声のデカい男④
瓶を元の位置に戻そうとしたとき、遠くからこちらに向けられている控えめな視線を感じた。さりげなく視線をたどると、テーブルの反対側の端に座っている丸顔の女と目が合った。丸顔の女はすぐに視線をそらし、周りの会話に調子を合わせるように笑顔を作った。気になって横目で様子をうかがっていると、丸顔の女はこちらを気にする素振りでまたちらっと視線を向けてきた。
「おい、目黒。みんなも飲むって」
片岡の声で我に返り、ビール瓶を中空に掲げたままでいることに気がついた。慌てて向かい側にいる羊たちにビールを注ぐ。すると、その中の一人が
「俺はやっぱりやめておく」
と言って、僕がビールを注ごうとするのを手で制した。
「なんで? 嫌いなの?」
片岡は不思議そうに聞いた。ビールを拒んだ羊は言う。
「いや、まだ二十歳じゃないし」
片岡は間髪を入れずに問いを重ねる。
「バレても捕まるわけじゃないでしょ?」
羊は困惑した顔で答える。
「別に、捕まりはしないだろうけど」
片岡は問いをやめない。声が大きくなる。
「じゃあ退学になる?」
羊はあからさまにめんどくさそうな顔をして言う。
「さあ、知らない」
片岡は興奮気味になった。
「なんで?? 俺ら酒飲んだらヤバいことになんの?」
羊は、憤慨して言った。
「いや、知らねーよ。飲みたいなら好きにすればいいじゃん」
それっきり羊は黙り込んだ。片岡がなおも何か言おうとしているのを察知して、僕は割って入ることにした。
「もう乾杯するみたいだ。とにかく酒飲まない人は何か注ごう」
やれやれ、なんでいきなり揉めるんだと思いながら、乾杯の音頭を取ろうと立ち上がった上級生の方に顔を向けた。ふと、テーブルの反対側を見ると、丸顔の女がグラスに手をかけて、同じく上級生の方を見ていた。何を飲むのかな。あの色はウーロン茶だな。じっくり観察し始めている自分に気がつき、ハッとした。向かい側の男たちに見られているような気がして、すぐに顔の向きを戻した。
「え~、新入生のみなさん。今日は来てくれてありがとうございます。うちのサークルは……」
乾杯のあいさつを聞き流しながら、僕は何度も丸顔の女の方を盗み見ようとしたが、動かそうとすればするほど首が固まり、視界をずらすことができなかった。視力も聴力も機能を停止したまま、ただ時間が過ぎるのを待った。




