観察
砦を攻略するというのは攻める側に多くの困難が伴うものだ。
堅牢な防壁、高低差を活かした迎撃、限られた侵入経路、攻め手はその何倍もの犠牲を強いられる。
だが今回はそうした定石が通用する状況ではなかった。
「な、なんだ、外が――」
「敵襲!敵襲だ!」
叫び声が上がった時にはもう遅かった。統率の取れた部隊が、事前に決めていた陣形のまま一気になだれ込む。寝込みを襲われた形の盗賊たちは、満足に武器を構える暇もなく、次々と組み伏せられていった。
盗賊たちにとってここはただの住処でしかない、廃棄されてたのを利用しているだけで本格的に整備されたわけでもないただの隠れ家だった。
わずかに配置されていた見張りは闇に紛れて接近した兵たちによって、声を上げる間もなく次々と沈黙させられていった。松明の光が一つ、また一つと消えていく。
そしてそれ以上に顕著なのが兵達との練度の差だった、どうにか気づき始め武器を取った者も手も足も出ず即座に鎮圧されていく。
「まあ野盗の集団なんてこんなもんか」
寄せ集めの荒くれ者たちが規律の取れた精鋭部隊にまともに対抗できるはずもない。
逃げ惑う者、抵抗を試みて斬り伏せられる者、あるいは早々に武器を捨てて両手を上げる者、悪名高いという触れ込みの割には拍子抜けするほどあっさりとした展開だった。
ケイオスは腕を組みながらなおも崩れていく盗賊団の様子を、静かに見つめ続けていた。
(ただやっぱり普通じゃないなこの世界)
あの輸送隊を見ただけではまだ判断がつかなかったが今ケイオスは一つの確信が固まりつつあった。
砦の入り口付近で兵の一人が背後から放たれた矢を振り向きざまに剣で叩き落とした。
別の場所では崩れかけた石壁、自分よりはるかに大きいそれを片手だけで押しのけて進む兵の姿もある。
(あの大きさの岩を人力だけで動かせるはずがないし)
もう一つ視線を移せば逃げ惑う盗賊の背中に、瞬きの間に追いつく兵の姿まで見える。
速さも力もケイオスの知る「人間」の枠組みには収まらない。
(現実と違う法則なのは間違いない)
改めてその一点だけは確信できた。
目の前で起きている出来事は明らかに「ゲーム的な力」の存在を示唆していた。
ケイオスは廃砦の攻防を見つめながら、そんな考えを頭の中で静かに整理し続けていた。
そして隣で控えるように居たレイラに声をかける
「レイラ、あの兵隊達って強いか?」
「そうだな…人間としては規格外だ、ここまで強い人間達は初めて見た、私の故郷の戦士にも劣らないだろう」
「じゃあ自分と比べたらどうだ?」
レイラは少し考える素振りを見せてから、正直に答えた。
「それなら私の方が上だな、自分で言うのもなんだが私はかなり強い」
「とはいえあの兵達との集団戦となると…流石にかなり厳しいな」
「ふうん」
「…ただ、あの隊長」
レイラの声が、わずかに低くなった。
「あの男、あれは別格だ…私より確実に強い、正直信じられない故郷でもあれほどの者はまずいない…尋常じゃない強者だ」
「俺にはよく解らないけどな、ほとんど指示してるし」
「立ち居振る舞いや空気、気配から察するんだ」
「へえ…レイラは偵察職も持ってるのか?じゃあ最後に最初に捕まってた時の輸送隊って一人でも平気だったか?」
「職…?偵察はまあやる方だが…?あの連中なら拘束具さえなければ造作もなかった」
拘束具や弱体化の処置さえなければまとめて相手取ったところで負ける気はしなかったとレイラは語る。
「…………そうか、大体解った」
ケイオスはそれきり黙り込んだ、腕を組み、目を閉じ、何かを考え初める。
レイラはその横顔をしばらくの間じっと見つめていた。
何を考えているのか、やはり見当もつかない。ケイオスの事はまだ短い付き合いで掴めそうで掴めないままだ。
思考を終えたのかケイオスが話しかけてくる。
「今回、何のためについてきたのかだけどな」
「こうして、この国の正規の部隊が実際にどう動くのか見ておきたかったんだ」
「動き方か」
「統率の取り方、判断の速さ、作戦の組み立て方を見れば、この国の軍がどの程度の練度なのかもある程度分かるからな、これから突入していくんだから知ってて損は無いだろ?」
「なるほど……そういうことか」
レイラも納得したように頷いた。
(まあ、それも嘘では無いんだけど)
ケイオスは内心で付け加える。
(本当に知りたかったのは、もう一つ…レベルが、生物が出せる力を超えるような力があるのか?って事を知りたかった)
レイラが自分で言っていたようにこの世界には一騎当千と呼べるほどの強者が存在する
それが事実なら、ケイオスの知る元の世界とは根本的に違う事の確信が持てるからだ。
(まあ俺自身が化物みたいなもんだしレイラみたいな獣人もいるんだ。今さら驚くようなことでもないけど)
自嘲気味に思いながら、ケイオスは砦の攻防を見守り続けた。
※
奇襲が決まった時点で勝敗はほぼ決していた。
統率も練度も上回る精鋭部隊が寄せ集めの野盗集団を制圧するのに時間はかからなかった。
砦から響いていた怒声や剣戟の音も次第に収まっていく。
(これで恩も売れたし、知りたいことも分かった。国に入り込む足掛かりとしては十分か)
そろそろ潮時だ。
ケイオスはレイラへ目配せしその場を離れようと踵を返しかけた。
だが、その直前だった砦の奥から慌てた怒声が響く。
「頭領がいない! どこにも見当たらないぞ!」
「なんだと?」
「捕らえた連中の中にも頭領らしき人物はいません!部下を見捨てて逃げたか、あるいは最初から砦にいなかったのか…!」
アルセンの怒鳴り声が響いた。
「くまなく探せ! 抜け穴があるはずだ! この砦を隅々まで洗え!」
にわかに騒然となった砦を前に、ケイオスは踏み出しかけた足を止めた。
そして、改めて砦へと視線を向けた。




