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番外編TIPS:戦型編:鞭使い


 愛用者は比較的少ないものの、いるところにはいるバッカス冒険者の戦型。


 鞭を使って魔物を打ち倒す、と言うより鞭を使って拘束して妨害するのが基本的な鞭使いの戦い方となる。個人技より仲間との連携を重きを置くのが一般的で、魔物の脚に鞭を絡めて転倒、角や腕を掴んで攻撃阻害が主な妨害方法となる。


 一瞬だけでも隙を作る事で、味方の一撃を入れやすくする事が可能だが、扱いは難しい。致命傷を与えないための刑罰道具を武器として転用しているため、魔物を打ち倒す武器としては扱いづらく、鞭捌きの上手い鞭使いでも森狼などは腰に佩いた剣を振るって戦うという光景がしばしば見受けられる。


 鞭では全く殺せないというわけではなく、例えばの首を絞めて殺すという事も可能である。ただこれは一瞬で倒せる技巧ではなく、複数の魔物を相手取っている時は隙となり得るのは注意すべきだろう。


 他、棘付きの鞭で叩いたり、鞭先に鈍器なり石を縛り付けてそれで殴りつけるという攻撃方法もあるが、殺す手段としてあえて鞭を使う必要性はそこまで無いため鞭は妨害専門で使う者の方が多い。


 草木の多い森では鞭使いは弱くなる、という意見がある。これは鞭を振るったところで木々が邪魔、あるいは草にあたって威力が減衰するという理由である。


 確かにその通りではあるのだが、熟練の鞭使いは魔術で鞭を蛇のように動かすため、鞭で叩くのはともかく拘束手段とする事は草木あろうが不可能ではない。むしろ茂みがある事で死角から鞭を届かせやすいと言う者もいるほどだ。


 鞭使いの亜種として鞭剣――多節の剣を鞭に取り付けたもの――を振るうものもいるが、こちらは妨害以外にも攻撃を得意とするが扱いづらい得物である。


 鞭を使うことそのものが難しく、これは魔術があっても余程鞭に干渉する術が上手いものでなければ使い手を選ぶ戦い方だろう。



「離せ! 離せよ……! この、バケモノッ……!」


『…………』


 鞭はこうして騒乱者を縛り付ける事にも使える。


 正確には鞭のようにも使える尻尾であるが、その持ち主――サーベラスは自分の尻尾で一人の騒乱者を捕まえ、背に乗せて走っていた。


 辺りには小雨がぱらつき、大雨になる気配もあった事からサーベラスは大きな木陰で雨宿りをする事にした。

 捕まえている騒乱者――少年こどもの騒乱者は木陰から飛び出し、どこかへ行こうとしていたが、サーベラスはそのたびに尻尾で捕まえた。


『あめふってる……さむいよ……』


「人語を喋れバケモノ! 魔獣! 魔物のくせに、パパに特別扱いされて……! おまえ、ムカつくんだよ……死ねっ! あっちいけ!」


『……ぼくだって、ちゃんと、おはなししたいよ……』


「バケモノ! 魔物! 死ねッ!」


『ゥー……』


 サーベラスは少年に叩かれ、噛みつかれてもなお尻尾で捕まえたままでいた。


 身体は丈夫であるため少年の攻撃で怪我をする事は無かったが、それでも「バケモノ」「魔物」という言葉にはヘコまずにはいられなかった。


『そうちょ……なんれぇ……』


 アルゴ隊と再会し――そして交戦した時の事を思い出した四足の魔獣サーベラスは犬のように伏せり、前足に自分の顔を埋めた。


 悲しみの中で疑問しつつも、その答えは水たまりに映った魔獣いぎょうを見れば一目瞭然で、サーベラス自身もその事を自覚しながらも「なんで、なんで」と問わずにはいられなかった。


『そうちょと、みんなと…………』


 こうしたい、ああしたい、という願いは両手の指では数えきれないほどあっても、サーベラスはそれを実現するのが不可能だと思っていた。


 アルゴ隊は――総長は変わらず、自分達の仲間であった巨人の少年を探してくれている事はわかったものの、会話して「ぼくがそうだよ」と伝える事すら出来なくなったサーベラスは悲嘆と途方に暮れるしか無かった。


