第10話 さらわれた幼女
「それじゃあ元気でな。っとお前ら二人にはこれをやろう」
あのあとなんとかリリルをなだめた僕はアルスとエリスを連れて帰ることにした。リリルはまだ少しだけ目が赤く腫れているが許してくれたようで見送りのため扉の外まで来てくれていた。
「これは……?」
アルスがリリルから何かを受け取る。覗き込むとそれは一組みのイヤリングだった。
「じいさんが私にくれたんだ。私には必要ないからお前たちにやる。身につけていれば危険なときに役立つだろう」
透明な紫がかった石のついたイヤリングで金具は金色に輝いている。アルスは「ありがとうございます」と言うと片方をエリスに渡した。
「そのイヤリングは付けている者同士の絆を強くする。その他豊富なオプションもついてるから」
じゃあばいばい、とそれだけ言ってリリルは建物の中へと引っ込んでしまった。
「いいんですかね、私たちがこんなもの」
遠慮がちに手のひらでイヤリングを弄ぶアルス。その隣ではエリスがイヤリングをつけて喜んでいた。
「アルスは考えすぎなんだよ。もっとはっちゃけちゃっていいのに。エリス見てみろ。多分こいつ馬鹿だぞ」
「違うんです。この子は。エリスはただ忘れているだけなんです。辛い記憶を、悲しい記憶をこの子は自由に忘れることができる」
だからこんなに馬鹿みたいなんです。とアルスは遠い目をして呟いた。聞いたことがある。人間辛すぎることに直面すると自分の心を守るため記憶を削除するのだ。それはすべての人間に備わっている機能で外界から自己を守るためのもの。アルスの話ではエリスはこれに当てはまるようだった。
「…………」
この子、いや彼女たちは一体どんな人生を送ってきたのだろうか。きっと地獄みたいな毎日を送っていたに違いない。毎日毎日泣いて、泣いて、歯を噛み締めて耐えてきたに違いない。エリスだって忘れているとは言っても記憶を完全に消すことなんてできるはずもなく、心の奥では泣いているのかもしれない。
でも、だったらこれからやり直せばいい。だってまだ二人共若いのだ。僕なんかよりずっと人生は長いだろう。だから僕が変えてやる。悲しい思い出を楽しい思い出に。
「帰ろう。向こうでのぶちゃんが待ってる」
僕は二人に手を差し伸べる。アルスはちょっと困った笑顔で、エリスは明るい笑顔でそれぞれ僕の腕を掴んでくる。
「あんまり遅いから迎えに来たぞ」
「ちょっと、今いい雰囲気だったでしょ!!」
僕は思わず上を向いて叫んだ。
気づいていたさ……。さっきからものすごい暴風を巻き起こしながらこの建物の上で竜みたいな生物がホバリングしてるのには。具体的には『――エリスだって忘れているとは言っても記憶を完全に消すことなんてできるはずもなく、心の奥では泣いているのかもしれない。』と僕が心の中で語っているときから上空で翼をバッサバッサさせて飛んでいたのだ。でも空気を読んでかアルスもエリスも気づかないフリをして僕に付き合ってくれていた。
台無しだよ!!
「はっは、なにやら邪魔したようだな。しかしこの私の登場にはこの子の紹介も兼ねているのだ」
そうしてのぶちゃんは竜の頭を思い切りぶん殴る。すると竜は「ふえぇ……」と細い声を出して僕たちのすぐ近くまで降りてきた。
「いいんですか、そんな殴って。なんか幼女みたいな声出してますよ」
「いいんだ。この子は面の皮が厚いから。紹介しよう。この子は私のペットでなんとか(ど忘れした)ドラゴンのドラちゃんだ。もとは二階のトイレに迷い込んでいたのを私が保護したのだ」
鼻先から尻尾の先まで有に六メートルはあろうかという大きな竜である。足なんか筋骨隆々で翼は透けるように薄い。全体的に淡い青色だがお腹だけは白かった。可愛い。
「だろう? 可愛いだろう? でも男の子なんだ。毎年その時期になるとそこらへんの木につかまり立ちして腰を振り出すんだ。ほら、見てみなよ。立派なバットもあるぜ」
「いいですよ、バットは! さっき降りてくるときに嫌でも目に入りましたから!」
後ろを見るとアルスがエリスの目を両手で覆ってドラちゃんのバットが見えないようにしていた。いいお姉さんである。
「それよりもう話はすんだのかな? リリルは面白いやつだったろう?」
のぶちゃんは全く動じず僕に話を振ってくる。もうここらへんは慣れないといけないようである。そうしないと今後やっていけない気がする。
「そうですね。ずいぶん可愛らしい方でしたよ。自分のおじいさんを糞じじい扱いしてましたけど」
「そうだな、あいつは昔からじいさんが苦手だったようだ。それで? 帰る方法はわかったのか?」
「…………いえ。でもリリルが言うには、いつかは帰れるそうです」
「いつか? なんだか適当だな。いい。私が聞いてきてやる」
言って扉を足で蹴破り中へ這入るのぶちゃん。中から「うわわっ」とか「なんだお前!」と聞こえてきたが僕にはどうしようもない。ただ見ているだけである。
そして十秒ほど中から騒がしく暴れるような音が聞こえたと思ったらのぶちゃんがひょっこり出てきた。後ろには銀髪幼女を引きずっている。
全身着崩れし涙目のリリルをのぶちゃんは強引に立たせる。何をと思ったが次にのぶちゃんは軽々とリリルを担ぎ上げるとそのままドラちゃんの背に乗った。
「え、ちょ、何やってるんです?」
「なんだかお前についてはもうこれ以上は見えないとかほざくので連れてきた。このまま街へ拉致って時間をかけて見させればいつかは見えるだろう」
「ちょっと強引すぎやしませんかね」
しかしのぶちゃんはふっと笑う。
「この世界じゃ多少強引でなきゃやってけないんだよ……」
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