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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 8-

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06 夜と朝

「ま、アキちゃんにまかせておけば、なんとかなるっしょ!」


 スタジオ練習を終えた後、駅付近のハンバーガーショップで遅めの夕食をいただきながら、町田アンナは笑顔でそんな風に言っていた。

 和緒はクールなポーカーフェイス、栗原理乃は心配げな表情、そしてコッフィは――期待と不安の入り交じった面持ちである。


「あの赤毛のにゃんこ美人ちゃんは、頭が切れそうじゃけぇのー。何かええ考えがあるんかのー」


「うんうん、きっとそうだよー! どんなアイディアがあるのか、楽しみだねー!」


「そ、そうかな。私はちょっと、心配なんだけど……遠藤さんひとりに苦労を押しつけるみたいで、申し訳ないし……」


「苦労をかけとるなぁ、うちじゃけぇのー。申し訳ない限りじゃのー」


「あ、いえ、そういう意味では……」


 栗原理乃が縮こまると、コッフィは子供のようににこりと笑った。


「それに、あんたがたの練習を邪魔したのも申し訳なかったのー。もっとマシなサックスを吹ける思いよったんに、不甲斐ないのー」


「コッフィさんは、すっげーかっちょよかったよー! いつかは絶対、コッフィさんの全力を受け止めてみせるからさ! 気長に待っててねー!」


「あんたがたは、みんな優しいのー。ありがたやありがたや」


 そんな具合に話はまとまって、一行は帰路を辿ることになったわけであるが――コッフィはけっきょく、二日連続でめぐるの離れに宿泊である。スタジオ代を割り勘で支払い、町田アンナと栗原理乃にもお礼代わりに夕食の代金を出すと、また残金が覚束なくなったようであるし、彼女はそもそも帰宅する気が毛頭なかったのだった。


「アパートまで戻るなぁ往復三時間じゃし、電車賃も馬鹿にならんけぇのぉ」


「なるほど。それでプレーリードッグの巣穴に二泊するわけですね」


「いやぁ、二泊もするなぁ申し訳ないけぇ、今日こそ公園で寝るかのー」


「そ、それは駄目です。迷惑なことはありませんから、どうか泊まっていってください」


 そうしてめぐるは和緒に頭を小突かれつつ、コッフィには「尊しや尊しや」と拝まれたわけであった。


 自宅の離れに帰りついたのは午後の九時すぎであったため、とりあえずはいつ寝落ちしてもいいようにシャワーをあびることにする。そしてコッフィにシャワーを貸す際には、また「ありがたやありがたや」と拝まれた。


「実は昼間もネカフェでシャワーをあびて、水着もTシャツも洗うたんじゃ。スタジオでも、臭うなかったじゃろ?」


「は、はい。だけど、着替えは持ってきてないっていう話じゃありませんでしたっけ?」


「じゃけぇ、洗濯が終わるまではスカジャンとズボンいっちょじゃ。ちっとばっかり冷えたけど、汗臭いなぁ耐えられんけぇのー。おかげでホームレスにならんですんどるわ」


 そんな言葉を平然と語るコッフィは、やはり世間の常識から逸脱しているのだろう。しかしべつだん、めぐるが悪い感情を抱くいわれはなかった。


「……コッフィさんは音楽で身を立てるために、広島から出てきたんですか?」


 順番でシャワーをあびた後にめぐるが問いかけると、コッフィはバスタオルで頭をわしゃわしゃとかき回しながら「んー?」と思案した。


「簡単に言うと、そがいな話になるんかのー。うちは音楽とかわええもんしか興味がなかったけぇ、地元でも浮いとったんじゃ。高校も、一ヶ月でやめてしもうたしのー」


 そうしてコッフィは高校をやめた後も、ふらふらと気ままに過ごしていたらしい。そして、幼馴染のギーナが高校を卒業した折に上京することになり、コッフィも一緒に行かないかと誘いをかけてきたのだそうだ。


「それまでは、ギーナもただのツレじゃったんよ。あっちはロック、こっちはジャズで、音楽のジャンルも違うたしのー」


「え? コッフィさんは、ジャズをやってたんですか?」


「真似事よ、真似事。もともとじっちゃんがキャバレーやらでサックス吹いとって、ジャズのCDもどっさり持っとったんじゃ。ほいでちっこい頃から、うちもサックスにさわっとったんよ」


 それでコッフィは小学生時代にブラスバンド、中学生時代に吹奏楽部を体験したが、どちらもしっくりこなかった。決められたフレーズを譜面通りに吹くという行為が、肌に馴染まなかったのだそうだ。


