10 勝負の世界
軽音学部の一行が客席ホールで語らっていると、新たなお客がちらほらと下りてきた。
ただ、先刻よりもいっそう人数は少ないようだ。さらに言うと、高校生らしき人間はひとりとして姿を現さなかった。
「今日は目当てのバンドにしか興味のないお客が多いのかもね。こういうのも、ちょっとひさびさじゃない?」
和緒の言葉に、めぐるも「そうだね」と同意を示す。ここ最近は実力派のバンドが集められたイベントが多かったためか、ここまで極端にお客が偏ることもなかったのだ。
「これでウチらまで上にあがっちゃったら、よけーにさびしくなりそうだねー。せっかくだから、このまま観戦させてもらおっか」
町田アンナの提案により、軽音学部の一行はそのまま客席ホールに留まることにした。
十五分間の転換の時間を経て、二バンド目の演奏が開始される。こちらは二十歳そこそこに見える、男性四人の編成であった。
こちらではヴォーカルがサイドギターを担当しているため、音の厚みは申し分ない。トップバッターのバンドがかなりライトな音作りであったため、その差は歴然であった。
ただ――こちらのバンドも、未熟なことは否めなかった。
トップバッターのバンドほど明確な欠点は感じられないものの、全体的に音がガチャガチャしている。音作りもアンサンブルも、細かい部分が噛み合っていないという印象だ。その影響であるのか、演奏が一本調子に聴こえてしまい、めぐるとしては耳がすべるような感覚であった。
(なんだか……よっぽど集中してないと、聞き流しちゃうなぁ)
それはきっと、歌声がうもれがちであることも関係しているのだろう。演奏の音は分厚いが、ヴォーカルの声は引っ込んでしまっているのだ。抜けの悪い声質であるのか、楽器の音と周波数がぶつかってしまっているのか、ただ単純に声量が足りていないのか――めぐるには、判別がつかなかった。
そちらのバンドが演奏を終えたところで、一行は耳を休ませるためにバーフロアを目指す。
すると、そちらにもトップバッターのバンドや高校生のお客の姿はなく、その代わりに常連客の面々があちこちに散ってお酒を楽しんでいた。
「あっ、『KAMERIA』のみんなだー! あけましておめでとー!」
「あはは! もう三週間ぐらい経ってるじゃん! でも、おめでとー!」
常連客のおおよそは、年末ライブ以来の再会となる。しかしめぐるたちも年が明けてから三回ほど『ジェイズランド』にお邪魔しているので、そこで出くわしていた人間も少なくはなかった。
「今日は『KAMERIA』とトリ前しか知ってるバンドがいないんだよねー。三番目のバンドって、どんな感じ?」
「うーんとね。たしか、大学生のバンドだよー。どっちかっていうと、オルタナ寄りかなー」
「オルタナも、色々あるからなー。モニターでチェックして、悪くなさそうなら下りてみよーっと」
こういう際には、やはり町田アンナが頼りである。しかしめぐるたちも知らん顔はできないので、可能な範囲で応対させていただいた。
すると一年生たちは遠慮して、四人だけでテーブルを囲む。それを横目にめぐるや和緒も挨拶回りに励んでいると、やがて『マンイーター』の面々も到着した。
「みんな、おつかれー。今日も頑張ってねー」
「おー! おつかれさまー! 毎回毎回、ありがとーねー!」
「この前は、みんなも来てくれたじゃん。それで来月は、ひさびさの対バンだねー」
『マンイーター』の面々も加わったことで、バーフロアはいっそう賑やかになる。
やがて三番目のバンドが演奏を開始したが、多くの人間は腰を上げようとしなかった。こちらのバンドも二バンド目と同様に、強い個性や魅力を有していなかったのだ。
ただ、二バンド目よりは多くのお客を呼んでいたようで、モニターで拝見できる範囲ではそれなりに盛り上がっている。ただやはり、どこか文化祭を思わせる趣であった。
