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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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09 『V8チェンソー』

 めぐるとコッフィが客席に戻ると、ちょうど町田アンナと亀本菜々子が幕の前から身を引いて、SEが流されるタイミングであった。


 コッフィは笑顔でめぐるの頬をちょんとつついてから、人垣の中に突撃していく。

 そうしてめぐるがひとりぼんやりとたたずんでいると、どこからともなく和緒が現れた。


「どうしたのさ? 楽屋で何かあったの?」


「あ、うん……ノバさんとキュウベエさんから、ライブのお誘いについて聞いたんだよ。あとでみんなにも説明するね」


 めぐるがぎこちなく笑顔を返すと、和緒は真剣な眼差しになりながら顔を寄せてきた。


「あんた、大丈夫? そんなにややこしい話だったんなら、ゲスト参加の後に聞くべきだったね」


「ううん、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとうね」


 和緒はめぐるの目の奥を覗き込んでから、頭を小突くのではなく頭をそっと撫でてきた。

 きっとめぐるがずいぶんな混乱状態であることを察してくれたのだろう。それをありがたく思いながら、めぐるはもういっぺん和緒に笑いかけた。


 しかし、自分がどうしてこうまで混乱しているのかは、めぐるにもわからない。

 すべてがあまりに唐突すぎて、めぐるの頭と心はまったく整理がついていなかったのだった。


(『SanZenon』のギターの人は、ライブハウスの店長なんてやってたんだ……ドラムの中嶋さんからは、もう音楽をやめたって聞いてたけど……バンドはやらずに、音楽に関わってるってことなのかな……)


 めぐるがそんな想念に沈んでいる間に、鮮烈な音色が響きわたった。

 大歓声の中、黒い幕が開かれていく。密集したお客の頭越しに『V8チェンソー』の姿を目にしためぐるは、水を浴びた犬のようにぷるぷると頭を振った。


(この話は、あとで考えよう。『V8チェンソー』の演奏を聴き流すなんて、失礼だよ)


『リトル・ミス・プリッシー』の直後でも薄っぺらく聴こえない魅力的な音をかき鳴らしたのち、ハルが頭打ちの力強いビートを披露する。

 やはりオープニングナンバーは、イベントタイトルでもある『キックダウン』だ。通常のライブでも、『V8チェンソー』はこの曲でステージを開始することが多かった。


 ハルのドラムは野太くて、弾けるような躍動感にあふれかえっている。

 フユのベースは流麗でありながら、力強い。さまざまなエフェクターを駆使して楽曲を華やかに彩りながら、ベース本来の魅力もまったく損なわれていなかった。

 浅川亜季のギターは人間らしい生々しさに満ちており、聴く人間の心にべったりとへばりついてくる。粘つく歪みのサウンドが、そういう印象をいっそう強めるのかもしれなかった。


 何回耳にしても、『V8チェンソー』の演奏は心地好い。

 そうして浅川亜季がハスキーなシャウトを響かせると、最後のピースがぴたりとはまった。


 それぞれ異なる個性を持ちながら、『V8チェンソー』は『V8チェンソー』ならではの調和を体現している。

 それこそが、めぐるが目指している領域である。『マンイーター』も『天体嗜好症』も『ヴァルプルギスの夜★DS3』も『バナナ・トリップ』も、『SanZenon』も『トライ・アングル』も、めぐるが魅了されるバンドは等しく独自の調和というものを持っており――そこで違和感を覚えるのは、『リトル・ミス・プリッシー』のみであった。


 二百人の観客に見守られながら、『V8チェンソー』は堂々と自分たちの魅力を叩きつけている。

 世間的には『リトル・ミス・プリッシー』や『バナナ・トリップ』のほうが格上であるのだろうが、『V8チェンソー』の演奏に不満を覚える人間はいないことだろう。『V8チェンソー』はそうした試練に身を置くことで、いっそうの輝きを爆発させているのだった。


 普段は飄々としている浅川亜季も、ステージの上では別人のように勇ましく見える。

 その吠えるような歌声は熱情と切迫感に満ちみちており、『SanZenon』の鈴島美阿とも少し似たところがあった。

 ただしそれは声質や歌い方や迫力の面であり、根本の部分はずいぶん違っているように感じられる。世界を食い破ろうとしているかのような迫力は似ていても、鈴島美阿にはもっとどろどろとした情念を感じてやまなかった。


 フユのベースもハルのドラムも、また然りである。

『V8チェンソー』には『V8チェンソー』の魅力があり、『SanZenon』には『SanZenon』の魅力がある。ごく早い段階から抱いていたそんな想念を、めぐるはあらためて痛感させられたような心地であった。


(最近は、こんなに『SanZenon』のことを意識することはなかった。やっぱり、さっきの話が尾を引いてるんだろうな)


