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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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07 チャンドラ

「やあやあ、みんなおそろいだねぇ」


 午後の七時――めぐるたちが駅の前で待っていると、浅川亜季が飄然と現れた。

 部室での練習を終えためぐるたちは電車で移動したのちに駅のトイレで着替えを済ませて、めぐるだけがバイオリンベースとエフェクターボードを携えている。制服を詰め直したバッグや町田アンナの機材は、駅のコインロッカーに預けたのだ。和緒と栗原理乃はライブやスタジオ練習の日取りでない限り部室で機材を保管しているため、身軽なものであった。


 さらにこの場には『KAMERIA』の他に、四名の人間が居揃っている。野中すずみと北中莉子、嶋村亨と山田美琴という顔ぶれである。一年生バンドは午前中が部室での練習であったため、いったん自宅に戻ったのちに合流したのだ。そして嶋村亨に至っては、恋人の山田美琴をも引き連れてきたのだった。


 それと相対する浅川亜季は、ギターのハードケースを抱えている。

 ただしそれは、夏の合宿で使用されるレスポールのハードケースよりもふた回りは大きなサイスであった。


「おー、そのサイズは、アコギだね! なるほどなるほど! それでめぐるは、バイオリンベースなのかー!」


「ご名答。まあ、リッケンでもトーンを絞れば問題なさそうだけど、ナイロン弦を張ったバイオリンベースの甘い音色にはかなわないからねぇ」


 浅川亜季がのんびりとした笑顔でそんな風に答えたとき、「おーい!」という元気な声が聞こえてきた。最後のひとり、コッフィが到着したのだ。彼女は本日も、この駅の付近でストリートパフォーマンスに励んでいたのだった。


「待たせて申し訳なかったのー。美人猫ちゃん、あれこれお世話を焼いてくれて、ありがとのー」


「こっちも楽しませていただくから、どうってことないさぁ。それじゃあ、出発しよっかぁ」


「出発って、どこにです? 当日にスタジオを予約するのは、無理ですよね?」


 和緒がクールに問いかけると、浅川亜季はチェシャ猫のように笑った。


「それは、着いてからのお楽しみだよぉ。まあ、悪いようにはしないさぁ」


 そうして一行は浅川亜季の先導のもと、駅前の雑踏に足を踏み出すことになった。

 町田アンナは笑顔であり、嶋村亨と山田美琴ものんびりとした面持ちであるが、栗原理乃は緊迫の表情、野中すずみはうろんげな顔だ。そんな中、コッフィは跳ねるような足取りで歩を進めながら最年少の面々に笑みを振りまいた。


「そっちのみんなも、ひさかたぶりじゃのー。みんな元気そうで、何よりじゃのー」


「はい。見物は自由っていう話だったので、みんなで押しかけちゃいましたぁ」


 まずは何事にも動じない嶋村亨が、お地蔵様のごとき面持ちで応じる。こちらの四名は、いずれもスリーマンライブと夏の野外イベントでコッフィと顔をあわせていた。


「マトリョーシカちゃんまで来てくれたんじゃのー。あんただけは、バンドをやっとらんいう話じゃったっけ?」


「はい。午後から嶋村くんと遊ぶ予定だったので、そのままついてきちゃいました」


 山田美琴もまた、にこにこと笑いながらそのように答える。


「この前のライブ、とても素敵でした。あの後、色んな動画も拝見しましたよ。わたしはやっぱり、今のベースの御方が入ってからのほうが、断然かっこいいと思いました」


「おー、ロッキーが聞いたら、泣いて喜ぶわ。また機会があったら、遊びに来てのー」


「はい。この前のライブハウスとかでしたら、是非おうかがいしたいです。ね?」


 山田美琴がのんびり笑いかけると、嶋村亨も「うん」とうなずいた。


「実は僕、『バナナ・トリップ』のギターさんの音がすごく好きなんですよぉ。マーシャルアンプであんな繊細な音作りができるなんて、びっくりですぅ」


「ほほー! そいつはギーナが喜ぶわー! ギーナがほめられると、うちも嬉しいのー!」


「僕もギターを弾いてるんで、音作りの参考にさせてもらってますぅ。ギーナさんは、使ってるギターもかっこいいですよねぇ」


 意外なことに、嶋村亨とコッフィで話が弾んでいる。

 そして野中めぐるがその後ろ姿を面白くなさそうににらみつけていたため、めぐるが声をかけることにした。


「た、確かに嶋村くんとギーナさんのプレイスタイルは、共通する部分があるかもしれませんね。野中さんは轟木先輩と共通する部分があるように思いますけれど……どうですか?」


