番外編TIPS:冒険者関連知識編:戦後の作法
バッカス冒険者の多くが魔物と戦い、殺す事になるのだが、殺した後にもやるべき事が存在する。それこそが戦後の作法である。
魔物の死体は売買目的目的で切り分けるつもりはなくとも五体はバラバラにしておく事が望ましい。これはアンデット化した際の事を考えた処置である。
魔物は人間ほどにはアンデッド化しづらいとはいえ、なる時は成ってしまうものである。大規模な魔物の群れとの都市防衛戦の後などは絶対数が多くなるためにアンデッドによる二次災害が起きやすくなっている。酷い時は長引く防衛戦中にアンデッドが戦列に加わるほどである。
せめて五体をバラバラにしておけばアンデッド化して暴れられても脅威度は格段に下がる事となる。アンデッドもある程度は五体満足でなければ弱くなるためだ。
先述の大規模な都市防衛戦後などは暫定処置として五体をバラバラにしに走る者の姿が多く見受けられる。死体細断用の大剣が都市に備えてあるほどである。
究極には灰にしてしまうのが確実だが、野焼きでそこまでするのは化学的に難しく、魔術的にも高難度。武器強化魔術でみじん切りにする方がまだ楽なほどだ。
防衛戦以外の平時の冒険でもアンデッド化による再起を減らすため五体解体が推奨されている。推奨であって義務ではないが、忙しくないなら斬っておく事が自分自身を救う事につながる時もある。
また、解体した死体は持ち帰るつもりが無いなら埋めるのが良いとされている。これは無造作に転がる死体を見て他の冒険者がビックリするから――ではない。
死臭は魔物、人間、どちらの死体であるかを問わず、魔物の警戒心と戦闘本能を刺激するため、臭いの元をできるだけ絶っておく方が良いためだ。
が、埋めるのは面倒なので、ここまでやる冒険者はあまりいない。薬品で臭い消す方法もあるものの出費ばかりがかさむ事となる。
ギルドが死体処理推奨しているとはいえ、考課にも然程影響のない事であるため、戦後作法を守る冒険者はいても最低限の五体解体をする者ばかりである。軽視すべきではなくとも、皆、面倒な仕事は増やしたくないのだ。
エキドナ事変――そのアーセナルと対峙した戦いにて、バッカス王国は多数の熟練冒険者と士族戦士団を動員し、エキドナ・アーセナルの追討と迎撃を行った。
アーセナルはただひたすら南下し、その行軍を守る形で魔物や騒乱者の子供達がバッカスを阻み、激戦が繰り広げられ、多数の死者が出ていた。
人魔問わず、立場も問わず、戦場となった都市郊外には多数の死体が野ざらしにされていた。それを放置すればアンデッドが生まれる事はバッカス側も理解していたものの、丁寧に戦後の作法を実行するにはあまりにも時間が足りなかった。
こうして多数の死体が野ざらしにされた事でエキドナ・アーセナルの進路近辺ではしばらくアンデッドとの遭遇戦、都市襲撃が頻発するようになった。
しかしそこまで戦後の作法を後回しにしてもなお、アーセナルは無傷のまま大陸を縦断。バッカスが用意した第二防衛ラインたるヴィントナー大陸南部を突破し、そのまま海に出てひたすら南下を続けていった。
「クソ……あんなの、勝てるのか……?」
「ボヤくな。アーセナルから出てくる魔物の討伐は多少出来てる。放置して好き放題に魔物バラまかれるより、張り付いて駆除出来る方がマシ……と思うしかない」
「だけどよぉ、あのデカブツ本体を何とかしない限り、ずっとコレだぞ? ……ラインメタルの在庫も有限だ。これが長期間続くと、こうやって追討する余力すら無くなって……世界中に竜種がバラまかれるのを、ただ見守るしか無くなる」
「それだけだったら、まだマシだな」
「マシ? どこが?」
「世界地図にアーセナルの進路を描いてみろ。その延長線上に何がある?」
「…………首都だ」
「そう。……首都が陥落したら、世界中の都市間転移ゲートが機能不全に陥る。それに比べたらラインメタルの在庫が切れるのは、まだマシな未来さ」
「そりゃバッカス滅亡が早いか遅いかの違いしかなくないか?」
「そうだな。だから……何とか、するしかねえよ。俺らも次の戦場に行こう」
「おう……」
都市間転移ゲートの機能停止。
それはバッカス王国にとって全身の血流が止まるに等しいものだった。都市間転移ゲートは便利なものだが、便利過ぎるゆえにゲートが使えなくなると「多くの都市が一年と維持出来なくなる」と言われているほどの大動脈なのだ。
500年近い年月をかけ、積み上げてきたものが瓦解する危機に陥る事になる。それは全国民にとっての悪夢だった。……本当に、アーセナルが首都を目指しているのであれば。
どうあれ、エキドナの存在はバッカス王国にとって無視出来ない驚異であるため、多数の冒険者が動員されていた。
自力で保険をかけられない駆け出し・中堅冒険者の動員も検討はされたものの、いたずらに人命とラインメタル在庫を散らすだけだと結論付けられ、対応に出てきたのは熟練の者達。その中にはアルゴ隊の姿も当然にあった。
「陣地転換だ……ゲートで首都北部に移動して、出来れば海上でアーセナルを仕留める……。巡航島が集結してるから、今度こそ……」
「おい総長。なに起きてんだよ」
「まだ寝てろ。病み上がりにも程があるだろ」
「寝てらんないっつーの……」
アーセナル追討戦――その中のサーベラス遭遇戦において、サーベラスの尾刃に打ち落とされ、踏み潰されたイアソンは瀕死の重傷を負っていた。
治癒で怪我は治ったものの、重症の名残で一時的な幻痛などの症状に襲われていた。だが彼は救護所から抜け出し、部下達の前に出てきていた。
「サーベラスは、討ち漏らしたんだな……?」
「ああ。他の隊が殺したって話も聞かない」
「総長を踏みつけた後、他の竜種が横槍入れてきたところで撤退したよ」
現場に居合わせ、イアソンの救助を行ったカストルとポルックスの言葉を聞いたイアソンは一つの疑問を持たずにはいられなかった。
「アイツは……サーベラスは、悪魔か?」
「ん? どうだろうな……慌ただしくて、その辺を検証する暇は無かったけど」
「確かにあの大きさの魔物にしては引き際が良すぎたな。馬鹿デカい魔物ならこっちを見失って行ってしまうのはよくあるが、サーベラスぐらいの大きさなら自分が重症を負ってこようが食らいついてくるのが普通だ」
「それにアイツ……ぼくらと交戦を開始した時、殆ど逃げ回っていた。そのくせ逃げ切らずにこっちに向き直ってたのは戦おうとしてたのか……別の意図があったのか……普通の、悪魔とは違うような……」
「別の意図? 例えば?」
「……ぼく達を、見てた、とか?」
カストル達は「十二試練には天魔もいる」「サーベラスも悪魔なんだろう」と言いつつも、イアソンと同じ疑問を膨らませつつあった。
「サーベラスは……ぼくを、即死させれててもおかしくなかったはずだ。でも……何というか、攻撃に思い切りが無かった。無理やり、止まろうとしてるような……変な感じで……」
「いたぶろうとしていた、と?」
「いや……よくわかんないけど……殺せたのに、殺さなかったのは確かだ」