 めぐるは無理に雑念を捨てようとすることをあきらめて、ただ『V8チェンソー』の魅力的な演奏にひたった。

『V8チェンソー』の荒々しい音色は、いつも通りめぐるの心臓を躍動させている。そうして心臓が大きく鼓動を打つたびに、雑念が少しずつ押し流されていくような感覚であった。


 そうして時間は激流のように流れすぎていき、それにつれて客席の熱気は膨張していく。

 そんな中、ハルがあらためて声をあげた。


『どうもありがとー! それじゃあここで、サプライズなおしらせをさせていただくねー!』


 観客たちは、条件反射のように熱い歓声を張り上げる。

 その波が引くのを待ってから、ハルは笑顔で言った。


『実はこのたび「V8チェンソー」は、「ハングアウト・レコード」に所属することになりましたー! それで夏には、記念すべきファーストミニアルバムをリリースしまーす!』


 その言葉を呑み込むためにしばしの静寂が流れたのち、反動をつけて歓声が爆発した。

 しかしめぐるは、まだ理解が及んでいない。すると、和緒が耳もとに口を寄せてきた。


「『ハングアウト・レコード』っていうのは、リトプリが所属してるインディーズレーベルだよ」


「え? それじゃあ『V8チェンソー』も、『リトル・ミス・プリッシー』と同じレーベルに所属するっていうこと?」


「どうやら、そうみたいだね。確かにこいつは、とんだサプライズだ」


 めぐるは新たな混乱に見舞われて、また心臓を騒がせてしまったが――しかし、すぐに平静を取り戻すことができた。


(……同じレーベルに所属するからって、何か変わるわけじゃないもんね)


 もとより『V8チェンソー』は『リトル・ミス・プリッシー』に魅了されているからこそ、こうして周年イベントに招待しているのである。それでも『V8チェンソー』は独自の魅力で我が道を突き進んでいるのだから、めぐるが心配するいわれはないはずであった。


『明日にはレーベルのサイトでも公開されるし、追加の情報はSNSでガンガン告知させてもらうから、応援よろしくねー!』


 ハルも無邪気な笑顔であり、観客も惜しみない歓声と拍手を送っている。浅川亜季とフユは他人顔で、チューニングだ。めぐるは心を乱すことなく、そのさまを見守ることができた。


『これからは都内のライブが増えると思うけど、ジェイズがホームだってことに変わりはないからさ! これからもレギュラーバンドとして、しょっちゅうお邪魔するつもりだよー! よかったら、みんなも遊びに来てねー!』


 そこで浅川亜季が歪んだギターサウンドを響かせると、ハルも笑顔でスティックを振り上げた。


『それじゃあ、ラスト二曲! ぶっ続けでお届けするよー! まずは「KAMERIA」のみんなと作った「ピタゴラスの祝福」!』


 マイクを脇によけたハルが、ダンシブルなビートを叩き出す。

 そうして『ピタゴラスの祝福』の演奏が開始されると、めぐるの心は躍動しながらいっそう安らいだ。


 たとえインディーズレーベルに所属しようとも、それが『リトル・ミス・プリッシー』と同じレーベルであろうとも、『V8チェンソー』は『V8チェンソー』であるのだ。その軸がぶれない限り、めぐるが心を乱す理由はなかったし――めぐるは余念なく、彼女たちを信じることができた。浅川亜季もフユもハルもひたすら自分たちにとっての理想の音楽を追い求めているのだから、そこに疑念をさしはさむ余地はないはずであった。


 そうして最後はアップテンポな楽曲によって、『V8チェンソー』のステージは締めくくられる。

 アンコールの大合唱が開始される中、めぐるは和緒に笑いかけてから客席を出た。


「やっとうちらの出番じゃのー! ウォームアップも十分じゃのー!」


 と、めぐるが階段をのぼっていると、すぐさまコッフィが追いかけてきた。

 二人で一緒にバーフロアに出ると、物販のブースからハルの友人が手を振ってくる。そちらに会釈をしてから足を踏み出すと、やはりバーフロアは人気がなく――ただ、テーブル席のかたわらに坂田美月が立っていた。


 そのテーブルにだけ、三人の人間が着席している。

 それは、ノバを除く『リトル・ミス・プリッシー』のメンバーに他ならなかった。


「あ、あれ? 客席には下りなかったんですか?」


「うん。今日は、疲れたから」


 無表情に語るキュウベエの隣では、アンジョーがだらしなく身をのばしている。猫背のチハラはソファの席にちょこんと座り、トマトジュースをちびちび舐めていた。


「めぐるちゃんにコッフィさん、お疲れさまー。じゃ、失礼しますねー」


 坂田美月が楽屋を目指して歩き始めたため、めぐるはまた会釈をしてからキュウベエたちのかたわらを通りすぎる。しかしめぐるは楽屋に到着する前に、坂田美月へと声をかけた。