「え? あ、いえ……確かにあの方は、すごく上手で魅力的だと思いますけれど……でも、わたしはめぐる先輩のほうが……」


 野中めぐるがもじもじとすると、北中莉子が「ふん」と鼻を鳴らした。


「素人のあたしから見ても、あんたが似てるのは轟木って人のほうだと思うよ。上達を目指すなら、ああいう人を参考にするべきじゃない?」


「で、でも、わたしは指弾きをあきらめたわけじゃないからね。スラップの練習だって、頑張ってるんだから。……りっちゃんこそ、『バナナ・トリップ』のドラムは参考になるんじゃないの?」


「あんなのは上手すぎて、なんの参考にもならないさ。まあ、それはどんなバンドだって同様だけどね」


 上手い具合に、話がそれたようである。それでめぐるが安堵の息をついていると、和緒に頭を小突かれつつ囁きかけられた。


「野中さんの浅ましき独占欲を、中和したわけかい? あんたも器用になったもんだね」


「そ、そういうわけじゃないけど……コッフィさんが悪く思われるのは、嫌だからね」


「これから謎のセッションタイムが待ち受けてるっていうのに、余裕だねぇ。まったく、頼もしいこった」


 すると、町田アンナは浅川亜季に「ねーねー!」と呼びかけた。


「これって、『パルヴァン』に向かう道だよねー? もしかしたら、『パルヴァン』でセッションさせてもらえるのー?」


「いやぁ。『パルヴァン』だって、今日はみっちりブッキングが入ってるはずだよぉ。でも、ニアピン賞ってところかなぁ」


「ニアピン賞?」と、町田アンナは小首を傾げる。

 その答えが示されたのは、およそ十分後である。『パルヴァン』へと通じる小道を素通りした浅川亜季は、そこから二百メートルほど離れた場所で足を止めた。


 大通りから一本外れた裏道で、小さな飲食店がひしめきあっている区域である。

 目の前の建物には『チャンドラ』という店名とエスニックな三日月のイラストが描かれた看板が掛けられており、やはり飲食店であるように見受けられた。


「ここだよぉ。まだ混みあう時間ではないだろうから、みんな座れるといいねぇ」


 浅川亜季が無造作にドアを開いたので、めぐるたちもそれに続くことになった。

 五十人も入ればいっぱいになってしまいそうな規模で、カウンターとテーブルの席が設置されている。客入りは半分ていどで、やはり人々は食事やお酒を楽しんでいた。


「おお、来たな。ハル坊は、もう準備を始めてるぞ」


 と、ひょろりと痩せた初老の男性が浅川亜季に笑いかける。くたびれたニット帽をかぶり、白いシャツの上から店名のプリントされたエプロンをつけた、ちょっと強面だが優しそうな目つきをした男性であった。


 そして奥のほうからは、「待ってたよー!」という元気な声が聞こえてくる。そちらでは、ハルがパーカッションのセットを組み立てているさなかであった。


「おー、ハルちゃんも来てたんだー? ここって、どーゆーお店なのー?」


「区分としては、パブになるのかなぁ? 生演奏を楽しみながら、食事をする場所だよぉ」


「へー、面白いね! でも、何がニアピンだったのー?」


「実はここは、『パルヴァン』とオーナーさんが一緒なんだよぉ。滅多に顔を出さないけど、オーナーさんは音楽好きらしくてさぁ。もともとはこっちのお店を経営してて、そのあとに『パルヴァン』をつくったらしいねぇ」


「そういうことだ」と、初老の男性が朗らかに笑った。


「俺は、雇われ店長だがね。もう二十年ばかりは、腰を据えてるよ。こんなに若いお人らが集まってくれるのは、嬉しいねぇ」


「普段はジャズとか弾き語りとかが主流で、年齢層もちょいと高めなんだぁ。でも、あたしは大昔から、ちょいちょいお世話になっててさぁ。『パルヴァン』よりも、こっちのステージを先に体験してたぐらいなんだよぉ」