「おう、お前ら! ちょっとひさびさだな!」
と、いきなり豪快な声が響きわたり、めぐるは思わず首をすくめる。それから背後を振り返ると、『ザ・コーア』のヴォーカルとギターが立ち並んでいた。
「ああ、どうもおひさしぶりです。今日はわざわざ、ありがとうございます」
和緒がお行儀よく挨拶の言葉を告げると、ヴォーカルの男性が「おう!」と応じた。坊主頭でキャップをかぶり、下顎にだけ髭を生やした、中背で体格のいい男性だ。老けているような幼いような、ちょっと年齢の見当がつけにくい人物であった。
「前回は、お前らのステージに間に合わなかったからな! そのぶん、楽しませていただくぜ!」
彼らは十一月のスリーマンライブでも参上していたが、『V8チェンソー』のステージの途中で到着したという話であったのだ。あの日はお客で賑わっていたし、めぐるたちもおおよそ客席ホールに詰めていたため、ろくに挨拶をした覚えもなかった。
「まあ、来月はブイハチの周年だけどよ。そっちはお前らだけが目当てじゃないしな」
と、短い髪をオレンジがかった金色に染めたギターの男性も陽気な笑みを向けてくる。彼は八月の野外イベントでサーフボードを片手に登場し、『KAMERIA』をイベントに誘おうとした人物であった。
『KAMERIA』はそのお誘いを断ってしまったし、夏以降は親交を深める機会もなかった。しかし今日は『KAMERIA』からチケットを買って入場してくれたのだ。こちらは『ザ・コーア』のライブに足を運んだこともないので、ちょっと心苦しいところであった。
(よくよく考えたら、この人たちは『V8チェンソー』に負けないぐらいのキャリアなんだから……そんな人たちがわざわざライブに来てくれるなんて、光栄な話だなぁ)
彼らとは、最初の通常ブッキングで対バンした仲である。逆に言うと、それ以外に接点はないのだ。それでもイベントに誘ってくれたり、去年の春には卒業ライブにまで足を運んでくれたのだった。
「おー、なかなか盛り上がってるねぇ」
そうして三番手の演奏が終わりに近づいた頃、ついに『V8チェンソー』の面々もやってきた。
「おう! やっぱ、お前らも来やがったか! ずいぶん重役出勤じゃねえか!」
『ザ・コーア』は『V8チェンソー』とも見知った仲であるため、ヴォーカルの男性は豪快な笑みを届ける。それを冷ややかに見返したのは、フユであった。
「あんたはずいぶん身内づらだね。そんなにそいつらと親睦を深めてたっけ?」
「ひさびさに会ったから、親睦を深めてるんだよ! 心配しなくても、高校生に手を出したりしねえって!」
そう言って、『ザ・コーア』のヴォーカルはガハハと笑う。彼も二十代の半ばであろうが、よくも悪くもおっさんじみているのだ。それで『KAMERIA』を子供のように扱い、和緒に色目を使おうとしないのは、めぐるにとって大きな美点であった。
「なんか、知った顔がうじゃうじゃいるねぇ。みんな、『KAMERIA』のために体力を温存してるのかなぁ?」
「そういうわけじゃねえけどよ。なんだか今日は、パッとしたバンドもいねえしな」
と、ギターの男性が肩をすくめる。
「今のこいつらとは、ちょっとバランスが取れねえんじゃねえかな。ジェイさんだったら、もっと気のきいたブッキングを組めそうなのによ」
「『KAMERIA』はいつも年寄りを相手にしてるから、たまには同年代で固めようって考えなんでしょ。これでも、『KAMERIA』が最年少なんだろうしねぇ」
「年齢なんて、関係ねえよ。実力主義が、ジェイズのモットーだろ?」
「うん。だからまあ、今日は『KAMERIA』が若手バンドを引っ張る日ってことさぁ」
そんな言葉を残して、浅川亜季はバーカウンターへと向かっていく。
そして、にこにこと笑っていたハルが周囲を見回した。
