最後の試練Ⅲ
天魔・アレースは勝利した。しばし勝利の余韻に酔った。
だがその酔いも早々に醒めた。彼は何度も勝利してきた。自身が駆る悪魔の勇姿を写すディスプレイの背後――そこにある壁にキルマークを記してきたものの、あまりにも勝ちすぎたがためにやがて記録するのも億劫となっていた。
何度も勝利してきたからこそ、その勝利に飽いていた。
自分がやっている事が逃避に過ぎないと思っていた。プロメテウスほど純粋には楽しめず、もはや学業の傍ら、漫然と続けているに過ぎなかった。
「こんなもの、続けたところで……」
現実には何にもならないと思いながら、それでも、その現実で味わえなくなった勝利に縋った。本当に欲しているものはここにないと知りながら。
「落伍者の俺にはお似合いだしな」
彼はそう言いつつ、自嘲した。
相方無きいま続ける必要もないかと考えつつ、次は何で遊ぼうかと思っていた。
そして、倒れた巨人の少年を見つつ、離脱を選ぼうとした。
「いやいやまだまだ続けてもらう」
「…………」
選ぼうとした思考すら塗り替えられた。
強制により縛られたまま、天魔は戦い続ける事を義務づけられた。
その強制が上手くいっている事に神は満足しつつ、巨人の少年――ヘラクレスが倒れ伏し、敗北したままでいる事に対しても笑みを浮かべた。
バッカス政府にとって最後の希望が断たれたと歓喜した。勝利に貪欲ではなく、敗けてもいい――と負ける理由を用意して心を守る神は嘲笑った。
「見てみてバッカスの愚民共! 化物君、負けちゃいました~! バッカス政府の負けでーーーーす! 負けぇ! 敗北ゥ! 雑魚ッ!! そーんな負け犬野郎共に付き従ってる愚民の皆さんってダサいよな。お前らも負けって事デスヨ?」
ここぞとばかりに嘲笑った。
自身の力で顔を歪め、怒る者の姿を鑑賞して肴にしつつ、クレスと政府の敗北を喧伝した。勝利を確信し、ここぞとばかりに優位を取った。
「これが、化物君の限界でもある。散々バッカス人を殺しといてこれだよ? ダサいよねぇ? 役に立たないよね~!? 所詮コイツは魔物なんですよ。騙されちゃダメダメ! 騙されてる奴はバーーーーカ! 庇ってる奴は外患誘致デスヨ?」
神は知っていた。
巨人の少年がまだ息をしている事を知っていた。
だからこそ、少年にこそ声を届けた。
そして、バッカス王国内にいる者達の顔と声を交信魔術を利用し届けた。
届ける者は選別した。
少年は、魔物に敵意を向ける国民の声を無理やり聞かされた。
『神の糞野郎はムカつくが、確かにあれは所詮は魔物らしいからな』
『そうなの? 人類の中に魔物が紛れ込むとか、おぞましい』
『人間の役に立たないなら、兵器としての価値もないな……』
『それどころか今後も生き延びられたら、アイツに背中から刺されそうよね』
『騒乱者のガキ共も庇ってんだろ? それってアイツも敵って事じゃん』
『何を仲間面してんだか』
「…………」
『バッカス国民にしてもらえたと思ってんのかね?』
『アレも異世界人も厚かましいのよ……。全員死刑にしてやればいいのに』
『囚人兵制度、やっぱりいるんじゃないかな?』
『だな! 本来、この世界にいない奴なんてどうでもいいんだよ』
『ここはバッカス王国。魔物と騒乱者、異世界人の国じゃない。難民も出て行け』
「ぁ……ぁ……」
少年は耳を塞ぎたくなった。
塞いだところで無駄だとしても、むき出しの敵意に目を背けたくなった。
神が見せているものは現実のものだった。
バッカス王国は差別のない「かんぺき」な世界ではない。
強い言葉で誰かを傷つけ、その事を鑑みない者もいる。
本人を目の前にしないからこそ何とでも言える者は少なくなかった。大勢いた。
『『『『『あんなヤツ、いなくなっちゃえばいいのに』』』』』
「――――、――――」
彼らに悪意は無かった。
彼らは正義のつもりであった。
彼らにとっては正義であった。
「ゥ、ぁ……ァ……!」
彼らは彼らの正論で武装し、相手の事情も見ずに殴りつけた。
それはとても、■■■■いい行為であった。
「ははっ、はははははははははっ!」
神はひたすら嘲笑った。
嗚咽を漏らす少年を見て、正義の民衆達を見て嗤った。
これが、これこそが人類の正しい姿だと嘆いた。
人間なんてこんなものだと絶望を更新した。
「そうだ、だからこそ……お前も!」
少年にも同じ絶望に至る事を望んだ。
望んで他を排斥した男は、無意識に「なかま」を欲していた。
自分が正しくない事を知りながら、自分の歪さを証明したがった。
「…………! ア、ァッ! アアアァッッッ……!!」
少年は吠えた。雑音を振り払うために吠えた。
立ち上がる力を欲した。そのために魔術を起動しようとした。
だが、ボロボロの身体と心はそれを拒否した。
魔力はまだあった。しかし想いは既にバラバラになっていた。
『…………』
天魔は事情はわからずとも、足掻いている少年を哀れに思った。
楽にしてやろうと介錯すべく、歩みを進めた。
「おお、待て待て待て! お楽しみの時間を終わらせんじゃねえよ」
『…………』
神はニヤニヤと笑みを浮かべつつ、天魔を制した。
天魔は従順に従った。同時に神に対しても憐憫を抱いていた。
ぼんやりと、「こいつは何が楽しいのだろう」と思っていた。
「…………、…………」
少年はついに抗うのも止めた。
あきらめた。
全身を蝕む激痛と、萎れた心を抱えたまま動きを止めた。
それは彼とは別の者達に燃料を与える行動だった。
彼らは自分達の「正しさ」を確信し、笑みを浮かべた。
『ほら! やっぱりあきらめやがった』
『カッコだけ頑張ってみせて、ここらでいいって判断したんだろ』
『人間らしいガッツが無いのねー、魔物って』
『きこえるか』
『ま、別にここで負けても世界が滅びるわけじゃないんだ』
『アレが役に立たないってわかっただけ儲けもんかな?』
『おうとうしろ』
少年は目を閉じた。
意識も閉ざそうとした。
神が流し込んでくる情報を拒否したが、それは許されなかった。
『アルゴ隊も地に落ちたな! あんな木偶の坊を抱えてさ』
『これからは私達の時代よ。ふふんっ♪ 今度あったらあの化物を狩ってやる』
『つかれたか?』
『あの化物、サーベラスが暴れてたから今回の作戦は失敗したんだよ』
『確かに! あいつが迎撃戦に乱入してこなきゃ、多分何とか上手くいった』
『むりさせたよな』
『今回の失敗は政府の所為だ。損害を補填しろ!』
『あんなクズ巨人にかまけて他の冒険者の行動も縛りやがって!』
悪意の言葉により、少年の心は濁った。
濁りながら、二つのものに反応していた。
一つは騒乱者に捕まった時にも嗅いだ懐かしい匂い。
そして、罵声の中に交じる微かな交信魔術だった。
『ごめんな、もうつかれたよな』
「…………」
『でも、それでも聞いてくれ、ヘラクレス』
「そ……ょ……」
『ぼくだ。聞こえるか?』




