を向けていても下方から蹴りが来るかもしれない。そうして倒されればあとは敵に殺されるだけにゃ。初心者は考えずに正面から突っ込みがちだけどこれも間違いにゃ。戦いに慣れている人間は常に間合いを保っている。正面から来られても半歩下がれば躱せる間合いを。武器ってのは例外なく攻撃を加えたあとに次の攻撃まで微妙な隙が出来るにゃ。相手の懐に策もなしに飛び込んで隙なんか作ったら殺してくれって言ってるようなもんにゃ」
基本だというふうにつらつらと語るクリシア。けれど僕にはさっぱり理解できない。間合いとか以前に剣の扱い方も分からないのだ。そんな急に言われても出来るわけがない。
「まあ最初からはできないにゃ。まずは正しく相手を斬れることが大前提。刀剣ってのはただぶつけても斬れない。斬る対象に対して刃筋を見極めることが大切にゃ。それをしっかり把握できれば剣の重さを利用し骨ごと切断することも可能。逆に言えばただ斬りかかっても骨で止まって致命傷にならないし場合によっては着込んでいる服とか鎧に弾かれておしまいだにゃ。ということで」
クリシアは手にはめていた剣を腰に戻す。そのまま両腕を上に持ち上げた。
「まずは正確な身体の動きを習得して確実に相手を斬れるようになるにゃ。このとおり私は武器を持たないにゃ。怪我をする恐怖は捨てて私を殺す気でかかってくるにゃ」
どうぞ、と手招きしてくる。剣を構える相手を前に武器をしまうって正気か? いくら怪我をしても治るからってそんな……。まるで戦闘狂だ。
「いいんですか? 本気に怪我させちゃうかもしれませんよ?」
いくら戦闘に知識があるからって相手は女の子である。怪我なんかさせちゃあダメな気がする。僕はもう既に腕を落とされたりしているが。
「いいんにゃ。たまには痛みを感じないと感覚が鈍るにゃ」
シュッシュッとシャドーボクシングみたいな動きをしこちらを挑発してくる。丸腰なのに余裕ありすぎだろう。僕なんか相手にならないってか?
「後での苦情は一切受け付けませんからね……」
前方にいるクリシアへと駆け寄る。まずはしっかり剣を持って振るうところからだろう。当たらなくてもいいから振り上げてまっすぐ下ろす。
「…………!」
強い衝撃が刀身から腕に伝わる。硬い物を切り裂きながら物体に侵入する感覚。
なんで。てっきり見切って避けるかと思ったのにクリシアはその場から一歩も動くことなく僕の剣撃をその身に受けた。右肩口から胸にかけてずっぷりと刀身が沈んでいる。
「おお。思ったよりやるにゃ。鎖骨・肩甲骨・あと肋骨が三本くらいかにゃ? 初めてでこんなにいけるとは思わなかったにゃ」
茫然自失で呆ける僕。まったく彼女の考えがわからない。自分の身体を傷つけてまですることなのか? いくら僕の特訓に付き合うからって……。
「なんでこ、こんなたかが訓練で。怪我して痛みもあるのに。肋骨なんか折れたら息すら……」
「たかが?」
空いている方の左腕で突き刺さっている剣を抜く。そのまま刀身を素手で掴んだままクリシアが凄んだ。
「戦いってのはそんな適当言って逃げられるようなもんじゃねーんだよ。唐突に、理不尽に命を奪われるのが戦いだ。痛いからとか怖いからとかで避けられるもんじゃねえんだ」
言葉を失う僕。しかし彼女は構わず続ける。
「まあなんにしても素質はあるみたいだ。実際に戦ってえっちらおっちら初歩から教えてやろうと思ったけどやめた。まずはその戦いに対する姿勢から矯正してやるよ」
刀身を掴む手から血液が滴る。彼女は凄惨な笑みを浮かべるとそのまま僕の腕を斬り飛ばした。