「あ、あの、『リトル・ミス・プリッシー』のみなさんは、『V8チェンソー』にあまり興味がないんでしょうか?」


「んー? 興味があってもなくても、疲れてたら客席には下りないんじゃないかなー。なんせサマスピでも、ずっと楽屋にこもってたって話だからねー」


 茶色のショートヘアーを揺らしながら、坂田美月は屈託なく笑った。


「でも、あのモニターでステージは観てたみたいだから、まったく興味がないってことはないと思うよー。これからは、同じレーベルの所属になるわけだしねー」


「そ、そうですね。わたしもちょっと、びっくりしました」


「うんうん。でも、最近のブイハチは絶好調だったから、時間の問題だとは思ってたよー。ハングアウトだったら、ブイハチも自由に活動できるだろうしねー」


 そこまでの言葉を交わしたところで、楽屋に到着した。

 ノックをしてから入室してみると、『V8チェンソー』の三人がまさにステージに下りようとしていたタイミングである。三人は、すでにイベントTシャツに着替えた後であった。


「おー、みんなありがとぉ。出番は二曲目だから、よろしくねぇ」


「はーい。レーベルの件、あとでじっくり聞かせてもらいますよー?」


「あはは。大して語ることはないけどねぇ」


 そんな風に言ってから、浅川亜季はめぐるにふにゃんと笑いかけてきた。


「レーベルに所属しても、あたしらはあたしらだからさぁ。めぐるっちも、心配しないでねぇ」


 きっと浅川亜季は、めぐるの内心などお見通しであるのだろう。

 それをありがたく思いながら、めぐるは「はい」と笑顔を返した。


 残されたのは、ゲスト参加する四名である。ひと足先にくつろいでいたノバも、朗らかな笑みを向けてきた。


「そういうわけで、ブイハチもついにうちらの後輩よ。これからは対バンの機会も増えるやろうし、楽しみなとこよね」


「はい。まずはミニアルバムが楽しみですよー。ハングアウトさんなら、信頼できますしねー」


 二人の会話を聞きながら、めぐるはハンガーに吊るしていたイベントTシャツに手をのばす。『KAMERIA』のステージから数時間が経過しても、Tシャツの生地はまだしっとりと湿っていた。


「おー? 小動物ちゃん、それに着替えるん? 汗で濡れとって、気持ち悪いじゃろ」


「そうですね。でも、せっかくのイベントですし……」


「それなら、うちのを貸したるわ! こっちはまだ新品じゃけぇの!」


「え、でも、コッフィさんはイベントTシャツを着ないんですか?」


「うちは、そいつで十分じゃ!」


 コッフィは派手な迷彩柄のシャツを脱ぎ捨ててビキニひとつの姿になると、めぐるから奪い取ったTシャツをマントのように首に巻いた。


「うひー! 背中がひやっこいわ! でも、小動物ちゃんをおんぶしとるみたいじゃのー」


 めぐるがあたふたしていると、坂田美月が笑顔を向けてきた。


「でも、めぐるちゃんが新品を着たら、また汗だくになっちゃうんじゃないですかー?」


「おー、そいつは道理じゃのー。じゃ、そいつは小動物ちゃんにプレゼントして、うちはこっちを持って帰るわ。ユニフォームのかえっこみたいじゃのー」


 コッフィは無邪気に笑いながら、くるりとターンを切ってTシャツをなびかせる。それでようやく、めぐるも心を決めることになった。


「わ、わかりました。コッフィさん、ご親切にありがとうございます」


「そがいな水臭いこたぁ言いっこなしじゃ! うちと小動物ちゃんの仲じゃろー?」


 めぐるとコッフィがどのような仲であるのかは、計り知れない。ただ、めぐるは自分の部屋にコッフィを二泊させた間柄であり――そしてその後には、セッションを楽しんだ間柄であった。


 ノバとも一年前に、坂田美月とは半年ほど前に、セッションを経験している。昨年は初対面に近い相手ばかりであったが、この一年でずいぶん状況は変わっていた。


(柴川さんと樋崎さんがコッフィさんと坂田さんに入れ替わって、鞠山さんもいないんだから……去年とはまったく違う演奏になるんだろうな)


 それがどんな演奏になるのか、めぐるにとっては楽しみでならない。

 そうして期待に胸を弾ませていると、ノバたちから聞かされたライブの一件も『V8チェンソー』がインディーズレーベルに所属するという一件も自然に心の奥底に追いやられていき、めぐるは無心で出番を待つことがかなったのだった。

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