出陣前
投影された映像を前に兵たちがどよめく様子を見ながらケイオスは内心でどこか違和感を覚えていた。
ソロプレイヤー向けの補助品だ高レベルではプレイヤー同士の隠蔽には追いつけないあくまで補助品、それがまるで国家の虎の子として大事に扱われている。
(国家の精鋭部隊にしてはな)
「よろしいか」
不意に声をかけられ思考が途切れる。
振り返るとアルセンがこちらへ歩み寄ってきていた。
「情報の裏付けが取れた、間違いないようだ」
「そりゃよかった」
「貴殿がどうやってこの情報を知ったのかお聞きしたいが…今は事を急ぎたい、礼についても後日改めて正式な形で用意させてもらう」
アルセンの表情には先ほどまでの疑念が消え、代わりに緊張と気迫が滲んでいた。
「拠点との距離はさほど離れていない、この機を逃すわけにはいかない、我々はこのまま日程を詰めて早急に攻め入る」
その言葉を境に駐屯地の空気が一気に慌ただしくなった。
兵たちが装備を整え、隊列を組み直し、出発の準備が急ピッチで進んでいく。
怒号にも似た指示が飛び交い、駐屯地全体が戦支度の熱気に包まれていった。
その騒がしさの中ケイオスはふとアルセンへ声をかけた。
「なあ」
「何用か」
「俺もその討伐についてってもいいか?」
アルセンは即答する
「断る」
「なんでだよ」
「なんでも何も遊びではない、情報提供には感謝するが関係ない者を巻き込むわけにはいかない」
にべもない返事だった。ケイオスはなおも食い下がる。
「自分の身くらい自分で守れるって」
「そういう問題ではない、我々は兵だ、作戦行動に部外者を入れる訳などないし民に悪戯に危険を負わせる真似もいかなる理由があろうと看過できん」
アルセンの声には譲る気配が微塵もない、当然の理屈だ、興味本位で戦場に首を突っ込みたがる令嬢とでも思われているのだろう。
これ以上の押し問答は無意味だとケイオスにも分かっていた。
「じゃあいいよこっそり後ろから付いて行くから、同行とかじゃないし邪魔もしないし後ろの方に居るだけだから」
「………………」
アルセンはこの妙な事を言いだす相手をどう説得しようかと言葉を選んでいるようだがすぐには言葉が出てこなかった。
その時、少し離れたところから兵士の声が飛んでくる。
「アルセン隊長、準備が整いました!」
「分かった、すぐ行く」
アルセンは返事をすると改めてケイオスへ視線を向けた。
貴族の令嬢らしいその態度からしてここでいくら言い聞かせても簡単には引き下がらないだろう。
無理に止めようとして揉めるほうがこれからの作戦に支障をきたしかねない。
それに傍らにいる護衛へと目を向ける、一目で解る高級な装備、そして立ち居振る舞いだけで強者と見て解る。
少なくとも令嬢を守るだけなら相当な実力を持っているように見えた。
アルセンは短く息を吐いた。
「……分かった。好きにしろ」
「お、話が分かるじゃん」
「勘違いするな同行を認めたわけではない、こちらの作戦行動に干渉しないこと、それだけは守ってもらう」
アルセンの声が低くなる。
「もし邪魔をするようならその時はこちらも相応の対応を取る、貴族相手だからといって作戦を乱す者を見逃すつもりはない」
「分かってるって」
「ならいい」
それだけ告げるとアルセンは踵を返した。
準備を終えた兵たちのもとへと歩いていった。それ以上追及することなく、部隊の準備を整えるべく踵を返していった。
慌ただしい駐屯地の空気の中その背中はすぐに人混みに紛れて見えなくなる。
二人だけになったところで、レイラがケイオスへ視線を向けた。
「……なあ」
「なんだ」
「どういうつもりだ盗賊団の討伐についていくって話、私には妹を探すのに関係ある話とは思えないんだが」
戦闘に巻き込まれる理由もなければ、王都に向かうという当初の目的からも外れている。
レイラの声には、純粋な疑問が滲んでいた。
妹を一刻も早く見つけ出したいという思いが強い彼女にとって、この寄り道じみた選択は、素直には飲み込めないものだった。
「わざわざ首を突っ込む理由が、あるのか?」
「…あんまり関係はない」
ケイオスは少し考えるような間を置いてから、答えた。
「ただ今回は、この作戦をちょっと見ておきたい理由があってな」
「理由」
「そうだ、行き当たりばったりではあるが考えなしって訳じゃない、今後のためにな」
その答えでレイラはそれ以上深くは追及しなかった。
「解った、依頼を頼んだ以上はお前に任せよう」
「任せておけって」
そんな二人の呟きは慌ただしい出陣の空気に埋もれていった。
※
駐屯地の慌ただしさは正午を回る頃にはひとまずの形を整えていた。
装備を整えた兵たちが整然と隊列を組んでいく。
鎧の擦れる音、馬の嘶き、指揮官たちの号令が響き渡る中、アルセンは隊列全体を見渡し声を上げる。
「出立する、目的地までは日が落ちる頃に到着する見込みだ」
夜の闇に紛れて動く方が動きを気取られにくい
理解しているアルセンの言葉に部下たちは異論を挟まず威勢のいい声が響く
隊全体には張り詰めた士気が満ちている
悪名高い盗賊団の討伐という大義そして本国からの精鋭という誇りその両方が隊列の足並みを一層力強いものにしていた
最後にアルセンの激励から隊列は砂埃を上げながら街を出発した。
※
それからしばらく後。街道を進む部隊の旗が風にはためき連なる鎧が陽光を弾いていた。
その隊列から距離を置いた後方を二つの影が追っている。
フルアーマーに身を包んだ護衛とその前に乗る貴族令嬢めいた黒髪の少女。二人は一頭の馬に相乗りしていた。
一見すれば、ただの黒馬だ、だが、その肌は不自然なほど真っ黒で、近づいて見れば普通の馬とは明らかに違う。
全身には継ぎ合わせたような歪な繋ぎ目が走っている、ケイオスの召喚したキメラだ。
「こいつの乗り心地ってどんな感じ?」
「お前が呼び出したんだろ?まあいい、化物だ。この装備を着た私とお前を乗せても重量に怯む様子すらない」
「そうかそうか。俺は騎乗なんてできないから助かる」
「…私もほとんど経験はないんだがな」
レイラも馬に乗った経験が皆無というわけではない。とはいえ決して多くはない
キメラはまるで彼女を支えるように安定して走っていた。
「しかし何でもできるなお前は」
「まあ俺の種族の特権だし、でも俺魔法系スキルはこいつら以外全く使えないからな、そもそも戦士だし」
「戦士…?」
レイラが戦士の常識を壊されている内にやがて一行の前方に山の斜面に沿うように建つ古い砦が見えてきた。
崩れた石壁と朽ちた櫓、盗賊団『閃光の旅団』の拠点だった。
日が沈みかける中アルセンの部隊は音を殺して周囲へ展開する、斥候が先行し、見張りや出入口を確認しながら、手際よく包囲を整えていく。
その様子を、離れた木立の陰からケイオスとレイラは見つめていた。




