プロローグ 2 坂口千榎は静かに暮らしたい
「はる、あんた馬鹿でしょ」
帰宅して早々妹に罵倒されたわけなのだけど、まあ仕方ない。全身ギリースーツに身を包んでダッシュで帰宅してくれば誰だってそう言う。僕だってそう言うだろう。
「まーた佐々木さんと女子寮に侵入ごっこ? マジで次くらいには捕まるんじゃない?」
「捕まるようなヘマはしない! 証拠は一切残していないのだ」
建物内には、だが。外には四箇所逃走用の緩衝材として布製品が撒かれているのでそれは後日回収だ。例え回収前に見つかってもそこから足がつくようなことはまずない。あれは大量に出回っているのだ。
しかしあのあとダッシュで逃走し、反省会は後日するとして佐々木ともすぐに別れたので今日の失敗点がわからない。天井に登る前までは完璧だったのに。監視カメラにも警備員にも赤外線にも見つかっていないはずである。もしかして石を不審に思った警備員が巡回ルートを変更したとかだろうか。もしそうだったら次からは別の策で警備員の気をそらさなければならない。
「おい、めし」
「なーに偉そうにめしとか言ってるの? あとその何? ギリースーツ? さっきからポロポロ落ちてるんだけど。ちゃんと掃いといてね」
言われて足元を見ると緑色の細長いものが床に落ちていた。僕はリュックを下ろしギリースーツを脱ぐと靴箱の上に置いてあった消臭スプレーを数回かけた。そして大きめの袋にねじ込むとほうきで玄関を掃除した。
「ほうほう、今日は鶏肉の照り焼きか。任務のあとの食事は最高だな! 失敗したけど」
「今日は鶏肉が安かったからね。あと母さん今日遅くなるって」
ふーん、まあ母さんが遅くなることを見越して今日任務を遂行したのだけど考えてみれば今週母さんの顔を見ていない。別に寂しくはないけど。
数分後。適当に片付けをして僕は食卓についた。向かいの席には三歳下の妹である千榎が座っている。箸で必死に鶏肉から皮を剥いでいるところだ。
「はる、これ」
そうして僕の皿に皮を寄越してくる。僕はこういうの好きなのだけど、千榎はどうやら鶏皮に限らず鮭の皮とかも嫌いらしい。
「それで? 今日はどうだったの?」
そうして聞くのが当然というふうに僕に聞いてくる。
「守秘義務だ。例え妹であろうと、」
「いいから教えなさいよ」
言って、僕の皿から鶏肉をひと塊丸々奪っていく千榎。僕のお皿は一気に寂しくなってしまう。
「ちょっとまってください。話すからそれ返却して」
「はい」
よかった、返してもらった。しかし実の兄にこんな真似するなんてなんてやつだ。僕はこんな子に育てた覚えはないのに。
「はるに育てられた覚えはないのに」
「ぐぬぬ……。いいだろう、今日はお前の推測通り木管高校の女子寮への潜入ミッションだった。警備員に見つかりかけて失敗に終わってしまったけれど」
僕の話に千榎は目を輝かせて聞き入っていると思いきや、驚く程冷めた目で僕を見据えていた。
「何その顔。千榎、お前僕を馬鹿にしてるな? マジでこの日のためにかなり準備してきたんだぞ?」
集音器や暗視ゴーグル・迷彩服などは地球一の品揃えと豪語する某通販サイトから調達。一般に流通してないピッキングツールは佐々木がネット上の知人に頼んで作ってもらった。女子寮の間取り図及び防犯設備の詳細もとある人物に調べてもらった。機材の準備から今日までに軽く一ヶ月はかかっているのだ。
「まあその無駄な努力は認めるよ。でもなんで女子寮なんかに? そんなにはるの興味をそそるものがあるの?」
「あるよ」
「なによ」
「……おっぱい」
「はぁ」
深いため息と共に箸を置くと千榎はうなだれるように下を向いた。衝撃のあまり力が入らないのだろうか。
「呆れて物も言えないんだよ」
「なんと」
どうやら今この状況、僕はこいつに呆れられているらしい。一体何をしたというのだ。
「真面目な顔しておっぱい見に女子寮に不法侵入する兄をみたらそりゃ呆れるよ。というか幻滅するよ」
でもしかし千榎よ。あれは男のロマンなのだ。今時は警察が厳しくて女性の後ろから自転車で追い抜くだけでも不審者として通報されるご時世なのだ。しかし僕はそんな時代だからこそあえて危険を冒してでも自分の欲望に従いたい! それに僕の作戦では誰も気がつかないので誰も傷つかない。ちょっと天井裏から女子風呂を観察するだけなのである。
「でもはるはもう高校生なんだよ。捕まったら前科がつくんだよ。私ははるの将来を心配しているんだよ」
「Oh……」
僕の行動は想像以上に千榎に不安な思いをさせているようである。いけない、もっと手段を選ばなければ。合法的におっぱいを……。
「だいたい妹の私が勧めるのもあれだけど、そういうのはネットでも見れるでしょ? そういうので我慢できないの?」
「できない!」
「Oh……」
千榎は「驚いた!」というか「何この人怖い」みたいな目で僕を見てきた。いかん、ちょっとゾクゾクした。
「あれなんだね、本物じゃないといけないんだ。じ、じゃあしょうがない。私の胸で……我慢する……?」
「ごちそうさま~」
席を立ち上がって流しの方へ行こうとした瞬間僕の左側頭部に醤油差しが飛んできた。が、僕は空いていた左手でそれを空中で掴む。
「悪いな千榎。僕は妹では萌えないんだ」
若干M寄りの僕は普段の妹のキツい言動にちょっぴりだけ興奮するときがある。しかし所詮その程度で妹に性的な欲求を覚えることはない! 人間として当然である。何か最近は妙に妹が取り上げられるがあんなもの幻想。実際の兄妹関係はもっと殺伐としているものなのである。
「いいよ、もう。せいぜい捕まらないよう気をつけてね……」
椅子に座りうなだれる千榎はまるで燃え尽きた木のように白い。まるで生気が感じられなかった。
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