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番外編TIPS:情勢編:エキドナ・アーセナル第三次迎撃戦


 ソーテルヌ島の海中より出現し、南下を始めたエキドナ・アーセナル。


 それに対しタルタロス士族主体で行われた第一次迎撃戦は失敗に終わり、ヴィントナー大陸南部で行われた第二次迎撃戦もアーセナルに傷一つ負わせられずに防衛線を突破される事となった。


 バッカス政府はアーセナル予想進路に近い都市・マディラン北側海岸線に第二次以上の数となる巡航島を終結させ、陸地でも第二次迎撃戦前から進めていた対アーセナル用の要塞化を突貫工事で進めていた。


 遠征途中の冒険者クランや戦士団も呼び戻し、過去最大級の迎撃体制を整えつつあったが、これで戦いを終わらせられると思っているものは少数派であった。


 バッカス政府ですら、肝心要のアーセナルに打撃を与える方法である「転移装甲対策」がまだ確立させる事が出来ていない事が楽観を許さない要因となった。


 また、神が第一次・第二次迎撃戦で「バッカス王国が惨敗した」と喧伝した事から「バッカスに一泡吹かせる好機」と見た多数の騒乱者が動きつつもあった。


 騒乱者達が標的にしたのはマディラン北部の要塞も含まれていたが、大半がそれ以外の都市近郊で暴れ、バッカス王国が第三次迎撃戦に注力出来ないように騒乱を起こす事の方が主であった。


 バッカス側も騎士団を総動員し、多数の騒乱者を検挙したものの騒乱者側の動きは迎撃戦の動きに少なからず影響を与えていた。


騒乱者クソ共は最悪、後回しでいい。問題はアーセナルだ」


「観測班はまだ結果を残せていないのか? ヤツに手傷を与えられなければいたずらに人員を割いているだけになるぞ」


「こちらも物見遊山に行っているわけではない。現場は必死にやってくれている」


 政府内が最も注力したのが「転移装甲対策」を確立させる事。


 だが、海上での追撃を行いながらもアーセナルが衰える事なく生産し続けている竜種まものに阻まれ、未だ思うような成果を残せずにいた。


 その事に対する焦りが政府内の会議でも苛立ちを生み、政務官同士で険のある物言いになってしまい、王にとやんわりと諭される事もしばしばあった。


「皆が喧嘩したらするほど神様の思う壺よ。転移装甲の隙間を見つけられないのであれば第二案の方を実施しましょう。……要塞線南部の工作状況は?」


「グレンデル開拓社のおかげで順調です。巨大陥穽おとしあな掘削は一次計画は80%まで完了しています。アーセナルは浮遊していますが、あの巨体を移動させるために微かに浮かせているだけに過ぎないはず……ですからね」


「アレが間に合うとしても、転移装甲で無理やり掘り進める可能性が高いが」


「やっていることは巨大な落とし穴を作るという事だが、狙いは足止めではない。大量の土砂を押し付け、相手の転移装甲を機能停止オーバーフローに追い込む事だ」


「ナス士族の雨乞いは十分な量が間に合いそう?」


「そちらの法陣は今朝、敷設完了しました。エリヤ署長……もとい、騒乱者エリヤがナスの天候管理部署から持ち出していた重要機材も復旧したので」


「土砂と雨による装甲無力化。最悪、それで決着がつけばいいが」


「低空の浮遊で終わらず、飛翔でもされない限りはさすがに何とかなるかと」


「あの巨体が飛んだら悪夢よ。既に十分な悪夢だけど」



 第三次迎撃戦が迫る中、ヴィントナー大陸は未だ荒れ模様の最中にあった。


 討ち漏らした魔物が暴れまわり、初戦で惨敗を喫したタルタロス士族が主体で対応に回っていたのだが――そのヴィントナー大陸にサーベラスの姿があった。


「おい、もっと早く走れ! まだエキドナが見えねーじゃん……!」


『あんま、はしると、キミのからだイタイイタイだから……。それに、かくれながらじゃないと……バッカスのひとに、みつかりそ……』


「はぁ……コイツに期待したおれがバカだったかも」


『ムゥゥゥ……!』


 サーベラスはさすがにムッとしつつ、背中に乗せて運んでいる少年騒乱者を「ころしちゃおうかな」と当たり前に考えた事に直ぐハッとする事になった。


 彼にはその何気ない殺意が「魔物の本能に侵食されつつある理性が溶けかかっている」ためなのか否かが判断がつかない状態にあった。


 確かなのは、確実に人間離れし――完全な魔物になりつつある事。人でありたい未練が彼の理性を守っていたが、それが時間の問題である事をサーベラスは自覚していた。騒乱者はサーベラスが人間であった事などつゆ知らず、度々毒を吐いた。


 ただ、魔物の群れに襲われ、サーベラスが少年騒乱者に覆いかぶさって庇い、魔物達を追い払うと少しは態度を軟化させたのであった。


「おまえ……なかなか見どころがある。おれの子分にしてやってもいい」


『そっかー』


 少しは、態度を軟化させたのであった。


 エキドナを追う道中、少年はたびたびサーベラスに話しかけた。話の内容は理解出来ても唸る事しか出来ないサーベラスは自由に喋れない寂しさから落ち込んだりもしたが、それでも「一人きりよりずっとマシ」と思うようになった。


