信者⑦
「なんだよ昼間から酒かよ」
口ではそう言いながらも片岡は、嬉しそうにコップに口をつけた。僕の洗脳が効いて健康志向になったはずなのに酒はふつうに飲むのだろうかと疑問に思って問うと、「酒は我慢できないっしょ」と事もなげに言った。話題は、僕が東京にいなかった間の二人の近況に移った。大学で片岡の悪評が広まっている、という。
「私も聞いたよ。ケンカしたって」
「ケンカっつーか、そいつがいきなり怒り出したからこっちもヴォルテージ上がっちゃって、先に突っかかってきたのはあっちだしなあ。すぐ収まったし、大したことないよ?」
いつかはそういうことが起きそうだと思っていたことが、僕がいない間に起こっていただけだった。
「なのに俺がサークル出禁になったんだよ? しかもなんでそんな情報が広まるんだろ」
片岡はすっかり酒が回って真っ赤な顔で言った。いつの間にか自分の酒を飲み干し、葵の分に手をつけていた。
「まあ片岡は有名人だから」
たしかに理不尽ではあると思ったが、わざわざ片岡を擁護しても仕方がないと思い、それ以上はその話題に触れなかった。葵は時折緑茶をすすりながら、ただ肩をすくめていた。
「ところで葵は」紅潮した頬とは裏腹に、片岡は低く落ち着いた声で言った。「デートどうだった?」
葵の動きが一瞬止まるのが分かったが、すぐに元の柔らかい表情に戻った。
「うん、まあ普通かな」
「面白くねえだろ、あんな奴」
片岡は間髪入れずに早口になった。
「いや、そんなことないよ。上田さんはすごい人だよ」
葵と片岡のやり取りを聞きながら、僕はグラスを小さく回して、透明な液体が遠心力で大きくのたうつのを眺めた。
「ハァ? どこが?」
「……ゴールドマンサックスに内定もらってるし」
急にグラスを回す手を止めたため、吉乃川の波が一瞬乱れ、そして凪いだ。
「ゴールド、何?」
僕は、片岡の方を見ずにグラスに視線を合わせたまま反射的に割り込んだ。
「ゴールドマンサックス。大手の外資系投資銀行」
久しぶりに口を開いて出たその言葉は、自分でも驚くほど重苦しい響きを伴った。
「ふ〜ん」片岡はベッドにもたれかかり、片肘をついた。「そういえば目黒も知ってんじゃない? 新歓コンパで一緒に飲んだから。俺あいつ嫌いだわ」
少し考えて、一人の人間に思い当たった。しらふ顔の男だった。あの、表情の読めない無機質な目を思い浮かべると、畏敬とも嫌悪ともつかないものがじわりと沁み込んで来た。




