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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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363/366

09 トップバッター

 ギターのオクターブチューニングにそれなりの時間がかかったため、けっきょく本日もコンビニで手っ取り早く栄養補給することになった。


 自分たちの出番まではたっぷり時間もあるが、開演そのものは目前であるのだ。なおかつ、トップバッターのバンドにはあれこれ指図をしてしまったため、そのステージは見届けておくべきであろういう話に落ち着いていた。


「さっきのギターくんは動画とかでギターの勉強をしてるみたいだけど、メンテに関しては二の次にしてたんだってさー! ま、周りに教えてくれる人がいないと、なかなかメンテにまで頭が回らないんだろうねー!」


「そういうあんたは、やっぱり田口さんがお師匠様なのかな?」


「うん! そーゆー初心者が見逃しそうなポイントは、ホヅちゃんがビシバシ教えてくれたよー! で、今はアキちゃんのじーちゃんが色んなことを教えてくれるしねー!」


 めぐると町田アンナは年に二回、『リペアショップ・ベンジー』でギターやベースのメンテナンスをお願いしているのである。めぐるもベースを預ける際には、あれこれアドバイスをいただいていた、


「だから、あのギターくんにもベンジーをおすすめしておいたよー! どうもあのギターはネックが反ってるっぽくて、オクターブチューニングもきっちり合わないみたいだったからさ!」


「弦楽器はコンディションを保つだけで、ひと苦労だね。ドラムの気楽さを噛みしめるとするよ」


 コンビニのイートインスペースでそんな会話を楽しんだのち、『KAMERIA』の一行は『ジェイズランド』に舞い戻る。その頃にはすでに開場の時間であり、野中すずみと北中莉子が到着していた。


「どうも、お疲れさまです! 今日も頑張ってください!」


 今日も今日とて、野中すずみは熱情的である。そして、その分まで不愛想な北中莉子に、和緒が声をかけた。


「けっきょく、開演前に来たんだね。勉強熱心で感心なことだ」


「……今日は若手のバンドが多いから参考になるかもしれないってしつこく言い続けてたのは、磯脇先輩じゃないですか」


「あたしの意見を丸のみする必要はないさ。とりあえず、五バンド全部を客席で観戦してると耳の負担が大きいだろうから、適当なタイミングでバーフロアに避難したほうがいいかもよ」


「そうですよね! ……今日出るバンドで、おすすめのバンドってありましたか?」


 野中すずみが小声で問うてくると、和緒は芝居がかった調子で「うーん」と考え込んだ。


「とりあえず、トップバッターは高校生バンドだからさ。おたがい年が近いバンドを目にする機会が少ないから、観戦しておく甲斐はあるかもよ」


「でも、あたしらよりは年上なんですよね? 大して参考にはならなそうです」


 北中莉子は、あくまで後ろ向きだ。

 しかし彼女も練習には真剣に取り組んでいるので、めぐるはあまり気にしていない。彼女がいきなり素直になったら、それこそどう扱っていいかもわからなくなりそうなところであった。


 そうしてバーフロアでくつろいでいると、ちらほらと新たなお客が入場してくる。

 その姿に、今度は町田アンナが小声で発言した。


「これはみんな、トップバッターのお客っぽいねー。なんかちょっと、新鮮だなー」


 町田アンナが言う通り、店に入ってくる人間はおおよそめぐるたちと同世代に見えた。これほどに若い人間ばかりが集まるというのは、それこそ卒業ライブ以来の光景であろう。


「ライブハウス通いする高校生なんて、それほど多くないのかもね。あたしらだって身内の他は、『ケモナーズ』ぐらいしか知らないしさ」


「うんうん。で、『ケモナーズ』もプレイヤーだもんねー。そう考えると、高校生のお客なんてウチのツレぐらいかー」


 そして、町田アンナの個人的な友人も、最近はあまり見かけることがない。

 和緒がそれを指摘すると、町田アンナは「そうなんだよねー」と気安く応じた。


「そもそもウチのツレに、音楽好きってそんなにいなかったからさー。で、最近はなかなかスケジュールが合わなかったじゃん? それで、ライブに行くノリがいっそうなくなっちゃったみたいなんだよねー」


