【外伝】とある鼠の夢
小さな影、名前をエルミナと言う
エルミナは買い物を終えた後一直線に何処かへ向かっていた、その足は何かを急ぐような速足だ。
「これはたぶん使えるはず…うん間違いない…」
わき目もふらず呟きながら進んでいくがそんな折ふと静かな喧騒に気づいて振り向く。
それは壁際に設置された一台のモニターだった。
王国内ではほとんど目にすることのない機械製品。
だが、ダンジョンから得られた技術を生活の中へ取り込んできたヴァルガイルではこうした機械も珍しいものではない。
モニターには現在行われているコロシアムの試合が映し出されていた。
コロシアムには様々な階級や形式が存在する、その中でもこのダンジョン開拓と深く関わっているのが、ゴーレムや機械人形そのものを戦わせる階級だった。
「おおっ、また正面から行ったぞ!」
「右の奴、脚を狙え! あの装甲じゃ正面からじゃ無理だ!」
モニターの向こうで、巨大な鉄塊同士が激突する。
轟音が響き、拳を模した鋼鉄の腕が装甲を叩けば、無数の火花が散った。
荒々しいさまが画面越しにもわかる。
重量を感じさせない踏み込みから一気に距離を詰め、相手の攻撃を紙一重でかわす。
よろめいた瞬間には死角へ回り込み、装甲の薄い箇所へ鋭い一撃を叩き込む。
砂埃を巻き上げながら、二体の機械は舞台を縦横に駆け回っていた。
「いけぇ! ぶっ壊せ!」
観客たちの熱狂が、モニター越しでも伝わってくる。
その映像を、エルミナはしばらく黙って見つめていた。
「……やっぱり凄いなあ」
そして、小さく呟く
「でも僕も」
次の瞬間、エルミナはモニターから視線を外した。
大きな帽子を揺らしながらそのまま駆け足で通路の奥へと向かっていく。
安全地帯として整備された区域を抜けさらに奥へ。
人の姿は次第に減り壁や床には長年の探索によって刻まれた傷や放置された設備の残骸が目立ち始める。
それでもエルミナの足は止まらない。
「早く…早く…」
先ほど買い集めた部品の入った袋を抱え直し、さらに速度を上げる。
その先にある、自分だけの作業場へ向かって。
※
ヴァルガイル近郊のダンジョン外縁部。
開拓された安全地帯からは外れているが、かといって危険な領域でもない。長い年月をかけて探索者たちに狩り尽くされ、希少な素材も強力なモンスターもほとんど残っていない階層だ。
だからこそ鼠と呼ばれる者たちの生活の場になっている。
時折現れる弱いモンスターを狩り、見落とされた部品や素材を拾い集め、日銭を稼ぐ。
危険は少ないが大きな成功もないそんな場所。
広大なダンジョンの片隅でエルミナは小さな作業場を構えていた。
岩壁を利用した簡素な空間、拾い集めた金属片や工具が積み上げらている。
その中央には、丸い頭部と寸胴な胴体、細い手足を持つ自動人形が静かに鎮座していた。
「ここ……やっぱり違う」
床に工具を並べ、機械人形の胴体を開く。
露出した内部には歯車や細い管、用途の分からない部品が複雑に組み合わされている。
エルミナはそれらを一つずつ指で確かめ、時には古びた部品を外し、拾ってきた金属片を削って形を合わせたり、様々な試行錯誤を繰り返す。
機械人形。
それは魔法の力とは異なる原理によって動く不思議な存在。
魔法使いが魔力を用いて人型の物体を動かす技術そのものはそれなりに知られている。
だがダンジョンから発見される機械人形はその類とはまったく異なる。
内部に組み込まれた動力機構は様々だが共通しているのは魔力を必要としない事、魔法使いでなくとも使役出来るのだった。
最も存在自体が希少で技術も技師と呼ばれる存在の独占、おいそれと手を出せるものではない、そう言う意味では魔法使いの操るゴーレムや人形と大差はないかもしれない。
しかし
「こっちは動く……じゃあ、これを……」
小さな工具を器用に扱い接続部分を締め直す、うまく噛み合わなければ別の部品を試す。
壊れた部品からも使えそうな部分だけを取り出して別の場所へ流用する。
決して洗練された作業ではなかった、設計図があるわけでもなく、誰かに技術を学んだわけでもない。
それでもエルミナは、機械の構造を見て、何が壊れているのか、どこを直せば動くのかを感覚的に理解していた。
「……うん……つながった…これで…」
独り言と金属音だけが静かに工房に響く
この機械人形との出会いはエルミナにとっても偶然そのものだった。
すでに狩り尽くされた浅い階層、珍しいものなどほとんど残っていない、ましてや機械人形のような希少な存在と出会うなどあり得ない、それでもエルミナは出会った。
それからエルミナはほぼ壊れてスクラップ同然だったソレを修復する事が出来たのだ、誰の教えも無く。
「…よし!」
その理由は本人にも分からない、天性のものなのか試行錯誤の結果なのか
ただ一つ確かなのはエルミナには未熟ながらも、この街で技師と呼ばれる者たちに通じる技術が備わっていたということだった。
「もうちょっと…きっと、うん、後少しで君は…」
目の前にある機械を見つめる。
まだ完全に理解できているわけではない。
構造も、動力も、自分の知識だけでは説明できない部分がいくつもある、それでも。
「…動く」
それは願望ではなかった。
動かせるかもしれないではない、自分なら、この機械人形を動かせる。
エルミナはそう確信していた
以前は生きること以外に目標などなかった、けれどこの機械人形と出会ってからはそれが変わった。
「ふふふ…そろそろ名前も考えておかないとかな?良いのを考えなきゃね!」
大きな帽子とゴーグルで隠れがちな目には大きな輝きが宿っていた。




