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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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08 アドバイス

 その後、『KAMERIA』の一行は全出演バンドのリハーサルを見届けることになった。

 本日出演するのは『KAMERIA』を含めて、五バンドである。そのメンバーの全員が未成年か二十歳そこそこであり、いずれも若々しい演奏を見せていた。


 いささかならず技術が足りていなかったり、熱情が空回りしていたりと、これまで目にしてきたバンドとはずいぶんな差が感じられたが――それは『KAMERIA』も同じことであるのだろう。『KAMERIA』は勢いが突出しているため、数々の実力バンドと対バンする幸運に恵まれていたのだった。


(だから、何も偉そうなことは言えないけど……)


 それでもやっぱり、めぐるがリハーサルの段階で胸を高鳴らせる事態には至らなかった。『ヒトミゴクウ』などは粗い演奏をも荒々しい魅力に昇華しているように見受けられたが、本日の出演バンドにはそこまでの調和が感じられなかったのだ。


 きわめつけは、トップバッターのバンドである。

 それは男女混合の四人編成で、いずれもめぐるたちと同じ高校二年生であるという話であったが――音作りもアンサンブルも、きわめて未熟な状態であったのだった。


「あ、あのさ……野中さんたちって、ずいぶん上達したのかなぁ?」


 めぐるがこっそり和緒に呼びかけると、頭を小突かれたのちに囁き声を返された。


「つまりあんたは遠回しに、このバンドよりも『Chun Chun Island』のほうが完成度が高いって言いたいのかな?」


「う、うん。町田さんがいない状態でも、わたしは『Chun Chun Island』のほうが格好いいように思えるんだけど……それは思い入れとかで、見る目が甘くなってるのかなぁ?」


「まあ、合奏の安定感って意味では、我が後輩どもに軍配が上がるかもね。ただ、ちゅんちゅんはコピーでこちらさんはオリジナルって点を加味するべきだろうと思うよ。コピバンは、原曲のクオリティで魅力が上乗せされるんだろうからさ」


 それは、納得のいく話であった。めぐるはこちらのバンドに関して、曲の構成やダイナミズムなども物足りなく感じていたのである。コピーバンドはそういった面に関して原曲を手本にすることができるが、オリジナルの楽曲では自分たちの技術と感性のみが頼りであるはずであった。


「あとは、メンタル面の差とかもあるのかもね。野中さんはあんたを見習おうっていう執念がすごいし、北中さんは愛しい幼馴染の足を引っ張らないように必死だし、嶋村くんは意外に負けず嫌いだって噂だし、三者三様でずいぶんな熱情を燃やしてるんじゃないかと思うよ」


「うん、そっか。やっぱり、かずちゃんはすごいね」


 和緒は苦笑を浮かべつつ、もういっぺんめぐるの頭を小突く。

 いっぽう町田アンナは、栗原理乃の顔を覗き込んでいた。


「どったの、リィ様? なんか、調子が悪いみたいじゃん」


「……いえ。大したことはありません」


 栗原理乃はアイスブルーの前髪で隠されている額に手をやりつつ、小さく首を振る。その顔は人形のごとき無表情のままであったが、確かにちょっとした苦痛をこらえているような雰囲気であった。


