07 リハーサル
『イエローマーモセット』の初スタジオから、一週間後――一月の第四日曜日である。
その日が『KAMERIA』にとって、本年初のステージであった。
会場は『ジェイズランド』で、イベント名は特にない。『KAMERIA』にとっては実にひさかたぶりとなる、通常ブッキングのライブである。翌月には『V8チェンソー』の周年イベントを控えているため、本日はひときわ若いバンドだけで固められていた。
「ま、どんな対バンでも、うちらのやることに変わりはないしねー! 今日もいつも通り、かっとばしていこー!」
『ジェイズランド』に向かう道中で、町田アンナはいつも通り気炎をあげていた。
ちなみに本日は日曜日であるが、町田家のご両親は門下生の試合にセコンドとして同行するため、往路は車を頼ることができない。前日に町田家に宿泊した『KAMERIA』の一行は、今回も電車で『ジェイズランド』に向かうことになった。
物販のTシャツはビニールバッグに詰め込めるだけ詰め込んで、電子ピアノと一緒にカートにくくりつけられている。その大荷物を受け持ちながら、町田アンナは意気も揚々であった。
「で、今回は和緒も対バンのライブ映像をチェックできなかったんだよねー?」
「うん。どのバンドも、ライブ映像を公開してなかったからさ。つまりそれだけ、フレッシュなバンドばかりってこったね」
「ふむふむ! そんでもって、ウチらとタメのバンドもいるって話だったよねー! いやー、普通のブッキングで高校生バンドと対バンするのは初めてだから、楽しみだなー!」
めぐるも軽音学部のバンドを除くと、高校生バンドというものは『ケモナーズ』ぐらいしか見知っていない。そして彼らは高校三年生であるため、軽音学部のコンクールで準優勝を収めてからは活動休止してしまっていた。
「それで、うちらはまんまとトリを申しつけられたわけだからね。これはこれで、責任重大だよ」
「トリなんて、自分たちの周年以来だもんねー! 楽しみだけど、出番が待ち遠しくてうずうずしちゃいそうだなー!」
昼下がりの街路を元気な足取りで突き進みながら、町田アンナは無言の栗原理乃を振り返った。
「ついでに、リハは一番手だもんねー! 本番までけっこー時間が空いちゃうけど、ずーっとリィ様のままでだいじょぶかなー?」
「ええ。負担を感じたならば理乃に戻るだけですし、今のところは不安もありません」
フレアハットにロングコートといういでたちをした栗原理乃は、凛然と言葉を返す。リハーサルから本番までは、ざっと六時間ばかりも空いているのだ。
しかしまた、『KAMERIA』の周年イベントも同じような条件であったし、鞠山花子の主催イベントではリィ様のまま帰路を辿ることになったのだ。今のところ、栗原理乃がどれだけ長時間リィ様の姿でいても、不調をきたすことはなかった。
(わたしの気のせいかもしれないけど……栗原さんは、むしろ嬉しそうに感じられるなぁ)
栗原理乃はめぐると同じかそれ以上に人間づきあいを苦手にしているため、不特定多数の人間が集まるライブの日にはリィ様の姿でいるほうが楽であるという面もあるのかもしれない。まあ何にせよ、本人の苦になっていないのなら幸いな話であった。
「どうも、お疲れさまでーす! 『KAMERIA』、参上いたしましたー!」
やがて『ジェイズランド』に到着すると、町田アンナは客席ホールにも元気な声を響かせた。
ステージ上では、PAとセッティングのスタッフがマイクチェックやアンプの設置に勤しんでいる。そして、客席に立ち見用の丸テーブルを配置していた『ヒトミゴクウ』のベーシストが笑顔で近づいてきた。
「どうも、お疲れさまです。セット表をお願いします」
「はーい! 今日もよろしくでーす!」
『ジェイズランド』におけるステージもこれで九回目となるため、手慣れたものである。
ただし、その内の三回はセッティングシートも不要の持ち時間が短いイベントであり、さらにもう三回は周年がらみのイベントやスリーマンライブとなる。『KAMERIA』が通常ブッキングでライブを行うのは、ノンジャンルのイベントに仕立てられた『ノー・ボーダー』の日を含めてようやく三回目であった。
(その『ノー・ボーダー』も、去年の四月だったっけ。そう考えると、わたしたちはほとんどのライブが特別なイベントだったんだなぁ)
しかしそれは、『KAMERIA』が恵まれた環境にあるという証拠であるのだろう。特別なイベントではいつも『V8チェンソー』を筆頭とする素晴らしいバンドとご一緒できるので、文句のつけようもなかった。
「そういえば、うちらがジェイズでブイハチのみなさんとご一緒しないのは、通常ブッキングの日だけなのかもね」
と、まるでめぐるの内心を見透かしたかのように、和緒がそんなつぶやきをこぼした。
「うん。『マンイーター』も同じような感じだけど……スリーマンライブでは、一緒じゃなかったもんね」
「その代わり、通常ブッキングの一発目では『マンイーター』と対バンだったからね。つまり、ジェイズで対バンした数はトントンってことか」
そしてそちらの両バンドとは、来月の『V8チェンソー』周年イベントでもご一緒する。よって、めぐるたちが寂寥感を覚えるいわれもなかった。
「で、対バンの全部が初対面ってのは、最初の通常ブッキング以来になるわけだ。おまけに今回は、ライブ映像をチェックすることもできなかったしね」