「あれ? 今日は日曜日なのに、アンナちゃんファミリーは来てないの?」
「今日は門下生の御方が試合だそうです。それが終わってから駆けつけてくれるっていう話なんで、そろそろ到着するはずですよ」
「あー、そうなんだー? 格闘技のイベントって、そんな早く終わるもんなの?」
「今日はアマチュアの大会だから、夕方で終わるそうですよ。ただ、選手を送迎した後に妹さんたちをお迎えに行くから、これぐらいの時間になるそうです」
「なるほどなるほど! そうまでして駆けつけてくれるのは、ありがたいよねー!」
そうしてハルが朗らかな笑みを浮かべたとき、三番手のステージが終了した。
客席ホールからはぞろぞろとお客が上がってきて、それと入れ替わりで何名かのお客が下りていく。四番手のバンドは、常連客の興味を多少ながら引いているようであった。
しかし、『V8チェンソー』や『マンイーター』、それに『ザ・コーア』の面々はなかなか腰を上げようとしない。和緒がそれを指摘すると、アイスコーヒーを口にしていたフユが「まあね」と肩をすくめた。
「いちおう客席には下りるつもりだけど、そんなに私の趣味に合うバンドではないからさ。そうまで急ぐ必要はないでしょ」
「うんうん。フユはめぐるっちの勇姿さえ見届ければ……痛い痛い、痛いってばぁ」
フユに後ろ髪を引っ張られた浅川亜季は、ビールの小瓶を片手にふにゃんと笑った。
「まあ正直に言って、あたしも『KAMERIA』のみんなとのおしゃべりを優先したいなぁ。みんなが行くなら、おつきあいするよぉ」
「うん! どーせウチらも途中で準備を始めなきゃだから、最初のほうだけでも観ておこっかな!」
そうしてその場の面々は開演のぎりぎりまでおしゃべりを楽しんだのち、一丸となって客席ホールに下りることになった。
常連客の面々もずいぶん下りてきたようで、客席ホールには三、四十名ていどの人間がひしめいている。ただしバンドの関係者は、のきなみ後方に固まっていた。
(なんか……こういう感覚は、初めてかも)
『V8チェンソー』を筆頭とするバンドの関係者は、明らかに四番手のバンドにも大きな興味を抱いていない。『KAMERIA』のステージのウォームアップと言わんばかりのたたずまいであるのだ。
そんな中、景気のいい音色とともにステージが開始される。
その印象は――リハーサルのときと、大きな違いもなかった。ドラムはなかなかの勢いであるが、ギターとベースは迫力が薄く、ヴォーカルは可もなく不可もなくといった印象であった。
好みのバンドの範囲がせまいめぐるにとっては珍しい話でもなかったが、このたびは他の面々までもが同じ心情を抱いているように感じられる。
なんだかそれは、実力世界の非情な一面を見せつけられているような心地であった。
(わたしは格闘技の試合を見て、勝負の世界は大変そうだと思ったけど……バンドのステージも知らないところで、勝ち負けを決められてるのかもしれない)
客席で盛り上がっているのは最前列の数名のみで、他の人間は暗がりで立ち尽くしている。
もちろんそれでも熱心に見守っているのであれば、何も不足はないはずであったが――少なくとも、バンドの関係者にそういった熱意は感じられなかった。『KAMERIA』のライブ中はいつも大騒ぎしている『ザ・コーア』の両名も、アルコールのグラスを片手にずっと顔を寄せ合って歓談しているのだ。
しかし決して、彼らを責めることはできないだろう。興味を持てないものに興味を持てというほうが、無理な話であるのだ。そしてめぐる自身、おしゃべりよりもステージのほうが魅力的であるとは主張できない心情であるのだった。
(お客さんを振り向かせるには、それだけ魅力的な演奏を見せるしかないんだ)
そうしてめぐるは名も知らぬプレイヤーたちが演奏に勤しむステージのほうを振り返り、心中でエールを送ることになったのだった。




