番外編TIPS:戦型編:バッカスの海戦
最も魔物が活きるとされているのは海である。バッカス王国にとって陸地より開拓と防衛が行い辛く、陸地よりも大型の魔物が生息しやすい魔境と化している。
世界開拓事業を行うバッカス王国も海での戦いは避けるばかりではなく、巡航島を生み出し、時に干拓により危険な海を強引に消すという対処も行っている。
他、肺活量に優れたオーク達の中で再興したブロセリアンド士族が海戦の巧者と成長していき、それに追随する形でバッカス全体の海戦能力も向上しつつはある。
基本的な海戦は水上か水中潜航で行われる。海水という「やわらかな壁」がある事から可能なら水中に潜航して戦闘行動を行う方が良い――とされてはいるものの、水中での連携は水上より難しいものとなっている。
巡航島などの大型船舶があればそれらを「動く海上砦」として運用し、魔物との正面切っての戦いを避けるという方法もあるが――船は無敵の城塞たり得ない。
カンピドリオ士族であっても大型船舶があろうが海戦で必勝を狙えるわけではなく、海戦に長けたブロセリアンド士族ですら物量に押されて敗北する事はある。
そのため魔物との海戦を行う場合は「近場の陸上に砦を築き、そこに誘き寄せて戦う」のが好ましいとされている。四方八方を海に囲まれるより水棲の魔物に戦線を崩されても内陸部に逃げれるような場所の方が全滅は逃れやすいためだ。
こうして退路を確保するのは魔物相手に戦う時は重要な事だ。
しかし、人はそれがわかっていても逃げられない戦いに身を投じなければならない時もある。
エキドナ事変。その最後の戦いが、バッカス王国――バッカス政府にとっては不退転の覚悟が必要なものになった。
ヴァルポリチェッラ東の海上に降り立ったエキドナ・アーセナルは何故か東にそれていた進路をヴァルポリチェッラ行きに――ゆっくりと――修正し、全身から魔物を生成し出撃させながら移動。
それに対して政府はかき集めた精鋭達を差し向けたが、アーセナルとその取り巻き、さらには襲来した機甲悪魔によって作戦遂行を阻まれていた。
天魔も魔物の軍勢に助太刀を行っていた。
「姐さん! ゼカリヤとハガイ、予定よりちんたらしすぎじゃないっすか!?」
「予定にない強敵だけではなく、アーセナルの抵抗が激しいから――って名目らしいけど、政治的な意図もありそうね。くそったれめ」
「政治的な意図ってなんすかー!?」
「いま戦闘中だから後でね」
海上を走っていたアルゴ隊所属女冒険者は自分の速さについてこれる後輩冒険者を伴い、遊撃に出ていた。
その最中、二つの大型巡航島――ゼカリヤとハガイが魔物達に群がられ、予定より前に出る事が出来ていない状況に歯噛みしつつも戦闘を継続した。
ヴァルポリチェッラ地下にある神意不可侵領域はバッカス政府にとって重要なものだが、士族によっては「無い方が都合の良いもの」でもあった。
神の侵入を防げる領域は厳重極まりなく、第三者の観測が無いだけに治外法権にもなりやすく、そこでは大半の士族にとって有り難くない駆け引きが行われる密会の場にもなりかねない場所である。
表向きはバッカス政府に助力している各士族は「世界開拓事業による世界平和」という大義に同調しつつ、その過程や結末で「自士族に対する締め付けは緩いに越したことがない」「むしろ政府を上回る実権を握りたい」と自士族の幸福を思うところがあるところも少なくないのだ。
親政府派士族の筆頭格であるカンピドリオ士族ですら、全面的に政府に従っているわけではない。折り合いつかないところは意見する事も多々ある。
ゆえに、バッカス政府にとっては不退転の戦いであってもいくつかの士族にとっては「程々に手を抜いて神意不可侵領域を『事故で』潰させる」というのも選択肢の一つとして存在していた。
今回、本気で奮戦しているのは政府の息のかかった部隊とカンピドリオ・ブロセリアンド・ナスの三士族と、いくつかの小規模士族だけだった。
バッカス王国も一枚岩ではないのだ。
それだけに「本気を出さない部隊」の存在も予想し、それを込みでの用兵を行ってはいたのだが――仮に全部隊が本気であっても厳しい戦いだけに、「バッカス政府」は敗北への道を転がり落ちかけていた。
当然、敗北を良しとしないものもいた。
「さて……ウチの総長はどうでるかしら?」
『―――ンテ、アタランテ、聞こえるか?』
「おっと、移動した方がいい? そっち大丈夫?」
『キツい。どこも押されてる。プロメテウスに狙撃されて竜種の相手すらままならない状況だ。何とかお前達の方でプロメテウスの妨害を――』
「姐さん!」
「ッ……!」
女戦士は――交信中の僅かな隙をつかれ――狙撃されていた。
射抜いたのは一体のイヴリース。つい先程まで、フラフラと様子見しながら舞っていたうちの一体が死角から魔術で強化された弩の一撃を放っていた。
回避し損ねた彼女は腹の3分の2を持っていかれていた。
背骨すらごっそり無くなったが、舌打ちしながら僅かに残った3分の1の腹に魔力を通して骨子代わりにし、続く連撃は蹴り落としていた。
「痛ったいわね――蚊蜻蛉!!」
自力で治療しつつ反撃の射撃を行ったが、それは放った本人が拍子抜けするほどあっさりとイヴリースを撃破してみせた。射撃の腕にそぐわないほど稚拙な回避運動を複数の魔矢が捉えていた。
「なに……?」
「あ、姐さんヤバイっぽいっす。あの悪魔っぽいの、鬼強いのが混ざってます」
その混ざり方は「普通」ではなかった。
通常の操作は「捨て駒」の騒乱者に任せつつ、要所要所で操作を交代している者が存在していた。その狙撃は来るのがわかっていても避け難い弓聖の一矢だった。
そのうえ、どこのイヴリースに「弓聖」が乗り移るかを読むのは不可能に近く、戦線で際立った活躍をしている有志が次々と射殺されていった。
『総長ごめん少し下がる。2分ちょうだい』
「わかったアッキー連れて下がれ! 孤立したらマズい。二人で死角を護りあえ」
『そっちどーすんのよ』
「いまお前に完全に落ちられる方がまずい。何とかするさ。プロメテウスの対処は後回しにする。どっちにしろ、もう少し進まないと捉えられん」
イアソンはそう言ってみせたものの、戦場を縦横無尽に駆けるアルゴ隊の主力二人の援軍到着の時間が伸びる事は由々しき事態であった。
「そうちょ、むこ、きてる」
「左翼抜かれたか。くそ……突入用の戦力をさらに割くしか……」
窮した決死隊。しかし、彼らを救うべく救援が到着していた。
バッカス王国は一枚岩ではない。
だがそれでも、一つのも勝利に向かって戦える仲間は大勢いた。
「よし……よしッ! まだ生きてるな……巨人の坊主!」
「竜牙兵の時の借りを返させて貰うぞ、アルゴ隊」
やってきた救援は武闘派士族の戦士団。
「アルカディア士族戦士団総員に告ぐ」
馬系獣人で構成された士族戦士団だった。
「決死隊の道を切り開くため、ここで命を散らせ!」
「「「「了解!!」」」」
「さあ、疾走るぞ」
彼らの放つ一矢は竜種を倒すほどのものではない。
全員の攻撃を結集したところで、1体か2体を倒せる程度。
だが、それでも彼らにも意地があった。
戦う理由があった。
そして、道をこじ開ける戦法があった。




