第20話 こっちへ来て!⇔二人の約束
リリルへついて部屋の奥まで行くと一枚の扉に突き当たった。しかしおかしい。その扉の両脇には大きなガラスがはめ込まれ外の風景を映し出している。夕暮れの、朱に染まった風景である。もしかしてと窓から外を見てみるもその扉から突き出した通路があるわけでもない。ということは普通に考えればあの扉を開けるとそこは外ということになるのだが、
「早う入れ」
ガチャリとノブを捩り扉を開けるリリル。その扉は難なく開き、そしてその奥には薄暗い通路が伸びていた。狭い石造りの通路で左右の壁に点々と小さなロウソクが点っている。
「この通路を抜けると一切の魔法は使用禁止になる。まあないとは思うが魔法を使おうなどと思うなよ。何が起こるかわからん」
リリルは振り向きもせずただ前を向いて歩きながら僕に忠告をする。そんなことを言われなくても魔法なんか使うつもりはない。
そうして二分ほど歩いた時だろうか、距離にしておよそ百メートル。目の前の通路にまたしても扉が現れた。同じようにリリルはノブを捩り中へ這い入り、そして僕も入った。
「――――ここは、」
その部屋は四角ではなく円形で四隅はない。さらに窓や照明の類が無いにも関わらずなぜか明るく、そして壁という壁がすべて本棚になっている。そこには膨大な量の本が詰め込まれ圧倒的な威圧感が感じられた。
「Libri proibiti numero.616167」
部屋の中央へ設置された腰の高さくらいの台に近づいたリリルは何やら右手をその台に重ねると言葉を呟く。その瞬間、室内の全方位の本棚が動き始め、そして気がつくとリリルが手を置いた台に一冊の本が現れていた。
「これは『ファニー・クリミナル‐狂った大円団‐』。今から千年ほど前に書かれた本だ。この国では禁書の扱いだな」
「禁書……?」
もしかして、ここにある本全部がそういった類の書物なのだろうか?
「ここは国の作成した禁書目録に記載された本が集められ、保管されている。大半は宗教・政治・倫理的な理由で発禁処分を受けた本だが中には魔術的な呪術のかけられた魔道書もある。この本もそうだ」
そうして手に持った本を僕に見せてくる。なんの変哲もない普通の洋書に見えるが。変わった点といえば表紙が何も書かれていない赤い無地ということか。
「この本は害を及ぼす類の禁書ではない。むしろ人間の幸福を祈って作られた本だ。この本を見た場合、忘れたい記憶をこの中に封じることができる。そして再度開くまで絶対に思い出さない。もともとは虐待や事故などの悲惨な記憶を封じるための本だがあまりに強力なため禁書目録に加えられた」
言ってリリルは表紙を撫でるとペラペラと頁を指で弾き始めた。
「ちょ、開いて大丈夫なんですか? 記憶が、」
「心配ない。この禁書庫内では魔道書はただの紙の塊だ。どんな呪術も発動せん。言ったろう、一切の魔法は使用禁止と。魔力を検知した瞬間書庫自体が異物の排除行動に出るからな」
リリルは妖しく笑うとめくっていた指を止め本を僕の方へ寄越してきた。
「しおりの挟まっとるとこを開いてみろ」
受け取った本を開く。しかし文字は書かれているのだが何が書かれているのかは僕にはわからない。
「そこに封じられているのは幼少期のシェロンの記憶だ」
「…………え?」
なんでのぶちゃんが? それにそもそもなんでこんな禁書なんかを彼女が。
「まあそこはいい。要はあれだ。あいつは適当で大雑把なやつだがそれは表面だけ。水の上澄みにすぎん。本来のあいつは繊細で傷つきやすくて不安で仕方ない。今日だってお前がいたからああして魔物の下見にいったんだ。そして結果重症を負った。クリシアとストレアがおらんかったらシェロンもお前も命はあったかどうか」
そんなこと言ったってどうしろというのだ。あの場に僕がいてもどうしようもなかった。そもそもただの下見のはずで。
「だから! シェロンはお前を気に入っとる。あいつを守れるくらいにお前も強くなれ。そうだな。そうすればお前が元の世界へ帰る方法ももうちょっと真面目に考えてやる」
「今まで考えてなかったのかよ!」
まあ投げやりなこいつの反応を見ていればそんなことは明白なのだが。しかし強くなれといってもどうやって?
「ふん。魔術くらい私が見てやる。武器の指南もクリシアに頼めばいいだろう。あいつは魔術だけでなく武器の扱いにも長けとる。今すぐにとは言わん。今晩くらい休め」
そうして。
僕とリリルは書庫をあとにした。
結局のところリリルの真意はわからない。ただ僕に魔術を教えたかったにしては随分と回りくどいと思うしわざわざのぶちゃんの過去のことを言わなくてもいい気がする。そうでもしないと僕が話に乗らないと思ったのであろうか。
夕暮れの冷たい空気が頬を撫でる。辺りを見回すと地面には水溜りが。咲いている花にも水滴が乗っかっており、どうやらさっきまで雨が降っていたらしい。そのせいもあってか寒い。もう少し厚着をしてくればよかった。ここに来るのは二度目だというのに経験が活かせていないようだ。
両手を擦り合わせてベンチへと座る僕。その時チーンという音と共にドアの開く音がした。立ち上がり見てみると、エレベーターから降りてきたのはのぶちゃん。彼女も僕に気がついたのか左腕を軽くあげると「やあ」と言ってこちらへ小走りでやってきた。
「まさか変態も屋上に来ているとはな。気に入ってくれたのかな」
「ええまあ。それより怪我はもう大丈夫なんですか?」
伏せ見がちに顔を覗き込む。てっきり怒っているかと思ったがそんなことはない。彼女はいつもの通りに笑顔だった。
「おかげさまでな。今回は本当にすまなかった。下見とか言いつつ戦いに巻き込んでしまって」
「い、いえそんな……」
謝るのは僕の方である。ただ後方で見ていることしかできなかった。よく考えればもしかしたら出来たことがあったかもしれないのに。
「今回はどうやらリリルやその他のやつにも世話になってしまったようだしな。あとで礼を言って回らないといけない」
座ろう、とのぶちゃんは僕にベンチを勧めてくる。二人して座るとのぶちゃんは口を開いた。
「――本当は今日、下見に行くのだって私は怖かったんだ。でも人が襲われている以上原因と思われる対象はちゃんと調査しないといけない。部下もひ弱で頼りにならないし。でもなんでだろうな。お前がいれば大丈夫かも、って思ったんだ。なんの確証もないただの思いつきなんだが。でも結果私もお前もひどいことになってしまった。このことについてはどう謝っても足りないと思う。でも、どうか嫌いにならないで欲しい。お前が帰れるよう全力で応援する。だからそれまではここにいてくれ」
と、一気に話すとのぶちゃんは下を向いて視線をそらしてしまう。自分自身があんな怪我して、死ぬかもとまで言われて、それでもまだそんなことの心配をしているのか。自分には何もできないんだと後ろ向きな考えばかりしている自分が酷く小さく思えた。
「というか、僕にこの世界で他に行く場所なんてありませんし。国王もいてくれていいって言ってるし帰る方法が分かるまではちゃっかり寄生させてもらいますよ。のぶちゃんもそれでいいんですか?」
俯く彼女の横顔に語りかける。こんな感じでしか言えない自分に若干嫌気がさしながらも、しかしのぶちゃんは顔を上げこちらを見てくれた。
「……十分だ。じゃあ、いてくれるんだな? ここに」
「はい。これからもよろしくお願いしますよ」
僕たちはしっかりと右手を重ね合った。
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