信者⑥
果物をいくつか食べ、紅茶を飲み終わると、僕たちは片岡の部屋に移動した。こちらはリビングと比べれば殺風景な部屋ではあったが、ベッドもパソコンもあり、開きかけのクローゼットからは派手なジャケットやアウターがはみ出ていて、片岡の生活感が染みついていた。ローテーブルを囲むようにクッションが置いてあり、葵は、その一つに座るなり、開口一番片岡をたしなめた。
「ちょっとお母さんに対して強く言いすぎじゃない?」
「えーそうかな」
「そうだよ。せっかくご厚意でケーキ出してくれたのに」
「ケーキ食べたかったの?」
「いや、そういうことじゃなくて。お母さんは良かれと思っておもてなししてくれたんだから、あんな言い方されたら傷つくよ。悠が想像してる以上にグサッと来てるからね」
葵に諭されて、片岡は少年のように小さくなってつぶやいた。
「大事な人たちには長生きしてほしいだけなんだけどな」
僕の胸に、疲れ切った顔で仕事から帰ってくる、遠い父の記憶が去来した。片岡は、小学生のときに両親が離婚し、母親の実家で育てられたという。
「親父が母ちゃんのこといつも殴ってたんだよ。俺もしょっちゅう殴られた」
聞いた瞬間「うっ」と胸に詰まる言葉だったが、片岡は淡々としていた。隣にいる葵が目に涙を浮かべているのとは対照的だった。
ひととき静かになった空間に「コンコン」とノックの音が響き、部屋のドアが開いた。御母堂がお盆を持って入ってくると、テーブルの上に羊羹と緑茶と小さいグラスに入った水を三つずつ、素早く置いて出て行った。羊羹は葵が手土産に持ってきたものだった。「もしや」と思ってグラスを手に取ると、果たして水に見えたものは僕が先刻御母堂に手渡した長岡の地酒「吉乃川」だった。お盆を胸に抱えてにっこりと笑いかけてくれた御母堂の優しさと律義さが、片岡家の明るい今を象徴しているかのようだった。そういえば、今度は片岡は羊羹を下げろとは言わなかったな、とふと思った。