「お前、魔物のくせにちゃんと戦わない臆病者だからクスリ打たないと駄目って聞いてたけど……戦えば強いよな。魔物のくせに、人間おれを襲わないのもいい」


『ん……おそわなぃ、よ。がんばてる……』


「パパ達のところに戻ったらさ……クスリとか無しでも使ってもらう……ううん、おれたちのちゃんとした仲間にしてもらえるよう、頼んでやる」


『なかま……』


 悪辣な騒乱者の子供である少年はしかし、父親の邪悪さを知らず、無邪気に父親が言う事を信じていた。それ以外の思想は無く、父の言葉こそが真理であった。


「おれ達は差別しない。色んな人種の集合体なんだ。バッカス王国は自由で平等な世界を――とか言いながら、平気で差別してたりするらしいぜ」


『そなことない……と、思う……。よく、しらない、けど……』


「そんなバッカスと違って、見た目でも差別しない。だからお前みたいな魔物でも仲良し出来るなら仲間になれるんだぜ? お前、仲間の魔物もいないみたいだから、おれらのとこで暮せばいいんだよ。その方がしあわせだ」


『しあわ、せ……』


 そう言われた時、サーベラスに過ったのは彼が一番慕って大事にしていた――ずっと傍にいたかったゴブリンだった。


 頼りにならないようで頼りになったり、言葉が喋れないのに根気強く一緒にいてくれた、人のあたたかさを教えてくれた存在。


 サーベラスはその人物の事を――おぼろげになりつつそのきおくを――思い出しつつ、少年騒乱者にとっての「パパ」も自分にとっての「総長」と同じような存在なのかと考えていた。


「でも、おれやパパ、それに妹達のしあわせをバッカス王国は奪おうとしている。パパが言った通りだった、奴らはおれ達の仲間を……兄弟達を、平気で殺した」


『…………』


「バッカスを滅ぼさない限り、おれたちはしあわせにならない。……おれさ、妹に誓ったんだ。この戦いで勝ったら、毎日きれいな服をきせてやって、食べたいもん、なんでも食べさせてやるってさ……」


『……たぶん、きみはバッカスにいったほうがいー。ぼく、もう、だめだけど……きみは、にんげんだし……うけいれーて、もらえっとおも……』


「約束したけど、おれはその約束、守れないと思う」


『え?』


「バッカスはいけすかない悪の国だけど……強い。パパの言った通りだった。命がけで戦わないと、きっと勝てない」


『…………』


「おれは、パパと妹達の勝利のために、この命を使う。命がけじゃないと勝てないなら、おれが特攻してやる。パパのために命が使えるなら最高のしあわせだ。妹の事も、パパが大丈夫って言ってくれた。……おれがいなくなった後もな」


『…………』


「こわくないぜ! おれは、つよいからなっ」


 サーベラスは少年をじっと見つめた。


 少年の身体が震えているのに気づいても指摘しなかった。指摘する声帯を持たなかったから言わなかったのではなく、指摘するか迷って黙って見つめた。


 そして考えていた。少年の生き方を不憫だと思っていた。


 ただ、なぜ不憫なのか考えて……それが悪しき騒乱者のために命を使おうとしている事だと思い、そこから「誰かのために命を使う事の善悪」を考えていた。


『そうちょ、も……』


 嫌だったのだ、と考えていた。


 自分サーベラス総長イアソンのために戦い、盾となり、その結果として死んだとしても問題ない。それが自分の「しあわせ」だと思っていた。


 その事をイアソンに告げた時、怒り顔のイアソンは――泣きそうな顔のイアソンは――サーベラスの生き方を否定していた。


 叱られた彼はイアソンに対し謝ったものの、その時は形式上のものだった。だが、少年騒乱者の生き方を聞いて、少し、イアソンの気持ちを理解していた。


『そうちょは……キミのこぉも、しかると、おも……』


「なに唸ってんだよ。んもぅ……こっちの話がわかるなら人語を喋れよ」


『んー……』


「……おれ、お前とちゃんと……話をしてみてえよ」


『ぼくも……』


「おれたちは、間違ってない……よな? パパが正しいんだよな……?」


『ぼくは……キミに、しんでほしくない、よ……。しぬのって、よくないことなんだと……おも。それに、たぶん、キミがしんだら……いもーとさん、ないちゃぅ』


 サーベラスは沢山の事を伝えたかった。そのために喋りたかった。


『みんなが、にこにこできてると……いーよねー……』


「はぁ……。なに言ってんのか、わかんねー」


『そっかぁ……』


「でも……なんて言うか……お前がいてくれて、良かったよ。おれ一人だけじゃ……パパや妹いないと、さびしくて、泣きそうに……」


 夜の渓谷にて、少年騒乱者は突然立ち上がっていた。


 怪我が完治しておらず、まだ不自由な足で走り出していた。そして離れたところをふらふらと歩いている人影に向かって叫んでいた。それは人名だった。


『どした、の……?』


「妹……! おれの、妹だ! おーい! おーいっ!!」


 少年騒乱者は泣きそうな笑顔を浮かべ、それでいて嬉しげに叫びながら少女の人影に向かい、ゆっくりと走っていった。


 呼ばれた少女の人影は振り返り、夜闇の中、カクカク身体を揺らしながら少年に向けて走ってきて――そして、サーベラスの尾刃に両断された。




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