番外編TIPS:魔術編:水上歩行魔術
バッカスでは水棲の魔物相手に戦う場合、水中より水上戦が行われる事が多い。
あくまで比較した場合の話で、ブロセリアンド士族などは海底深くまで潜り三次元的な戦闘を行うが、海戦に耐えうるだけの潜航技術の習得よりは水上歩行の方が――魔術を使えば――行いやすいため、こちらの方が一般的となっている。
一口に水上歩行魔術と言っても様々なものがある。
最も使われているのは「水面を踏み固めるもの」であり、これは足裏から魔力を水中に送り、水を一時的に固めるというものだ。
扱い慣れているものは水面を巌の如く硬化させ、下方海底から襲いかかってくる魔物を「水の壁」で留め、殺す戦法を取る事が出来る。冒険者クラン・円卓会などはこれによる下向きの守備陣形を築き戦う事に習熟している。
慣れていなければ「水気を多く含み、踏み込むと沈む大地」ほどの硬さにしかならず、当然、この上で戦うのは容易いとは言い難いものである。
水中で戦うとなるとこれよりもさらに様々な魔術を使わなければなくなるため、「水上戦の方がまだマシ」ではあるがどうあれ海は人を阻む難所である。
ただ、大規模な海戦では「水上歩行の習熟度問題」への対策も打たれやすい。
具体的には魔女・サンムラマートがレシピを考案した薬を使う。
海戦開始後、あるいは開始前から薬を海上へ散布し、水上歩行魔術による水面の踏み硬めを一時的に通りやすくするというものである。
これにより普段は泥程度にしか水面を固められない者も陸地での走行と大差がないほどのものに習熟度を一時的に引き上げ、初めから優れているものは水上歩行魔術をさらなる盾と武器に昇華させる。
この薬はエキドナ・アーセナルとの戦いでも散布され、決死隊の援護にやってきたアルカディア士族にも恩恵を与えた。
陸地での機動戦を得意とする彼らに陸と同じ速度で疾走する事を可能にした。
だが彼らの破壊能力を引き上げるものでは無かった。対峙する事になる竜種の群れを一気に倒すような力は当然無かった。
しかし、彼らは群がる敵を倒す必要性を感じていなかった。
本当に必要なのは「決死隊を辿り着かせる事」だと知っていた。
「散開しろ! なるべく多く、ハバククから引き離すぞ!」
「1人1体は受け持て! 可能なら2体! なるべく長く、持たせろ!」
敵を倒さずとも決死隊の前身を援護出来る戦法を用意してきた。
「何する気だ、アルカディア士族。あんなバラバラに攻撃してたら……」
個の力はけして高くはない馬系獣人達が散らばり、無作為に攻撃を仕掛けていく様はイアソンに疑問の言葉を吐かせたが、彼は直ぐに戦士団の意図を察した。
アルカディア士族戦士団は戦場を暴れ回る魔物達に矢を射掛け――注意を引き――自分達を囮に決死隊から魔物を引き剥がそうとしていた。
当然、この行動は危険極まりないもの。
「あぁっ、くそっ!」
「回避しろ、回」
一時、引き離す事には成功した士族戦士が竜種達のブレス受け、消し飛ばされ、惨たらしく死んでいく戦法だった。生き残る事を考慮していない戦い方だった。
「ひるむなッ! 攻撃と回避を続けろ! 引き剥がせ!」
「頭を狙え! 視界に入れ! 殺さなくていい、本隊を守れ!」
「ハバククが……巨人の坊主が、前に進む時間を、稼げ!」
無謀な戦いであっても、アルカディア士族もまた決死の覚悟でやってきていた。
借りを返すため、自分達の敗北は必定だろうが命を対価にする覚悟がある者だけが参戦していた。その数はアルカディア士族戦士団の半数以上に及んでいた。
「あ、あぶない……たすけ、なきゃ……!」
アルゴ隊のヘラクレスは狼狽えながらも、弓を手にとった。
だがそれは囮を買って出たアルカディア士族の戦士が「手を出すな!」と目をむいて怒鳴り、声を届けた事で止まる事になった。
「囮作戦の邪魔すんじゃねえ! この巨人野郎!」
「しばらくいねえから、どこほっつき歩いてんのか心配させやがって……。挙げ句の果てに魔物になってただ? 帰ってこれたからいいものの……!」
「お前は、黙って見てろ! ここは俺達の死地だ!!」
「で、でもっ……でもっ……!」
巨人の少年は叱責されても迷っていたが、イアソンに手を添えられ、竜種に対する攻撃は完全に自分達に向かっているものだけに留めていった。
アルカディア士族戦士団が皆殺しにされていく光景を、見守る事になった。
「よし……よし、良い子だ。いいんだよ、それで」
「しっかり温存しとけ。少しはカッコつけさせろ」
「ボロッボロにやられて、追い回されてるからカッコつかねえけどなぁ」
「ははっ……違ねえ……」
致命傷を負い、ボタボタと血をこぼしながらも苦笑しながら――前へ前へと進む巡航島を見送っていた馬系獣人の若者が三人、挽肉になっていった。
「大物仕留めりゃ、お前を悪く言う奴もいなくなるだろ」
「オレらの分まで頼んだぞ」
「勝てよ」
いたるところで囮役を務めた士族戦士が死んでいった。
それは戦場の記録にとっては単なる損耗の数値でしかなかった。
「ぁ……ぁ……」
巨人の少年が震えて見送る中、瞬く間に全滅していった。
だが、それでも――決死隊が前に出るには十分な時間を稼いでいた。
「抜けた――が、まだいやがるな。後ろの奴らも遠からず追ってくるぞ、急げ!」
アーセナルの転移装甲に干渉し、決死隊を内部へと送り込む作戦。
それが伸るか反るかの瀬戸際に至り、現場に居合わせている各部隊の隊長達は「このままでは厳しい」と予感していた。
そう判断せざるを得ない驚異――神が遣わした第九試練にして、今まで何度もバッカスの力を退けてきた天魔・プロメテウスを排除出来ていないがために。
「お待たせ、総長。こっから挽回するわ」
「来たか、アタランテ、アッキー。お前ら二人とも、直ぐに出てもらうから今のうちに補給しとけ。……それとメーデイア」
「……なによ」
「今からぼくたち三人でプロメテウスを倒しにいってくる。アレを倒さない限り、他の魔物への対応も工作班の作業も滞る。無理をしても仕留めないと駄目だ」
「ちょっと待って、アンタも行く気?」
「人手が足りないんだ。作戦成功させるために、ぼくの身体に魔術かけてくれ」
「何の魔術を……」
「ありったけの爆砕魔術を頼む。ぼくの残存魔力全部使うやつだ」
「――――」
魔女は険しい顔をしたまま凍りついた。
巡航島に取り付いていた竜種の無力化に向かっていた巨人の少年――ヘラクレスはエルフの魔女とゴブリンの総長が向かい合っている場に遅れてやってきた。
そして、イアソンが部下二人を引き連れ天魔討伐に行く事を聞くと、鼻息荒く「ぼくもいく」と奮い立ち、イアソンを頭に乗せようとした。
イアソンはそれを拒んだ。
「駄目だ。お前の出番はまだ先だから、ここで待ってろ」
「なんで。そうちょいくのに」
「ぼくが適任なんだよ、任せとけ。西方諸国時代より上手くやるさ」
イアソンが何をするのかわからず、ヘラクレスは戸惑い不安げにした。
そんな中、イアソンは重ねて魔女に依頼した。
「頼む、メーデイア。力を貸してくれ」