「いやいや、無理したらダメだよー。気分が悪いなら、休んでおかないと。ステージでぶっ倒れたりしたら、一大事じゃん?」


「いえ。本当に大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」


 栗原理乃がそのように答えたとき、ステージ上の合奏が終了した。

 PAスタッフとのやりとりで不備がないことが確認されて、リハーサルは終了となる。そこで町田アンナが、栗原理乃の手を取った。


「今日は顔あわせもないから、あとはフリーだよ。どーする? どっかで休ませてもらう? それとも、なんか食べておく?」


「休憩を取るほどではありません。食事をするのでしたら、行きましょう」


 町田アンナは栗原理乃の顔をまじまじと見つめてから、にぱっと笑った。


「うん。マジで元気になったみたいだねー。もしかして、おなかが空いてただけ?」


「そこまで空腹ではありませんが、早めに食事をとることに異存はありません」


「ふーん? それじゃあまあ、とりあえず外に出よっか! 今日は出番まで時間もあるから、ひさびさにファミレスでも行っちゃうー?」


「どっちにしても、腹八分目に抑えたいところだけどね。プレーリードッグ様は、如何かな?」


「うん。まだ本番まで四時間ぐらいあるもんね。ファミレスで軽く食べるんでも、問題ないと思うよ」


 そうして『KAMERIA』の一行が客席ホールの出口に向かおうとすると、背後から「あの!」と呼びかけられた。

 誰かと思えば、たったいまリハーサルを終えたばかりの女性ヴォーカルである。そして、トップバッターのバンドは機材を置き去りにできるため、残るメンバーたちもわらわらと集まってきた。


「今日のトリに出る、『KAMERIA』さんですよね? リハは見られなかったけど、ライブ映像はチェックしました! みなさん、本当に高校二年生なんですか?」


 めぐるたちと同い年であるという女性ヴォーカルは、きらきらと瞳を輝かせている。そして、その目がとらえているのは栗原理乃の横顔であった。


「ヴォーカルさんは映像よりも美人さんで、びっくりしちゃいました! それに、他のみなさんもすっごくレベル高いですね! 顔を隠しちゃうのは、もったいないですよー!」


「あはは! ライブでは、二曲目から素顔をさらしてるよー! 動画では身バレ防止で、一曲目だけをアップしてるんだー!」


 無言の栗原理乃に代わって、町田アンナが元気に応対する。

 ヴォーカルの少女は「そうなんですね!」と応じつつ、めぐると和緒の姿を見回してきた。


「ええと、あなたがギターさんで、あなたがベースさんですよね? それで、あなたが……ドラムさん……?」


 紙袋の覆面を装着しても、めぐると町田アンナはそれぞれ髪の毛がこぼれている。それで、ひとりショートヘアーである和緒がドラムであると当たりをつけたのだろう。

 そうして和緒が真面目くさった面持ちで「たぶん」と応じると、少女は見る見る真っ赤になった。


「ド、ドラムさんはモデルみたいにお綺麗ですね! そんな美人さんだとは想像してなかったんで、びっくりしちゃいました!」


「ほんとだねー。王子様みたい」


 と、ドラムの少女もにこやかな面持ちで会話に加わる。ヴォーカルの少女はほっそりしており、ドラムの少女はころころとしていた。

 残る二名は、男性である。ギターは茶色く染めた髪を長めにのばしており、ベースは黒髪のツーブロックだ。全体的に小洒落た雰囲気でありつつ、あまり軽薄な感じはしなかったが――ただし、男性二名はどこか異性の目を気にしているような雰囲気で、取りすました顔をしていた。


(かずちゃんがナンパされたりしなければいいけど……これなら、大丈夫かな?)


