第21話 夢の一歩手前で
この世界における〝魔力〟とはイコール〝運命〟の関係にあるらしい。平坦な道のりの人生しかない平民は魔力などまったくなく、しかし王侯貴族や代々魔法が使える家系の人間はそれだけで多少なりとも魔力が宿るらしい。
つまりその人間が今後歩むであろう運命によって魔力の総量は決まっているのだ。
「世界は可能性の数だけ存在している。そのほとんどが微細な変化をもって徐々に変化していく。簡単に言えば1と1.1の世界はほとんど同じだが1と10000の世界は全然違う。お前はこの全然違うところからこの世界に来てしまった。普通、世界間の移動なんて誰もしない。普通の人間の運命にはそんなことはない。だからその分お前の魔力は高いはずなのだ」
ということで。
「まずは自由に魔力を発動できる練習をしろ」
城の地下に設けられた巨大な部屋。床も天井も四方の壁もすべてが真っ白でドアも窓も何もない。入ってくるときに通ったドアさえも気がつけばなくなっていた。
現在呑気なリリルを尻目に僕は数メートル前方に置かれた卵を見る。言うにはあれを手を触れずに持ち上げ、そして再度床に置けというのだ。もちろん卵を割ることなく。
「――――ぐぬぬぬぬ……」
指輪をはめた僕は卵に意識を集中させる。リリルの家では本を持ち上げることに成功したのだ。卵くらいなんでもないはずだ。
「――――!?」
その時。ほんの数ミリだけだが卵が床から浮いた。ゆっくりゆらゆらと漂っている。
「ほら、浮いた! ざまああああああ!!」
しかしリリルは嘲るようにフッと笑う。すると卵は空中で握りつぶされたように炸裂してしまった。
「途中でこっち向くな。気が散って割れとるじゃないか」
「ぐぬぬ」
床にはドロリとした白身と黄身が広がり殻が飛散している。リリルは「次だ」といいどこからともなく卵を取り出しとまた同じ場所に置いた。
「できるようになるまでごはん無し! できるようになったらなんでも言うこと一つ聞いてやる」
「ん?」
今なんでも言うこと聞くって言ったよね? それは信じていいんだな?
「全力だ……!」
僕は今までにない勢いで意識を研ぎ澄ます。
卵を浮かせて割らずに置く……。
「はぁぁぁああ!!!」
卵は徐々に空中へと浮き、一メートルほど浮いたところで十秒停止。そしてゆっくりと降下し、
「出来た……」
割れることなく床に戻った。ヒビも入っていない。
「ほほーん。もう出来たか。じゃあ仕方ない。なんでも一つ言うことを、」
「よおし!」
「――と思ったが簡単に進みすぎてつまらん。次が終わってからだ」
リリルは手のひらを床につき何やら唱え始める。すると次第に僕の足元に黒い円が広がっていき、そしてその円にそって床が消失した。
僕は支えがなくなり穴へと真っ逆さまに落ちる。
「うわああああああああああ」
なんだこれ、どうなってるんだ。転送魔法ではないリアルな無重力感に恐怖心が一気に増す。なにかつかめるものをと首を動かすが全面がすべて黒色でなんの識別もつかない。
「――おおん?」
不思議なことにだんだん落下するスピードが緩くなり、そして数秒するとゆっくりとなにかに降り立った。手で触ってみると確かに床のようなものがあるのが分かる。手を突き出して歩いてみると壁のようなものも突き当たった。
「この空間から自力で脱出してみろ。制限時間は60分。それを超えるとバッドエンド」
「待て待て。バッドエンドってなんだよ」
どこからともなく聞こえてくる声に反論する。が、なにも返事は帰ってこない。
どうしたものか。上を見上げても何も見えないということはそれほど深く落ちたということか、もしくはここは完璧に隔絶された空間ということか。
雰囲気的に後者っぽい。
ということはこの空間からさっきまでリリルといたところへ戻らないといけないんだよな。だいたいテンプレでは空間ごと破壊するとかなんだろうけど今の僕にそんな芸当できるわけもない。となればあれか。
「なんだっけ。トラ、トラスリメント……だっけ?」
リリルやなんかが場所の移動を行うときに言っていた呪文的なあれだ。なんとか呪文自体は覚えていたのだけどどうすればいいんだ。移動先のことを強く念じるとか? でも別々の空間の間も移動できるのだろうか。もしかして空間と空間の狭間に放り出されるとかはないだろうな。
「ま、まあやってみないと」
これで成功すればリリルを好きに出来るのだ。失敗した時のことは考えまい。
「トラスリメント!」
…………。
まあ最初から成功するとは思っていない。次だ次。
「トラスリメント!!」
……うーん。さっきより強く念じたと思ったんだけど。全然移動する感じがしない。でも諦めたらバッドエンドだし。
「トラスリメント!!!」
ふわっと。一瞬だけ足の裏が地面から浮くような感じがした。ということは方向性は間違ってはいないようだ。この調子で頑張れば……。
『三回失敗いたしましたので残り回数は二回です。それを超えると本日のご利用はできなくなりますのでご注意下さい』
…………ん? なにやら天から声が。残り回数二回ってなに、五回失敗するとその日もう使えなくなるのか? どういうシステムなんだこれ。しかしあと二回しか失敗できないとなると焦ってくる。ここから出る方法なんて今の僕にはこれしか思いつかないし。
「移動する感覚を……」
ここは閉じた空間。そこからさっきまで卵の訓練をしていた空間へと移動する。一瞬で、瞬間的に空間間の移動を……。
「トラスリメント!」
直後全身を急激な無重力感が。頭の先からつま先まで全てを飲み込む。強く念じる。移動先のことを。強く強く――――。
「――――おっ、やっと目え覚ましたか」
目を開けるとリリルが覗き込んでいる。どうやら僕は床に寝転がっているようだ。
「脱出できたのか? ここは、」
「脱出も何も最初からお前はここから移動してない」
――――どう言う意味だ? お前がへんな魔法使ってあの空間に落としたくせに。
「あの空間は私が見せた夢みたいなもんだ。だからお前はずっとこうしてこの場で寝とった」
幻術的な何かか? なんでそんな真似を……。
「まあ気にするな。それより目が覚めたということは転送魔法は成功したんだろう。取り敢えず飯にするか」
「ちょっと待って。成功しなかったらどうなってたんだ?」
バッドエンドとか言ってたのはなんだ。
「? 成功せんかったら夢から覚めんだけだ。魔法が成功するまで延々眠り続ける」
ま、まあ確かにバッドエンドと言えばそうか。しかしえらい賭けに出たもんだ。
「魔法の素質はあると見抜いとったからな。夢から覚めたのはほとんど確定事項だ」
さも当然というふうに言うリリルだが下手したら一生閉じ込められていたんだろう? まったくとんでもないことをしてくれたもんだぜ。
「まあ成功したんだしいいじゃないか。とりま飯にしよう」
リリルは壁へ向かって歩いて行った。
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