信者①
大学生活に慣れてきた頃、僕は学習塾のアルバイトを始めた。子どもたちに勉強を教えるのは思いのほか性に合っており、自分の能力を存分に活かせていると感じられた。ただ、バイト仲間とはほとんど交流がなく、僕は大学、自宅、バイト先のトライアングルをひたすら回る生活を送った。
大学の授業は、ほとんどすべて出席していた。例の中国語の授業のように、真面目に聞いても無駄としか思えない講義もいくつかあったが、GPAを稼ぐためと割り切って出席し、可能な限り内職して効率的に時間を過ごした。授業ごとに使われる教室は違ったが、だいたいの場合、僕は教室最前列あたりの端の席に座った。そのエリアは教員からの死角になっていて、講義を聴くにせよ聴かないにせよ都合がよかった。時々、後ろの席に片岡が座ってきた。
片岡は、疑問に思ったことは何でも僕に聞いてきた。マクロ経済学の授業後には、株と為替と金利の関係について教えてくれと言ってきた。一年次の授業ではまだ扱わないし、試験にも出ないと言ったが、片岡にとってそれはどうでもいいらしかった。片岡は「株をやっている」と言った。だから、最近起きた株価の暴落がなぜ起きたのかを特に知りたがった。
株価の予測は、特に短期的に値動きを予測することは不可能だ、と僕は説明した。株価に影響するニュースが出ればそれは即座に価格に織り込まれるから、一般人にとって短期の株式投資はどこまでいってもギャンブルだ。値動きの原因も、複数の要因が絡むのが普通で、単純ではない。それが、僕が先回りして独習していた金融理論の基本だった。教科書通りの説明に、片岡は腕組みをして静かになった。彫りの深い顔の眉間にさらにしわが寄る。
「で、今回の暴落はなんで? 株売った方がいいの?」
「要因はいろいろある」
「たとえば?」
「アメリカの景気指標の悪化が大きいとは思うけど……」
「そっか! じゃあやっぱり売らないと」
「言っておくけど、すでに下がってるんだから今売るのがいいかは分からないぞ」
その翌週、日銀の政策金利引き上げのニュースを話題にすると、片岡は為替相場がどう変動するかを知りたがった。僕が金利上昇は一般に円高要因であることを説明すると、
「じゃあ株は売った方がいいかな?」
と言った。片岡は至って無邪気だった。お前はカモにされるから株はやめておけという言葉を呑み込んで、僕は片岡に、「興味があるなら是非」と、金融の基本を学べる本を勧めた。入学して間もない頃に図書館で見つけた、比較的分かりやすい入門書だ。しかし、片岡は、パラパラとページをめくり、遠慮がちに笑った。
「要約して教えてくれない?」
僕は、苦笑しながらも名案を思い付いた。お気に入りの再生リストを漁り、YouTube動画のリンクを送った。本よりも動画の方が、片岡の食いつきが圧倒的によかった。