 めぐるがそんな風に思案している間に、ヴォーカルの少女はまた町田アンナのほうに向きなおった。


「ライブ映像、すごい迫力でした! それで、店長さんが本物はもっとすごいっていうから、今日のライブを楽しみにしてたんです!」


「うん。本当に、同い年とは思えないよねー。やっぱりみんな、中学の頃から楽器をやってたのー?」


「ウチは、中二の春からだねー! でも、まだまだだよー!」


「でも、ヴァルプルとかバナトリとか、サマスピに出てたようなバンドと対バンしてるんでしょう? 高校生なのに、すごいですよー!」


「うんうん。どうやったら、あんな迫力を出せるのかなー? よかったら、アドバイスしてくれない?」


「いやいや! いくら同い年でも、アドバイスなんてできないよー! ウチらだって、ぺーぺーなんだから!」


「そんなことありませんよー! わたしたち、ホントにへたくそでしょう? 厳しい意見をもらえたら、ありがたいです!」


 ヴォーカルの少女のそんな言葉に、栗原理乃が華奢な肩をぴくりと震わせた。


「ですが……初対面の相手に厳しい意見をもらっても、腹立たしさがまさってしまうのではないでしょうか?」


 ヴォーカルの少女は一瞬きょとんとしてから、さらなる勢いで声を張り上げた。


「ヴォーカルさん、しゃべるとそんな声なんですね! 歌声とは全然違うけど、すごく素敵です!」


「…………」


「あ、アドバイスの話でしたよね! わたしたち、周りにバンドをやってる人がいないから、厳しい意見に飢えてるんですよー! 率直にダメ出ししてくれたら、めっちゃありがたいです!」


「……私は言葉を飾ることができませんし、きわめて傲岸な人間です。それでも本当にかまわないというのですか?」


「はい! ぜひ!」


「そうですか」と、栗原理乃はレースの目隠しで隠された目を巡らせる。

 その目がとらえたのは、前髪を気にしているギタリストであった。


「まず、あなたはオクターブチューニングをどうにかするべきです。とりわけハイフレットにおけるフレーズはピッチの狂いが顕著であり、私は頭痛を覚えるほどでした」


 ギターの少年は前髪から手を離すと、びっくりまなこで栗原理乃の冷徹な美貌を見返した。


「あ、えーと……オクターブチューニングって……何だっけ?」


「ギターはピアノと異なり、開放弦でチューニングをしても弦を押さえた際にピッチが狂うことがあるのでしょう? あなたのギターは、明らかにピッチが狂っています。それで、せっかくのフレーズやコード感が台無しになっているのです」


「そ、それってどうやって治せばいいんだろう?」


「私はギターに関して知識が足りていないため、調整の手順まではわきまえていません」


 そう言って、栗原理乃は町田アンナに向きなおる。

 町田アンナはオレンジ色の頭をひっかき回しながら「えーっとね」と言葉を探した。


「ウチも自分では滅多にいじんないんだけど、とりあえずサドルのネジを回せば調節できるはずだよー」


「あ、えーと……サドルって、何だっけ?」


「うおー! ウチも細かいことは気にしないけど、あんたはそれ以上みたいだねー! しかたないなー! アキちゃんのじーちゃん直伝の治し方を教えてあげるよー!」


「う、うん。ありがとう」


 町田アンナとギターの少年は、二人でステージに向かっていく。

 すると栗原理乃は何事もなかったかのように、ベースの少年へと向きなおった。


「あなたは、低音を出しすぎです。それで音の輪郭がぼやけてしまっていますし、過剰な低音が胸を圧迫して苦痛を覚えるほどでした。客席にはスピーカーで増幅された音が鳴らされるのですから、そこまで想定して音作りをするべきではないでしょうか?」


「え……で、でも、リハはもう終わっちゃったし……今から設定を変えたら、PAさんに怒られちゃうんじゃ……?」


「それは、私のあずかり知るところではありません。また、私などはしょせん素人であるのですから、音響のプロであられるPAの御方にご意見をうかがうべきではないでしょうか?」


 そのPAスタッフは、まだミキサーのブースでくつろいでいる。ベースの少年はしばらくもじもじしていたが、やがて意を決した様子でそちらに近づいていった。


「すごいですね! それじゃあ、わたしはどうですか?」


 ヴォーカルの少女が期待の面持ちで身を乗り出すと、栗原理乃は小首を傾げた。


「同じヴォーカリストに意見するというのは、余計に気が引けるものですね。正直に言って、あなたの歌もずいぶんピッチが狂っているように感じられましたが……ただそれは、ギターの影響が強いように思いました。ギターがハイフレットでピッチの狂った音を鳴らす場面で、あなたの歌も安定を欠いたのです。裏を返すと、あなたはギターの音を正しく聞き取った上で、それに流されているということですから……ギターのピッチが改善されれば、あなたの歌も多少は改善されるのではないでしょうか?」


