【外伝】謎のメイド乱入
ボルツの体が弾かれたように後方へ跳んだ。
義手を軸に地を蹴り三メートルは飛び退いた、着地した後もその顔には隠しきれない動揺があった。
(止められた……? 今の一撃を……?)
拳を振り抜いた感触がまだ腕に残っている、それを、まるで木の枝でも掴むかのように片手で受け止められた、警戒を最大限に上げていく。
(どこの勢力だ?こんな奴がこの街に居たのか?まさかベスティアの息のかかった…)
一方のエルミナも、目の前の光景に思考が追いついていなかった。
(そんな…一体…どうやって)
その姿はどこからどう見てもただのメイドだ。
だがたった今その細い腕が見せた動きは異常としか言えない、あのボルツの一撃をこの細腕一つで止めたのだから。
(わからない、でも助けてくれた…?)
混乱と警戒がない交ぜになったまま二人の視線が乱入者へと注がれる
そして、気づく、ほとんど同時に声が重なった。
ただのメイド衣装だと思っていたその姿の違和感に。
「……お前、自動人形か」
「え……自動人形!?」
「そうですが」
淡々と謎の乱入者は答える。
一見すればクラシカルなメイド服を纏ったただのメイド、だがその造形は人間とは根本的に異なっていた。
肌も、袖口から覗く手足も、すべて金属製だった、人間の肌に近い滑らかさではあるが色は艶やかな白一色と金属の光沢があり生気を感じさせない。
目もまた同様に生物の眼球に非常に近いデザインというだけで生身ではない。
(よく見たら…服も、全部金属だ)
エルミナは気づく生地としか思えぬ薄さでありながら、裾や襟元では幾重にも重ね合わされ、皺一つなく体に沿っている、服ではあるが服と言う言葉が余りにも相応しくない、それは彼女の「装備」であった。
(…ここまでの完成度は初めて見た)
顔の広いボルツだから言える、裏社会から表両方、冒険者の最高ランク、王国の精鋭、コロシアムの頂点に君臨するチャンピオンですら、これほどの自動人形は連れていない。
先程の自分の拳を受け止めた事以上に、関節の駆動音一つ聞こえない身体、人と変わらぬ喋り方、恐らく完全な自律思考を行っている姿。
(性能も、造りも、常識の外だ)
これまで見てきたどの機体とも一線を画す出来だった。
ボルツの喉が無意識に鳴った、獲物を前にした獣のような、同時にどこか本能的な警戒を孕んだ響きだった。
「誰の差し金だ?」
ボルツの最大の警戒と威嚇を含んだ問いが投げかけられる。
メイドは変わらぬ調子で答える
「いいえ、誰の差し金でもありません、ただシグナル、救難信号が飛んでいたので足を運んでみただけです」
「救難信号…?」
ボルツが眉を寄せる、そんなもの聞いたこともないと言った顔だ、だがそれより
「じゃあ何だ?誰かに頼まれたわけでもない、たまたま通りがかっただけって言うのか?」
「はい」
「………………………」
(こんなのがたまたま通りがかってたまるかってんだ…まあいい、それよりこの簡潔な受け答えは自動人形らしいと言えばらしい)
ボルツは無精髭の顎を撫でながら目の前のメイドを値踏みするように見つめた。
自動人形でも最上級、自律思考を持つ機体は存在するボルツ自身何度か見た事がある、命令をなぞるだけでなく、自ら判断し言葉を選んで返す、目の前の機体は間違いなくその類だ。
(こういった最上級の人形は尋常じゃない戦闘力を併せ持つ…こうなると下手に力尽くで進めるもんじゃねえな)
「じゃあ俺の邪魔をする理由もないはずだ、お前にゃ関係ねえ話だろ?」
(拳を止められはしたが…今俺は攻撃を受けていない、救難信号が何か解らねえがさっきの仲裁は戦闘行為を止めるという緊急的な判断のはず、敵として俺を見てる訳でもガキの味方でもない、なら)
ボルツは口の端を上げた。
「なんなら今俺とその坊主がどうして争ってたか、詳しく話してやってもいい」
そしてボルツはこれまでの経緯を語った、加えて
「自動人形は金を生む…ましてや所有者はこんなガキだ、これから先も金目当ての馬鹿に狙われ続けるだろうよ、俺はむしろお上品に話をしに来た方だ」
エルミナは唇を噛んだ、言葉が出てこない、ボルツの言う言葉は自分の都合だとしても筋が通っていた。
アルマが目覚めなければ先ほどのチンピラにすらやられていただろう。
どうしようもない無力感からエルミナは押し黙っていた。
(僕じゃ…アルマを守る事が出来ない…)
「って訳だ、解ったら引いてくれや」
ボルツはそう締めくくり、メイドを見た。
その答えに機械人形のメイドは何も返さなかった。
代わりに温度を感じない視線が、エルミナへそして今も変わらず主人を守るように前に立つアルマへと向けられる。
「それは」
淡々と答え続けていたメイドが、初めて一拍、答えに間を置いた。そして静かに言葉を紡ぐ。
「出来ませんね」
「何故だ?」
「マスターならば、あちらを助けたでしょうから」
(こんな規格外の人形でも、主人は居る、か)
「っは、そりゃしょうがねえな」
(こいつの主人がどんな奴か不明だ、だが自動人形の行動基準が主人の意向を違えることだけはない、虎の尾を踏む可能性もある…潮時か)
ボルツは瞬時にそう判断し矛を収めることにした。
だが、収めるにしてもただでは引かないと得ようと話し続ける
「だが何だ?じゃあお前はこれからその小僧をお守りし続けるのか?」
「いいえ、私にはやる事がありますので、ただ、しばらくはこの街に滞在する予定です」
「その間ならばついでに保護をする事は効率的と言えます、マスターもお喜びになるでしょう」
「っははは、ついでと来たか…そうかい、よくわかったよ」
ボルツは軽く鼻を鳴らすと義手を肩に担ぐようにして踵を返した。
「今日はこのくらいにしといてやるよ…しばらく街に居るならまた会う機会もあるだろう、メイドさんよ俺はボルツだ、何か用が出来たら探しに来な、お前もな」
「ええ、用があれば」
「…っ」
最後にエルミナにも顔を向けて言い放ち去っていく、が思い出したかのようにボルツが足を止め、振り返る。
「最後に一つだけ聞かせろ、お前、この街で何をしでかす気だ?」
メイドは一切の間を置かず変わらぬ淡々とした声で答えた。
「コロシアムのチャンピオンになる事です」
「…は?」
ボルツの足が完全に止まった。
今日何度目かの沈黙が路地に落ちる。
裏社会に生き修羅場も伊達や酔狂もひととおり見てきた男が今の瞬間だけは間の抜けた顔を晒していた。
エルミナもまた言葉を挟む隙すら見つけられずにいた。
次から次へと常識の外を行くこのメイドに驚くことすら追いつかなくなっていたはずの記録が、今の言葉でまた塗り替えられた。




