盗賊団団長
山肌を縫うようにして続く獣道を盗賊団の頭領、ガレオは飄々とした足取りで歩いていた。
背後から漏れ聞こえていた喧騒はもうすっかり遠のいている。
王国直属の旗印を見た瞬間にガレオは迷わず身を翻していた。
地方の駐屯兵ではない、本国から派遣された精鋭部隊、そうと分かった時点でガレオは一人逃げ出した。
「あいつらには悪い事しちまったな」
口では殊勝なことを言いながらもその声色にはさほどの罪悪感も滲んでいなかった。
ガレオは好き勝手に一人でやっていた所にいつの間にか人が集まり、気づけば頭領などという肩書きを背負わされていただけであった、統率だの仲間意識だの初めから彼には無かった。
「それより」
ガレオの表情に、ふと真剣な色が差した。
あの拠点はそう易々と見つかるような場所ではなかったはずと、勿論0とは言わないが自分達が一時的な拠点にして直ぐに襲われた、そうならないように普段は短時間でねぐらを変えている。
「ま、王国の精鋭なら人材も道具も幾らもレアな物があるか」
ガレオも特殊な能力を持つ宝具については知識があった、王国の選りすぐりなら与えられていても不思議はない、そうなると考えても無駄とそこで思考を止めガレオは歩みを続ける。
厄介事の気配を感じながらも、その足取りに焦りが混じることはない。
「仮にまた見つけられても…俺一人なら幾らでもやりようがある」
その呟きは自身の実力と自負が浮かぶ独り言だった、だがその言葉に答えが返ってくる。
「そう気を落とすなよ、この世界の基準だとあの探査くんでもチートだしな」
可愛らしいあどけない声だった。
だが、それがガレオの背筋を瞬時に強張らせるには十分だった。
即座に体が反応し、腰の得物へ手が伸びる。気配など、微塵も感じ取れなかった。それがなおさら、ガレオの警戒を跳ね上げさせた。
「ちょっと邪魔するぜ」
そこに立っていたのは、上質な衣装を纏った黒髪の少女だった、どこかの令嬢を思わせる出で立ち、そんな身なりのことなど、ガレオにとってはどうでもよかった。
「お嬢ちゃんが今回の手引きか?」
「さあ、どうだろうな」
少女は素っ気なく答える。ガレオは口元に薄い笑みを浮かべた。
「一体全体どこから出て来たんだい?俺をどうやって見つけた?良かったら教えてくれないか?」
「うん?上からだぞ」
「そりゃあ素敵な仲間がいるんだな」
軽口の応酬、ガレオは肩をすくめる。
完全に不意を突かれたが奇襲はされないし呑気に話しかけてくるときた。
得体の知れない相手だが少なくとも今すぐ襲いかかってくる気配はなさそうだと少し警戒を解く。
「で、何の用だ。世間話しに来たわけでもねえだろ」
「まあね、勿論要件はあるんだけどせっかくだから一つ聞いておきたい」
一拍、間が空く。
「アンタって、どれくらい強いんだ?」
※
(国側の差し金ならこんな悠長な真似はしねえ、さっきの隙にさっさと後ろから斬りかかりゃ済む話だ)
ガレオは飄々とした態度の裏で冷静に計算をする。
これまでの荒事の経験がそう告げていた。
これは国からの追っ手ではないだろう、貴族特有の傲慢を絵に描いたような気まぐれか。
「んー俺かい? そこそこはやるつもりだけどな」
軽い調子で話を合わせておく、少女は興味深そうに首を傾げた。
「ふーん、なんか大会とかで名が売れてた?」
「まあな、冒険者やってた時代もあったな」
ガレオは懐かしむように、少しだけ表情を緩めた。
真面目に剣の道を歩んでいた時期があった。腕試しの大会でも名を知られ高ランクの冒険者としてもそれなりに評判を得ていたはずだ。
だがどうしようもない差、宝具を持つ者や桁違いの天賦を持つ連中との差を痛感し、いつしか正道から外れていった、そして今に至る。
「――で、世間話が終わったなら」
ガレオは話を切り替えた。
「悪いが、そこ通しちゃくれねえか」
少女は、あっさりと首を横に振った。
「いや、悪いんだが、そういう訳にもな。あの兵隊に恩を売っときたいんでな……捕まってくんない?」
ガレオの目つきが、一段と鋭くなった。
「…ガキの遊びじゃ済まねえぞ?」
軽口の応酬はそこで打ち切られた。
得物の柄を握る手に、じわりと力がこもる。
この少女がただの箱入り娘でないことだけは疑いようがなかった。
今こうして真正面から「捕まれ」と言い放つ肝の据わり方もあるが、そもそも自分をこうして見つけた方法もあるのだ。
(何を隠し持ってるか知らねえが…)
これまでの修羅場を潜り抜けてきた勘が警鐘を鳴らしていた、ガレオは半身に構えを取り、いつでも動ける姿勢を整えた。
そのとき少女の背後の茂みが揺れた。
「…………………」
現れたのはフルアーマーに身を包んだ影だった。
歩調に迷いはなく、ゆったりとした足取りでガレオとの間合いを詰めてくる。
そして静かな口調で告げる。
「抵抗するなら容赦はしない」
「それで素直にはいです、とはいかんだろ?」
両者の間に流れる空気が一気に張り詰めていった。