「今日来てくれるのは、二、三人だったっけ。まあ、トリならトリで出番が遅すぎるって面もあるのかもね」


「そーそー。だけどまあ、ウチとしてはツレがつきあいでどっさり集まるより、マジでライブを楽しんでくれるお客が増えたほうが嬉しいなー」


 そう言って、町田アンナはにぱっと笑った。

 実のところ、本日はけっこうな人数からチケットの取り置きをお願いされていたのである。バンドの関係者や『ジェイズランド』の常連客だけで、数十名という人数にのぼっていたのだった。


「ひさびさの日曜日で、対バンがみんな見知らぬ若手バンドってのが大きかったのかもね。普段はブイハチや『マンイーター』からチケットを買ってる常連客のみなさんも、こぞってうちからチケットを買ってくれるみたいだしさ」


「うんうん。夏ぐらいから、ライブはまだかライブはまだかーって言われ続けてたもんねー。で、スリーマンは平日の上にトップバッターだったし、あとは文化祭や秋葉原ぐらいだったから、半年分のシューネンがバクレツしたのかなー」


 そうして楽しく語らっている間に、時間はどんどん過ぎていく。

 やがて開演の五分前に達したところで、一行は客席ホールを目指すことにした。


 ぱらぱらとお客は入っていたように感じられたが、それでもせいぜい二十名足らずといった様子である。

 それらのほとんどが同世代というのが、やはり新鮮な心地であった。


「どうも、お疲れさまですぅ。ぎりぎり間に合いましたぁ」


 と、今にも幕が開かれそうなタイミングで、嶋村亨と山田美琴も到着した。


「おー、二人ともありがとー! 山田ちゃんも、元気そうだねー!」


「はい。『バナナ・トリップ』のライブ以来ですね」


 こちらの両名は、先週の土曜日に行われた『バナナ・トリップ』のライブにも参上していたのだ。以前にコッフィがやってきたときに好意的な感想を告げていたのも、社交辞令ではなかったわけであった。


「あれぇ? 知ってる人は、これだけなんですかぁ?」


「うん。うちらの出番が遅いから、みんな遅めに来るみたい。シマ坊たちは、早かったねー?」


「はい。余所のバンドを観るのも勉強だと教わりましたのでぇ」


 嶋村亨がのんびりとした顔で答えたとき、客席の照明が落とされた。

 店内のBGMがフェードアウトしていく中、あちこちに散っていたお客たちがステージの前に寄っていく。二十名足らずの人数でも、一ヶ所に集まるとそれなりの質量であった。


 そうしてしっとりとした洋楽のSEが流されたのち、黒い幕が開かれて、トップバッターのバンドが演奏を開始する。

 その音色は――リハーサルのときよりも、ずいぶん聴きやすくなっていた。


(ベースの音を、調整できたんだな。やっぱり低音が強すぎて、余計にアンサンブルがまとまらなかったんだ)


 リハーサルではくぐもっていたベースの音がいくぶん輪郭をあらわにしており、他のパートも聴き取りやすくなっている。過剰な低音は、歌やギターやドラムの音色をも圧迫するのだ。栗原理乃の指摘は、まさしく的を射ていたようであった。


 ただ――それでも彼らの演奏は、そこまでまとまっているわけではない。和緒が指摘していた通り、ドラムとベースでアクセントが異なっているようであるのだ。


 それはつまり、二人が思い描いているビートやリズムにズレがあるということなのだろう。

 もっとも顕著であるのは、バスドラだ。バスドラの鳴っている場所でベースが鳴っていなかったり、バスドラの鳴っていない場所でベースが強いアクセントをつけていたり――それで、双方の重低音におけるアクセントが食い違っているわけであった。


(それをそろえるだけでリズムが引き締まりそうだから、何だかもったいないなぁ)


 あとは、ギターである。全体的に、こちらのギターは音作りが軽やかであり、迫力に欠けていた。ギター単体としては美しい音であり、なかなか凝ったフレーズを差し込んでいるのだが、ひとりだけ高い場所にふわふわと浮き上がっているような印象であった。


(それで一番耳に入りやすいから、ヴォーカルさんもつられちゃうのかな?)


