第23話 殺戮の幕開け
連日晴れが続いていたのにその日は夕方の5時ごろから雨が降りだした。
雨はいい。
音を消し、姿を消し、気配を消し、証拠を消す。
だから、
「あんたが死んでも誰も気がつかない」
わたしは足許にうずくまる塊に声をかける。と言ってももう聞こえていないかもしれない。何も見えていないかもしれない。何も感じないかもしれない。
痛みさえも。
だって全部潰したから。
手足を潰してこの場から逃げることも隠れることも出来なくして、次に胴体を殴りつける。お腹の中身をぐるぐるぐるぐる混ぜて混ぜて。最後に呼吸が微かになったところで頭蓋を砕く。手足や胴を潰したのと同じここへ来るときに持ってきた金属の棒で何回も、何十回も。
動かなくなるまでずっと。
殴り続ける。
「――――あ、」
ぐちょん、と。それまでのただ硬い物を削る音とは違った音がした。柔らかいものを抉りながら棒の先端がずぶずぶと食い込んでいく。
地面に転がる塊は一瞬小さく悲鳴を上げると小さく痙攣し、やがて動かなくなった。
わたしは周囲を見回す。
石で作られた壁には赤黒い液体がかけられ、白いぶつぶつの物体が飛び散っている。地面には同じように赤い液体が流れ出し、ピンク色の小さな塊が所々に飛散していた。人体の半分以上は水分で出来ていると聞いたことがあるけどちょっとやりすぎたかもしれない。
しかし原型がなくなるまで殴ったのだから仕方ないか。
わたしは自分の行いにちょっとだけ悲しくなった。だって服が少し汚れてしまった。こんなことだったら最初の一回で殺せばよかった。わたしもまだまだ経験が足りないようである。だけどまあ元が赤い服だから目立たないか。
反省をしつつ、つま先で塊を蹴り上げる。
「うえっ」
目玉があった場所から何か流れ出している。目玉はどこに行ってしまったのだろう。気になって探してみると飛散した物体に紛れていた。光を失った瞳は虚ろにわたしを映す。
「見ないでよ」
気持ち悪い。わたしは思い切りそれを踏みつけた。けれど目玉というのは存外硬いようで潰れることなく弾けるようにどこかへ飛んでいってしまった。
「…………」
雨だし暗いしもう目玉がどこに行ったか分からない。探すのは止そう。しかしこれの処理はどうするか。毎度のことながらわたしは無計画なので後処理のことなどあまり考えていない。この前だって簡単な穴を掘って埋めただけだし。あんなもの数日も経たないうち野生動物に掘り返されるだろう。でもそうして食べられた方が好都合かもしれない。骨だけ残っても誰かなんてわからないんだから。
となればこれも穴を掘って埋めようか。しかしここは大通りから少し離れた裏路地である。穴を掘れるような場所までこれを運ぶなんてことできない。きっと途中で町の人にみられてしまう。そうしたらまた消さないといけなくなる。
「バラすか……?」
わたしは腕組みしてうーん、と声を上げる。バラすのには手持ちの道具だけでは無理がある。それに大の大人の骨を砕いてコンパクトサイズにするのは時間がかかりすぎる。下手すれば半日とかかかってしまう。そうすれば死後硬直が始まりますますバラしにくくなる。
バラすのは却下だな。
「――めんどくさ」
もういいや。こんなもの放っておけばいい。へんに動かして見つかるのもいけないし、すぐに誰かが見つけてくれるだろう。わたしはそれまでにお暇させてもらうとする。
わたしは手に持っていた金属の棒を投げ捨てる。鈍い光を反射してくるくるとまわるそれは湿った音をたてて地面へと転がった。その場でくるりと身を翻し塊に背を向ける。
「帰ろ」
るん、と。
わたしは鼻歌を歌いながら歩き出す。雨に打たれながら歩き出す。
雨はいい。
病んだ気持ちを静めてくれる、洗い流してくれる。雨に濡れることで高揚した気持ちを落ち着かせ、冷静にさせてくれる。
わたしは雨から身を隠すことなく裏路地から表の大通りへと出る。そこにはいつもと変わらず大勢の人がいる。
誰も知らない、誰も気がつかない。
こんな狂った世界で、
人が死んだなんて、誰にも分からないのだ。
誤字脱字の指摘・感想なんでも待ってます。
唐突に新章入ります。