「そがいしたらじっちゃんが、われはフリージャズが向いとるんかのー言うて、うちもその気になっとったんよ。実際は、ひとりで好き勝手に吹いとっただけじゃ」


 そんなある日、ほんのたわむれでコッフィはギーナのギターとセッションを行うことになり――その末に、ギーナが「一緒にバンドをやろう」と言い出した。

 しかし、地元のメンバーと合奏してもまったくギーナの理想には届かなかったため、それで彼女は上京を決意したようであった。


「ギーナは、職人気質なんじゃ。上を目指す言うより、理想のバンドサウンドを作りあげるのが目的なんよ。ほいで東京に出た後も色んな相手とバンドを組んだんじゃけど、なかなか上手ういかんで……ほいで、ウェンちゃんとカーニャに出会うたんじゃ」


 それはきっと、運命的な出会いであったのだろう。

 ウェンもまた作詞と作曲に血道をあげていたが、ギーナとはおたがいを尊重することができたのだ。それでおたがい、まずは個人で理想の曲を作りあげ、それをバンドで再構築するという現在のスタイルができあがったのだという話であった。


「ほいで、ヴォーカルとベースが見つからなかったけぇ、とりあえずうちが歌うことになったんじゃ」


「え? コッフィさんは、そこで初めてヴォーカルになったんですか?」


「ほうよ。ほいで歌うてみたら、歌もサックスも大して変わらん思うたんじゃ」


 そうして現在の『バナナ・トリップ』の原型ができあがった。

 その後はベーシストを何名も入れ替えながら活動を続けて、しまいにはベース不在の編成で落ち着き――それで本年、ついに轟木篤子と巡りあったという顛末であった。


「じゃけぇ、うちが楽しゅう生きてられるなぁギーナのおかげじゃし、今ではウェンちゃんもカーニャも同様じゃ。ロッキーも、このままいきゃあそのひとりになれるかのー」


「と、轟木先輩とは、上手くやってるんですか?」


「演奏面は、完璧じゃ。ロッキーのおかげで、いっそう音が気持ちようなったけぇのぉ。ただ、うちやギーナは上を目指すやらようわからんけぇ、そこはカーニャが頼みじゃのぉ」


「そうですか……今の『バナナ・トリップ』は本当に凄いと思いますので、轟木先輩に頑張ってほしいと思ってます」


「うん。うちはあんたのベースもぶち好きじゃけど、あんたのベースはギーナのギターに合わんてみんなが言うんじゃ。じゃけぇこうやって、バンドの外で楽しむしかないんよ」


 そう言って、コッフィは屈託なく笑った。

 いつもぽけっとしているギーナのことを思い出すと、めぐるは何だか胸が詰まってしまう。スリーマンライブの日にもうっすらと感じていたが、コッフィとギーナはそれだけ深い絆で繋がれていたのだった。