「あるいは、ベースをよく聴くとかね。リィ様も、けっこうベースを頼りにしてるんでしょ?」


 和緒が何気なく口をはさむと、栗原理乃は「その通りです」と首肯する。


「私は自分のピアノで歌のガイドになるフレーズを弾くことで、ギターがどれだけ奔放なフレーズを奏でても気にならなくなりました。それでもベースがメロディとぶつかる音を鳴らすと、きわめて歌いにくいのです。逆説的に、ベースは歌を支えるのに重要な役割を担っているのでしょう。ギターよりもベースのラインに耳を傾ければ、音程を取りやすくなるかもしれません」


「なるほどー! でも、ベースの音ってぼわぼわしてて、あんまりはっきり聞こえないんですよねー!」


「それもまた、低音を出しすぎている弊害であるのでしょう。……そして、もう一点。ベースは歌よりもオクターブの低い音を鳴らしているため、それにつられて歌がフラットする危険性を秘めています。私の場合はベースの上にかぶせるような意識で歌うと上手くいくことが多いので、参考になれば幸いです」


「わかりました! 次はもう本番ですけど、なるべく意識してみます!」


 ヴォーカルの少女は、晴れやかな面持ちで頭を下げる。

 そして栗原理乃は、にこにこと笑うドラムの少女へと向きなおった。


「ドラムに関しては……門外漢たる私には、文句をつけるべき点も見当たりませんでした。磯脇さん、何かありましたら、どうぞ」


「いやいや。あたしこそ、後輩相手に偉ぶるのが精一杯さ」


「えー? あたしだけアドバイスをもらえないのは、さびしいなー。あたしだって、へたくそでしょ?」


「いやいや。あえて言うなら、ベースとアクセントがずれてることが気になったぐらいかな。二人が意識してるアクセントが食い違ってるなら、どっちかに合わせるべきだと思うよ」


「あー、ときどき違和感があるんだけど、原因はそれなのかなー? でも、ベースはぶんぶんうなっちゃって、どんなフレーズを弾いてるのかよくわかんないんだよねー」


「それもけっきょく、音作りの弊害なのかもね。ライブ本番でいきなり完璧を求めるのは無謀だろうから、今後の参考ぐらいに留めておいたほうが無難かもよ」


「りょうかーい。とりあえずは、ベース待ちかなぁ。マジで音作りを調整するのか、ちょっと聞いてこようよー」


「そうだね! それじゃあ、色々とありがとうございました! そちらも、頑張ってください!」


 二人の少女も無邪気な笑顔を見交わして、ミキサーブースでPAのスタッフと語らっているベースの少年のもとに駆け去っていく。

 和緒はひとつ肩をすくめてから、めぐるの頭を小突いた。


「問題の大部分はベースが占めてたのに、あんたひとりが楽をしてるのは釈然としないよね」


「う、うん。わたしもベースの低音がきついなあとは思ってたけど……あれがあの人の出したい音なら、しかたないかなと思って……」


「ベースの低音が回ってしまうと、本人よりも周囲に悪影響を及ぼすことが多いのかもしれませんね。遠藤さんも、意識的にベースの低音を抑えているのでしょう?」


「は、はい。アンペグは低音が強いので、ミドルやトレブルよりも下げた状態から調節していくのが常道だと、フユさんに教わりましたので……」


「だから、そういうアドバイスをしてあげるべきでしょうよ」


 と、和緒にまた頭を小突かれてしまう。

 しかしめぐるは本来的に、他者のプレイや音作りに口出しをしようという気がないのだ。野中すずみのように名指しでアドバイスを求められない限りは、差し出口をきく気にもなれないのであった。


 ともあれ――本日のライブは、普段といくぶん異なる趣でスタートを切ったのだった。

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― 新着の感想 ―
同年代な方とも交流できて微笑ましいです。こうして見るとめぐるさん達は先輩には恵まれていますね。それだけでも学ぶ事にはすごく差が出ますよね。勿論本人たちの情熱と誠意のおかけだと思いますけど、巡り合いとい…
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