「初ステージは、まだ中坊だったもんな。それでも二十歳だとか言い張って酒を飲もうとしやがったから、引っぱたいてやったんだよ」


 皺深い顔にいっそうの皺を寄せながら、店長たる男性は愉快そうに笑った。


「ただ、ベースとキーボード以外は生音っていうルールで、ドラムを持ち込むスペースもないからさぁ。ブイハチでステージに立つ機会はなくって、最近はお客として遊びに来てたんだぁ」


「アキのステージは、ひさびさだもんな。どれだけ腕を上げたか、楽しみにしてるよ。……じゃ、準備ができたら声をかけてくれ。お客さんは、お好きな席にどうぞ」


 そんな言葉を残して、店長はカウンターの裏に引っ込んでいく。

 浅川亜季は、ふにゃんとした笑顔でめぐるとコッフィの顔を見比べた。


「というわけで、ここがあたしの準備したステージだよぉ。ご満足いただけたかなぁ?」


「こがいなとこで好きに演奏できるなんて、気がきいとるのー! うちの近所にも欲しいぐらいじゃのー!」


 コッフィはいつも通り、屈託なく笑っている。

 いっぽう、めぐるは――いまひとつ、心の置きどころがわからなかった。


 ライブハウスというのは特定のバンドを目当てにしてお客が集まる空間であるが、こちらでは無作為に集まったお客の前で演奏を披露するようであるのだ。めぐるの感覚的には、道端で演奏をするのと大差のない所業であった。


 しかしまた、この場には『KAMERIA』と軽音学部の関係者が集っている。それだけで、めぐるが心細さを覚えることはなかったが――やはり問題となるのは、如何なる演奏を披露するのか、ということであった。


「じゃ、準備を始めよっかぁ。せっかくだから、みんなはステージの近くに陣取るといいよぉ」


「もっちろーん! おなかも空いてるから、なんか注文させてもらおーっと! いやー、めぐるたちの演奏を聴きながらごはんを食べられるなんて、ぜーたくな話だねー!」


 そうしてめぐるたちは店中の人々に好奇の目で見られながら、ハルのもとへと歩を進めることになった。

 ステージといっても何か仕切りがあるわけではなく、客席と同じ床の上だ。そして、もっとも近いテーブル席からは二メートルも離れていなかった。


 場所としては店の角で、ハルは二辺の壁を背にしながらパーカッションのセットを組んでいる。スタンドに立てたスネアとボンゴ、ミニシンバルにハイハットというラインナップだ。夏の合宿で拝見したセットに、スネアが加えられた格好であった。


「みんな、お疲れさまー! 今日はよろしくねー!」


 ハルもまた、いつも通りの明るい笑顔である。

 それでめぐるがまごまごしていると、ハルは「どーしたの?」と小首を傾げた。


「いやぁ、ハルが来ることは内緒にしてたから、めぐるっちはまだ頭の整理がついてないみたいだねぇ」


「えー、そーなの? なんでわざわざ、内緒にしたの?」


「深い意味はないんだけど、めぐるっちにはなるべくまっさらな気持ちでいてほしかったからさぁ。ぶっつけ本番のほうが、本領を発揮できそうだしねぇ」


 そう言って、浅川亜季はふにゃんと笑った。


「昨日も言ったけど、めぐるっちも『KAMERIA』を離れればつけ入るスキができそうだからさぁ。ややこしいことは考えなくていいから、一緒にセッションを楽しもうよぉ」


「はあ……そういえば、フユさんはいらっしゃらないんですか?」


「フユは仕事が忙しいらしくて、抜け出せなかったんだよぉ。今日のセッションは録音して送ってやらないと、あとでめいっぱいすねられちゃうだろうなぁ」


 浅川亜季がそんな風に答えたとき、いきなりサックスの音色が響きわたった。

 コッフィが、試奏を開始したのだ。たちまち、歓談に励んでいたお客たちもこちらを振り返ることになった。


「こっちはいつでもオッケーじゃー! いやー、楽しみじゃのー!」


 コッフィは、満面の笑みである。

 それでもめぐるが立ち尽くしていると、横から頭を小突かれた。エフェクターボードを運んでくれていた和緒も、一緒に立ち並んでいたのだ。


「コッフィさんを除けば、夏の合宿でお馴染みの顔ぶれでしょ? あのときみたいに、好きにやればいいさ」


 和緒はクールなポーカーフェイスだが、その切れ長の目には優しい光が灯されている。めぐるはそれを励みにして、セッティングを開始することにした。

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