「まあ、バイトやらはたいぎいけぇ、音楽だけで食うていけたら理想じゃのぉ。うちにゃあ歌とサックスしか取り柄がないけど、これでも頑張っとるつもりなんじゃ」


「コ、コッフィさんは十分に凄いと思います。……ステージで暴れるのを控えたら、もっと上手くいってたんじゃないかと思うのですけれど……」


「あはは。うちもウェンちゃんも、楽しゅうなると歯止めがきかんのよ。楽しいことを我慢しとったら、頑張り甲斐もないしのー」


 コッフィは無邪気に笑いながら、めぐるの顔を覗き込んできた。


「あんたんとこに押しかけてきたのも、同じことよ。楽しいことにゃあ、我慢がきかんのじゃ。お世話をかけて、申し訳ないのー」


「い、いえ。コッフィさんにそんな熱心に思ってもらえるのは、嬉しいです」


「えへへ。小動物ちゃんは、優しいのー」


 コッフィは嬉しそうな顔で笑い、めぐるも本心から笑うことができた。

 そしてその後は昨晩と同じように、またベースの個人練習にコッフィの口笛が重ねられて――その夜も、穏やかに終わりを迎えることになったのだった。


                ◇


「段取りは整ったって、浅川さんから連絡が入ったよ」


 翌朝である。

 寝起きでそんな言葉を聞かされためぐるは、寝ぼけた頭で和緒のクールなポーカーフェイスを見返すことになった。


 場所はもちろん、めぐるの暮らす離れである。来客を告げるノックの音で目覚めためぐるが無造作にドアを開くと、そこに制服姿の和緒が立ちはだかっていたのだった。


「え、ええと……かずちゃん、いったいどうしたの?」


「今はプレーリードッグとチェシャ猫さんの間を取り持つ伝書鳩の真似事をしているさなかだね。ピンクのウサギさんとの愛の巣に踏み込むことは許されるかな?」


「う、うん。よくわからないけど……どうぞ」


 めぐるが身を引くと、玄関の内まで歩を進めた和緒が後ろ手でドアを閉めた。

 和緒はバスドラペダルのケースの他に、スポーツバッグまでさげている。そして、寝ぼけためぐるを押し込むようにして、居間兼寝室まで踏み入った。


 そちらでは、寝袋にくるまったコッフィがすぴすぴと寝息をたてている。

 こたつテーブルは部屋の端に寄せられて、真ん中にはめぐるが使用していた煎餅布団だ。それらの光景をざっと見回してから、和緒は「ふむ」とうなずいた。


「ちゃんと寝袋を使ってるのか。おたがいの体温で初冬の寒さをしのいだりはしなかったんだね」


「う、うん。そんなことする必要はないでしょ?」


「二日も夜をともにしたら、なんらかの感情が芽生えることもありえるかと思ってさ。世は多様性の時代なんだから、何も遠慮する必要はないさ」


「よ、よくわからないけど、布団を片付けるからちょっと待っててね」


 和緒を部屋の出入り端に立たせたまま、めぐるは布団を押入れに詰め込んだ。

 時間は、午前の九時すぎである。土曜日である本日は午後からの練習であったので、目覚ましをかけずに就寝したのだ。それでも六時間ぐらいは睡眠を取れたので、体調のほうは申し分なかった。


「さて。二度手間になるから、まずはコッフィさんにも起きていただこうか」


 めぐるが布団を片付けると、和緒がコッフィの寝袋をゆさゆさと揺さぶった。


「コッフィさん、朝ですよ。ご起床を願えますか?」


「うーん、むにゃむにゃ……もう食べられんのじゃ……」


「ベタですね。残念ながら、朝食の準備はまだですよ」


 和緒が機械のように一定のリズムで揺さぶり続けると、コッフィのまぶたがしかたなさそうに持ち上げられた。


「ありゃ……王子様ちゃんの登場じゃ……うちはお姫様じゃないけぇ、目覚めのキッスは不要なんじゃ……」


「それは何よりです。浅川さんからの伝言があるんで、聞いていただけますか?」


 コッフィは「うなあ」と寝ぼけた声をあげながら、寝袋ごと半身を起こす。

 さらに「うななー!」とうめきながら大きくのびをすると、ようやく目が覚めた様子でにこりと笑った。


「おはようさん。王子様ちゃんのモーニングコールで起きるなんて、贅沢な朝じゃのー」


「そうですか。とりあえず、今日の午後七時に昨日の駅前で集合だそうです」


 和緒の唐突な物言いに、コッフィは目をぱちくりさせた。


「ようわからんけど、そがいしたらどうなるんじゃ?」


「浅川さんが、セッションの場を準備するそうですよ。費用はかからないので、楽器さえあれば十分だそうです」


「ほほー!」と大きな声をあげかけたコッフィは慌てて自分の口をふさいでから、にぱっと笑った。


「そいつは楽しみなことじゃのー。どこでどがぁしてセッションするんじゃろ?」


「それは来てからのお楽しみだそうです。……あんたは、バイオリンベースと着替えを持参するように、だってよ」


 今度は、めぐるが目を白黒させる番であった。


「ど、どうしてバイオリンベースを? それに、着替えっていうのは……?」


「何もかも、来てからのお楽しみだってよ。ひとりで二本のベースを抱えるのは大変だろうと思って、あたしがここまで出向いたわけさ。着替えはこっちのバッグに詰め込んじゃいな」


 どうやら昨日と同じように、部室での練習を終えたならばそのままスタジオの最寄り駅まで向かうという話であるようであった。


「町田さんたちに連絡を入れたら、見物についてくるってよ。ついでに、ちゅんちゅんコンビもね。それならあんたも、心細くないでしょ?」


「う、うん。だけど……いったい、何をするつもりなんだろう?」


「さてね。まあ、チェシャ猫さんはイタズラ好きだけど、あんたが本気で嫌がるような真似はしないでしょ」


 浅川亜季ののんびりとした笑顔を思い出しながら、めぐるは「うん……」と力なく答える。そうしてその後はコッフィとともに身支度を整えて、自宅の離れを出ることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
皆色んな経緯を経て出会ったと思うと、すこし奇跡てきと思うのはロマンティストすぎるでしょうか。 アキさんが何を計画したのか楽しみです。
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