 しかし、ギターも可能な範囲でオクターブチューニングを施したので、多少はピッチの狂いも正されたのだろう。めぐるが意識的に耳をすませても、大きな狂いは感じられなかった。


(でも、絶対音感を持ってる栗原さんは、まだ納得がいかないんだろうな)


 演奏が開始されるなり、栗原理乃は輪から外れて後方に下がっている。前に出れば出るほど耳の負担は増すものであるので、自己防衛に努めているのだと察せられた。


 それで、肝心のヴォーカルは――それほど悪くないように思える。

 強い個性は感じられないが、きっと歌唱力はそれなりであるのだろう。ベースの低音が抑えられたことでリハーサルのときよりも歌声がくっきりと聴こえて、多少の魅力が上乗せされていた。


 しかし、バンドというのはアンサンブルが重要であるのだ。

 ギターの音が浮いており、ドラムとベースのアクセントがずれている状態では、やっぱりバンドとしての魅力が損なわれていた。


 それでも、客席は盛り上がっている。

 最前列に集まった面々はしきりに腕を振り上げており、とても楽しそうだ。なんとなく、文化祭の雰囲気に近かった。


(プレイヤーもお客も高校生なんだから、それが当たり前なのかな)


 いっぽうめぐるは、合奏の勉強をしているような心地である。

 それも申し訳ないが、完全に反面教師としてだ。どうにも魅力を感じない演奏が、めぐるに音作りやアンサンブルの重要さを思い知らせてやまないのだった。


『どうもありがとー! 来月はパルヴァンのイベントに出るから、また遊びに来てねー!』


 そんな言葉で、三十分間のステージは締めくくられた。

 すると、二十名弱のお客たちは一目散にバーフロアへと上がっていく。それではなかなかの混雑となるため、めぐるたちはあえて客席フロアに留まることにした。


「リィ様のおかげで、けっこー音がまとまったんじゃない? 少なくとも、リハよりは聴きやすかったよー!」


「はい。本番直前の調整が悪い結果を招くことにならなくて、安堵しました」


 こちらに合流した栗原理乃は、冷たい無表情でそのように言いたてる。

 すると、眉をひそめた北中莉子が誰にともなく問いかけた。


「あの……今の人たちは、みんな高校二年生なんですよね?」


「そうだよー。ウチらとタメだけど、なーんか初々しいよねー」


「……そうですね」と、北中莉子は口をつぐむ。

 そこで和緒が、追及の手をのばした。


「なんだか、釈然としてない顔だね。演奏に不満でもあったのかな?」


「そんなことはないですよ。少なくとも、ドラムはあたしより上手いですからね」


「えー、そうかなぁ? あんまり知らない人を悪く言いたくないけど……わたしはりっちゃんのほうが上手だと思ったよ?」


 野中すずみが不満げに声をあげると、和緒はそちらに向きなおった。


「さっきも話題に出たんだけどね。オリジナルっていうのは手本がないぶん、コピーよりもハードルが高いんだよ。バンドの力量を計測するときには、それを考慮するべきだろうね」


「そうですねぇ。ただ、たぶん僕も先輩がたの指導がなかったら、ああいう音作りをしちゃってたと思いますよぉ」


 のんびりとした顔で、嶋村亨はそう言った。


「僕はバンドの経験がなかったから、アンサンブルっていうものがよくわかってなかったんですよぉ。だから、自分の音がはっきり聴こえるように、ミドルやトレブルを上げ気味だったんですぅ」


「おー、懐かしい! そーいえば、シマ坊も最初の頃は音が浮いちゃってたよねー!」


「はい。町田先輩の音がパワフルだから、余計に聴きやすさを重視しようとしちゃったんですよねぇ。音が混ざり合う気持ち良さを知ることができたのは、先輩がたのおかげですよぉ」


 そのように語る嶋村亨のかたわらで、山田美琴はにこにこと笑っている。彼女はおおよそ笑顔であるが、今はひときわ嬉しそうに見えた。


「でも、わたしたちも町田先輩がいないと、まだまだアンサンブルが甘いと思います。だから、今のバンドを見下す気持ちにはなれません」


 野中すずみが気合の入った面持ちで発言すると、栗原理乃がそちらに向きなおった。


「つまり、そういった自戒を持ち出さなければ、今のバンドを見下していたかもしれないということでしょうか?」


「え? あ、はい……も、もちろんベースはわたしよりも上手いんでしょうけど……音作りやアンサンブルには、まだまだ課題が多いように思いましたので……」


「そうですね。なおかつ、客観的に評価するならば、今の方々よりも『Chun Chun Island』のほうが高いレベルに達しているのでしょう。コピーとオリジナルという要素を考慮しても、それは歴然たる事実であるかと思われます」


