【外伝】絶体絶命
「……あ?」
男たちが振り返る。
毛布がゆっくりと持ち上がる。
その下から機械人形がまるで糸に引かれるようにして状態を起こした。
その両眼がかっと赤く発行する。
「な、なんだよ……動かねえって言ったじゃねえか!」
鉄パイプの男が數歩後ずさる。
自動人形は立ち上がる、迷いはない。まるで最初から決められたようにその右手が握り拳を形作る。
「お、おい、なんだお前こいつに何を」
男の台詞はそこで途切れる、悲鳴を上げる間もなく
ゴッという鈍い音。
見た目に反した素早い動き、自動人形の拳が最も近くにいた男の脇腹にめり込んだ。
「ぐはぁっ!」
男の身体がくの字に折れ曲がり廃材の壁に叩きつけられるようにして吹き飛ぶ。
鉄パイプがカランカランと虛しい音を立てて転がった。
残った男の顔から血の気が引いていく。
「ひ、ひぃ……!」
自動人形はゆっくりとそちらに首を向ける、赤い眼光が獲物を定めるように男を捉えた。
一歩、また一歩と無機質な足音が近づく。
「た、助け……」
男は這うようにして後退る、腰が抜けたのか足がもつれてまともに動けない。
ようやく立ち上がったかと思うと悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
その背中に向かって自動人形が踏み出すがその動きは途中で止まった、赤い眼光が数度瞬き拳を下す、そして指示を待つかのようにその場に静止する。
エルミナは信じられない思いでそれを見つめていた。
(動いた……動いた)
何故ここになって動いたのか、疑問が頭の中を駆け巡るが今はそれどころではない。
「……アルマ」
今は自分の前に佇むその機械人形、自分の付けたその名を呼ぶ。
細かな軌道音と共に頭頂部がこちらを向き見据える。
そのままエルミナは動き出した人形の傍に近寄ろうとして
「ぐえっ!」
間の抜けた悲鳴が響き続いて何かが吹き飛ぶ鈍い音、ボロ雑巾のようになった男がエルミナのすぐ近くまで転がり込んできた。
「……え?」
エルミナが顔を上げる。
それは先ほど逃げ出した男だった、白目を向いて細かく痙攣している。
何か強い衝撃で吹き飛ばされたようなそんな有様。
そして次いで廃材の影から、ゆっくりと歩いてくる人影があった。
夕日を背にしているため表情は見えないがその体格は先ほどのチンピラたちより二回りは大きい大男。
「適当な話かと思ってたんだが、本当だったとはな」
低く落ち着いた声が響く、男は転がっているチンピラを一瞥し、小さく息を吐いた。
「まあ本当だったらだったでこんなざまだがな…やれやれ」
呆れたような口調だった、しかしその目は笑っていない。
男はずかずかと歩みを進めエルミナと自動人形の前に立ちはだかる。
ようやくその相貌がはっきりと見えた。年の頃は四十前後か無精髭に覆われた顎、太い首、地に足の生えたようなたたずまい。
何より印象的なのはその両腕だった、左腕は籠手のように見えるが右腕は肩から先から全てが金属で覆われている、無骨な鉄の塊のようだが動きにぎこちなさは全くない、明らかに戦闘用の改造義肢だ。
「ほう…こいつがソレか」
男は自動人形をまじまじと眺め、感心したように唸る。
「スクラップからここまで直したってのは、お前か?」
エルミナは答えない。ただ金色の瞳で男を凝視する。
「口が無いのか?」
「だったら、何だって言うんだ」
「そうだな…色々と、やれる事が多いから一口には言えねえな」
男は肩をすくめる、その仕草にはチンピラ二人が見せたような怯えは微塵もなかった。
むしろ自動人形の放つ威圧感を前にしてなお余裕すら感じられる。
「そっちの人形、さっき一人ぶっ飛ばしたってな」
ちらりともう一人先ほどアルマが殴り気絶させた若い男の方を見る
「アレでも荒事にはそこそこ出来る奴らでな、ソレを一撃で…いいじゃねえか」
「あいつらは……あなたの」
「部下ってほどじゃねえ、俺はボルツ、このあたりの探索者やら店やらの相談に乗ったりまとめ役したり…何でも屋だと思ってもらえばいい、今後は仲良くしてくれや」
ボルツと名乗った男は、義手の指をぎしりと動かす。
風体に喋り方、エルミナは何でも屋の意味が真っ当な意味じゃない事を直ぐに察する。
探索者は真っ当な職とは言い難い、この都市の住民としての権利を持ってる者もほとんど居ない、居ないからこそダンジョンという危険な場で生きて一攫千金を望むのだから。
「間に合ってます」
「まあそう言うな、これは脅しじゃ無くて忠告だと思え、今回お前は不幸な事故と思ってるかもしれんが、こんなもんを造っちまった以上は遅かれ早かれだ」
「…っ」
必然ガラの悪い連中も増える…そしてこれも必然、そういった連中を取りまとめる存在も生まれる。
「坊主、鼠の内は気にしなくても良かったかもしれねえが、力を持てばそう言えなくなってくるんだ…これから先お前はこういう馬鹿に絡まれ続ける、だから仲よくしとこうぜ?」
そこで言葉を切り自動人形に向けて一歩踏み出す。
自動人形は即座に反応しその腕を持ち上げた。先ほどと同じように握り拳を作りゴルツに向ける。
「おっと」
ボルツは微かに笑った。まるでそうなることを予期していたかのように、義手を軽く掲げる。
「命令も無しに完全に護衛するか…いいじゃねえか」
ボルツが軽く踏み込み左の拳が唸りを上げて自動人形の顔面へと迫る。
エルミナは息を呑んだ、避けられない距離だ。
自動人形もすでに動いていた、紙一重で義手をかわし、同時に右の拳を突き出す。
ボルツはそれをまるで解っていたかのように半歩引いてやり過ごした。
「ほう」
短く声が漏れる、ボルツの口元には笑みが浮かんでいた。
先ほどチンピラを一撃で沈めた自動人形の拳が空を切った。
「運動には丁度よさそうだな」
※
そこから拳の応酬が始まった。
自動人形は容赦なく攻め込む、金属の腕が風を裂き、間合いを詰め、あらゆる角度から打撃を叩き込もうとする。
しかしボルツの体さばきはそのすべてを紙一重で捌いていく。
時折ボルツとアルマの鉄腕がぶつかり合うと重い衝撃音が響くがボルツの身体はわずかもブレない、涼しい顔のまま息は乱れず額に汗の一つも浮かばない。
「まあまあ速いな、悪くない」
ボルツは先程若い男を一撃で黙らせた自動人形の一撃を何のこともなく受け止めながらなお喋る余裕を見せる。
エルミナの目にはこの拳闘は速すぎて差など解らない、しかしそれでも
(加減してる…力を見てる…)
アルマがどう使えるのか算段している、余裕の笑みを崩さない、この男は全く本気を出していない。
エルミナの心に焦りが再び生まれる、アルマの力で窮地からの脱出した、しかしまたしてもアルミナは窮地に追い込まれていた。