『こぇかぁ、どーしよ……』


「離せー……ちくしょう、おれは、パパの願いを、果たさないと……」


『この子も、どーしょ……』


 一時は魔物としての衝動に駆られ、アルゴ隊との戦闘を行ってしまったサーベラスはイアソンを傷つけてしまった事で我に返り、その後は必死に逃げ回っていた。


 そうしているうちにエキドナ・アーセナル追撃の戦域から脱してしまい、行くあてもなくさまよっていたところで見つけたのが少年騒乱者であった。


 少年騒乱者の方も激しい戦闘で負傷し、片足を引きずり、それでもなお仲間のところへ……アーセナルの守護へと向かい、父の命令を果たそうとしていた。


『あっち……あぶないよ。魔物、いっぱい』


「何言ってんのかわかんねぇー……臭い息かけんな……」


『ぅ……ごめぇぇぇ……』


「…………」


 サーベラスは負傷してもなお戦おうとしている少年騒乱者を保護し、戦線復帰しようとするのを止めていたが、そこから先どうするかは考えていなかった。


「はら、へったぁ……」


『ぁ……そっか……』


 少年騒乱者が段々と弱っていっている事に気づいたサーベラスは、伝わらぬ獣語で「まっててね」と言い、雨の森に一匹で踏み入っていった。


 魔物を殺して食事を調達――しようとして、自分が暴走しているうちに潰した人の感触と断末魔を思い出し固まった魔獣は振るおうとした爪牙を止めていた。


『……たくさん、ひと……ころしちゃった……』


 サーベラスはそれが「とても許されないこと」だと思った。食事のために倒そうとした魔物が反撃してくるどころか、より恐ろしいケダモノだと思って逃げてしまうのを見ると自分がもう「人ではない」と余計に認識せずにはいられなかった。


『……でも、たべないと……あの子、しんじゃぅ……』


 サーベラスは逃げた魔物に追いすがった。冒険者として生きた経験は魔獣の身体になっても活き、「ごめんね」と言いながらたやすく屠って食肉にしていた。


『おにく、いがいも……』


 ぐったりしている少年騒乱者のところへ帰る途上、サーベラスは尻尾を操り、森に実った果実や山菜を器用に取った。


『そうちょが、おしえてくれた……おいしー、やつ……』


 その時の事を――並んで一緒に食べた時の事を思い出すと少しだけ、心が軽くなった。「美味いだろ?」と言って笑っていたイアソンの表情を思い出し、口にする果実の味は獣の頬を少しだけほころばせた。


『……くぇぇぷ、たべたぃ……』


 だが、この果実より美味しいものをサーベラスは知っていた。


『そうちょと……くれぇぷ、たべたぃよぅ……』


 どれだけ過去の思い出にすがろうとも、目の前に広がっているのは残酷な現実は「たのしかったころ」を思い出せば思い出すほど、身を蝕む毒となった。


 だが、涙は出なかった。もはや不要な機能として取り外されていた。


『…………』


「ぉ……くいもん……」


 トボトボと木陰に帰ってきたサーベラスは少年騒乱者に食物を差し出し、ゴロンと横になってうずくまった。騒乱者は喜んで空きっ腹を満たした。


「……こいつ、まだ、使えるかも?」


 少年騒乱者は足を負傷した自分ではアーセナルに追いつけそうもない事からサーベラスを利用して追いつく事を思いついていた。


 相手は父親がやけに念入りに調整した「魔物」ではあるものの、コミュニケーションは取れている様子がある。魔物ではあるものの攻撃して来ず、むしろ食事を取ってきたからこそ利用価値を見出していた。


「おいっ、お前、ひょっとしてどこに行けばいいのかわからないのか?」


『……うん』


「じゃあ、おれが案内してやる。おれたちはまだ戦わないといけないんだぞ? 子供は親のために戦って死ぬのがサイコーの幸せなんだ」


『…………』


「それに……まだ向こうじゃ、おれの妹……ママが同じ妹がいるんだ。あいつ、パパのやりたいこと、ホントにいいのかなぁ……って疑ったりする頭の悪いヤツだけど……おれの、大事な家族なんだ」


『かぞ、く……』


「だから……なあっ! 頼むよ……! おれ、妹のとこに行きたいんだ。アイツ、頭悪いだけじゃなくて弱いから、おれが守ってやらなきゃ駄目なんだよ……」


 利用しようとして、最後は自分の吐いた言葉を――妹の無事を意識して、心配してしまった少年騒乱者は泣きそうな顔を浮かべてしまった。


 それは演技では無かったが、サーベラスにとって事の真偽はどうでもいいものだった。彼にはもう、どこにも行く当てが無かった。


『いーよ……送ってって、あげる……』


 人に言われるがままに、自分の行先を決めた。


 そこにもきっと、自分の居場所が無いであろう事を諦めつつ――それでも魔物としての本能が理性を侵食してきている事に対し、努力して耐えていた。


『…………がんばらなきゃ、だめ、なのかなぁ』


 まだ、何とか耐える事が出来ていた。


『がんばても……なんにも、ならないのに……』


 希望が潰えてなお、本能の侵食が強まりつつあってもなお、人であった頃の未練しあわせと、受け継いだ魔術適正が彼の理性かろうじて繋ぎ止めていた。




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