「あ、ありがとうございます。でもそれは、町田先輩のお力ですよね?」


「いえ。アンナさんが参加していない三人の演奏においてもです。……遠藤さん、ご異存はありますでしょうか?」


 いきなり水を向けられためぐるは、目を白黒させてしまった。


「あ、いえ、ええと……町田さんを抜きにして考えると、『Chun Chun Island』にはヴォーカルがいませんので、今のバンドと比較するのは難しいのですけれど……音作りとアンサンブルに関して言えば、『Chun Chun Island』のほうが魅力的だと思います」


「私も、そのように思います。そして、重要なのはその一点なのではないでしょうか? 野中さんも北中さんもご自分のほうが技術で劣っていると主張していましたが、バンドの合奏で個人技だけが優れていても意味はないのです。その個人技を十全に活かすには、アンサンブルを整える必要があるはずです。たとえさきほどの方々がお二人を上回る技術を有していたとしても、あれだけベースとドラムが噛み合っていなければ魅力も消えてしまいます。少なくとも、私は部室で拝見する『Chun Chun Island』のほうが格段に魅力的だと感じました」


 栗原理乃の常ならぬ長広舌に、一年生たちはたじたじになっている。気合の塊である野中すずみも、ふてぶてしい北中莉子も、いつもマイペースな嶋村亨も、栗原理乃の冷徹な迫力に圧倒されてしまっていた。


「聞いた話によりますと、先刻の方々には指導者が存在しなかったようです。それぞれ動画などで学んでいるようですが、自分に足りていない部分を把握していないと効果は薄いのでしょう。よって、先刻の方々はそれぞれのポテンシャルを発揮しきれていないのだろうと思われます。みなさんは指導者に恵まれたことに感謝しながら、驕ることなく研鑽を積んでいくべきでしょう」


 それだけの言葉をまくしたててから、栗原理乃は深々と一礼した。


「私などは指導者として何のお役にも立っていないため、これを機会に語らせていただきました。偉そうに聞こえることは重々承知していますが、どうかご容赦をお願いいたします」


「そ、そんなことはありません。栗原先輩がそんな親身になってくださるのは、とても嬉しいです」


 野中すずみが慌てて声をあげると、栗原理乃はレースの目隠しに隠された目でそちらを見据えた。


「そのように言っていただけるのはありがたい限りですが、今の私は栗原理乃ならぬ存在として振る舞っていますので、そのように心置きください」


「あ、は、はい! ど、どうもすみませんでした!」


 野中すずみはぺこぺこと頭を下げ、北中莉子はぶすっとした顔になる。そうして嶋村亨が「あはは」とのんびり笑ったところで、普段のゆるやかな雰囲気が戻ってきた。


「なんか今日は、リィ様がアクティブだねー! なんか心境の変化でもあったのー?」


 町田アンナの問いかけに、栗原理乃は「いえ」と首を横に振る。


「先刻のバンドの方々に忠告を申し上げたのは、狂ったピッチと過剰な低音が私にとって負担であったからに過ぎません。ですが、初対面の方々の世話を焼いたからには、後輩の方々にも何らかの助言をするべきかと判じた次第です」


「ふーん! でも、リィ様は軽音学部で一番音楽に詳しいんだろうからさー! そのアドバイスは、有効っしょ! いっそ部室でもリィ様になって、ビシバシ教育してあげたらー?」


「いえ。それは栗原理乃の領分でしょうから、私は身をつつしみたく思います。……それに、私に学校の制服は似合わないことでしょう」


「あはは! それはそうかもー! なーんか、リィ様が高校生のコスプレをしてるみたいになっちゃうかもねー!」


 そうして町田アンナが笑い声をあげると、その場の空気がいっそう温かくなる。

 他に見知った相手がいないためか、めぐるは部室でくつろいでいるような心地であった。

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