声のデカい男⑦
片岡が「んー」と呟き、中空を見つめる仕草をしたのを見て、先を続ける。
「みんながルールを守らなければ社会は成り立たないわけじゃん。だから社会はルールを無視する人間を排除しようとするよね。ルールには重要なものからどうでもいいものまで色々あるけど、どうでもいいルールだとしてもそれを破ることによって周りにルール全般を無視する人間だと思われちゃうかもしれない。そうすると社会から排除されるリスクが出てくるわけだ。それを恐れて飲酒もしないでおこうってなるんじゃないのかな」
喋りながら考え、考えながら喋り、僕はついに、片岡を聞き手に、人間が法を守る心理についての仮説を完成させた。片岡は食い入るように僕を見つめて言った。
「でもさ、他人にルールを無視する人間だと思われたってどうでもよくない? 犯罪とか本当に社会から排除されるようなルールさえ守ってれば」
なるほど、こいつ案外馬鹿じゃないな。それはまさに法治国家の肝だ。議論が佳境に入り、ドーパミンが脳内に充満してきた。
「もちろん現代社会ではそうなんだけど、もっと原始的な共同体ではそうもいかなかったんだ。その頃に形成された人間心理が今でも恐怖という感情としてDNAに組み込まれているんだろうね」
「へえ~、俺にはない感情だわ」片岡は、腕組みをしながら言った。「そしたら目黒はなんで酒飲んで平気なの?」
「いや、やっぱちょっとは抵抗あるよ。それでも――」
メリットとデメリットを比較の上、飲酒する決断を下したのだということを理路整然と説明した。
「それじゃあ」と、片岡は食い入るような目つきになって言った。「あいつは、体に悪いっていう方が大きいから飲むのやめようってなったのかな?」
「いやいやいや」僕は思わず首を振る。「彼は単に法律違反が怖いっていう感情に従っただけだと思うけど。よく言えば『正義感』だね」
片岡は、目つきを緩め、ひと息入れてから言った。
「そうかあ。つまり何も考えてないのかー」
僕は、弛緩した片岡の顔を眺め、自分の知性に自信を深めた。
「そうだよ、世の中の大部分の人間は何も考えずに生きてるんだ」
そう口に出してしまってから、目の前にいる羊たちの顔色が気になったが、幸い彼らは呆けた顔で僕たちのことを見ているだけだった。片岡は能天気に笑い、「お前すげえな」と言って僕を褒めたたえた。