「そうだね。でも、わたしは事前にライブ映像をチェックした経験もないから、感覚は変わらないかな」
ギグバッグから取り出したベースのチューニングに取りかかりながら、めぐるはそのように答えた。
町田アンナも同じ行為に及んでおり、和緒もバスドラペダルのネジを回している。ひとり手の空いている栗原理乃が、セッティングシートの記入だ。リハーサル前の、胸の高鳴るひとときであった。
その後はステージ上の準備が整うのを待って、いざリハーサルである。
個別のサウンドチェックをして中音を調整し、合奏のリハーサルを開始したところで、ついに他のバンドのメンバーが到着する。それは三名の男性で、いずれも未成年であるように思えた。
そしてその後には、両足を引きずるような足取りでジェイ店長も登場する。いつも以上に幽霊めいた姿であるので、また二日酔いであるのかもしれない。そんな光景も、めぐるは楽しい心地で見守ることができた。
(本当に、今さらの話だけど……昔のわたしだったら、店長さんなんて口をきくこともできなかっただろうなぁ)
ジェイ店長は見るからに不吉な風貌であるし、おそらくは四十歳前後のいい大人であるし、ついでに腕や襟もとにはびっしりとタトゥーが入っている。めぐるがバンド活動をしていなければ、避けて通りたくなるような存在であるはずであった。
しかし、それを言うならば、『V8チェンソー』のような二十歳すぎの大人と親密な関係になるというのも想像し難い話であったし――そもそもめぐるは同世代が相手であっても、まともにコミュニケーションできないような人間であったのだ。二年足らずで自分を取り巻く環境がこうまで激変するというのは、驚くべき話であるはずであった。
(……それまでは、きちんと口をきける相手なんてかずちゃんしかいなかったんだもんね)
ベースの演奏に取り組みながら、めぐるは背後の和緒に向きなおる。
魅力的なビートを叩き出しながら、和緒は「あとで小突いてやるからな」と言わんばかりの眼差しを返してきた。
『……どうですか?』
合奏が終了したならば、PAブースのスタッフがマイクを使って言葉短く問いかけてくる。
『ウチは、ばっちりでーす! みんなは、どうかなー?』
町田アンナの呼びかけに、他なるメンバーはうなずきを返す。これにて、リハーサルは終了であった。
「お疲れさまでした。アンプの設定は覚えておいてください」
セッティングのスタッフが、そのように呼びかけてくる。前回はリハーサルのない年越しイベント、その前はトップバッター、その前も楽器を使うバンドとしてはトップバッター、さらにその前は文化祭や野外イベントであったため、アンプのセッティングを記憶するというのもずいぶんひさびさの話であった。
(もしかしたら、自分たちの周年イベント以来なのかな? どうりで懐かしいはずだ)
しかし、アンプのセッティングはほぼ決まっているため、いちいち書き留める必要もない。その日のアンプのコンディションや気候の変動などで多少の調整は余儀なくされるものの、そのわずかな変化を記憶することは難しくなかった。
「やあやあ、お疲れさん……そっちも、相変わらずみたいだねぇ……あんたたちの凶悪な音は、二日酔いの頭に響いてしかたないよぉ……」
めぐるたちが機材を抱えてステージを下りると、ジェイ店長がゆらゆらと近づいてくる。そして、それまでジェイ店長と語らっていた三名の若者がステージに上がっていった。
「今日の出演者では、あんたたちが文句なしに一番の実績を持ってるからねぇ……その立派な実績に相応しいステージを期待してるよぉ……」
「ふーん? じゃ、みんなキャリアは二年未満ってことー?」
「もうちょい長くやってる連中もいるけど、キャリアってのは活動期間がすべてじゃないからねぇ……ブイハチやら何やらと同じ土俵に立てるあんたたちは、規格外の新米バンドってことさぁ……」
ざんばら髪の隙間で、ジェイ店長はにんまりと笑う。
そしてステージ上からは、威勢のいいサウンドが響き始めていた。
スリーピースで、ベースがヴォーカルも務めるようだ。
やはり、未成年であるのだろう。ドラムの音は荒々しいが、ギターとベースの音はいくぶん迫力に欠けていた。
「あれ……あのドラムさんは、もしかして年越しイベントで『ヒトミゴクウ』を手伝っていた人ですか?」
めぐるが恐縮しながら問いかけると、ジェイ店長はいっそう愉快げに口の片端を吊り上げた。
「仰せの通りだよぉ……ついでに言うなら、あの日はこのバンドも出てたはずだねぇ……」
それはめぐるも、知識として記憶していた。年越しイベントで『ヒトミゴクウ』を手伝ったドラマーは、三番手に自分のバンドで出演するという話であったのだ。
そのステージは、めぐるも客席で拝見していたはずであるが――試し弾きの段階では、どのようなバンドであったかを思い出すことはできなかった。
「今日の顔ぶれでは、こいつらが二番手の実力だけど……まあ、まだまだこれからのバンドだねぇ……あんたたちとの対バンで刺激をもらえたら、幸いさぁ……」
自分が余所のバンドの手本になるなど、恐れ多い限りである。
しかし、自分に自信は持てなくとも、『KAMERIA』には強い思い入れを抱いている。『KAMERIA』のステージが少しでも他者の刺激になるのならば、めぐるにとっても誇らしい限りであった。




