別れ:泣き虫巨人と嘘つきゴブリン
「お前はもうクビだ。冒険者も辞めさせる」
「…………?」
アルゴ隊に所属している――所属していた――巨人の少年は遠隔蘇生により目覚めて直ぐ、総長であるイアソンに言われた言葉が理解出来なかった。
ただ、「お前なんかもういらない」と説明されると、天魔相手に負け、一度殺された自分の立場では「そう言われても仕方ないかも」と思った。思う事にした。
だがそれでも、少年は総長と別れるのは嫌だった。
「そ、そうちょ……かてなくて、ごめ、なさい……」
「…………」
「つぎは、がんばるから……もっとがんばる、から」
「駄目だ」
「ぜったい、勝つから……!」
「駄目だ」
「っ……ぅ……! ぅ、ウゥゥ……!」
「泣いても駄目だ。お前は負けて殺された。ぼくはお前の実力に疑問を抱いている。今までは…………お情けで雇ってやってただけだ」
「やだ……やだよぅ……」
「駄目だ。お前は冒険者に向いてない。冒険者という稼業事体、辞めさせる」
少年は才能の塊だった。生まれつき常人より強く――強くなりやすい存在として作られたという事もあるが、その戦闘能力は既に一線級を遙かに超えていた。
だが、それでもイアソンは彼をクビにする事にした。昔の伝手を使い、少年の冒険者資格を既に凍結させてもいた。
少年は明らかに今後のバッカスを担う存在であったが、まだ子供であるという事と、今までアルゴ隊の総長として――バッカス政府高官直属の工作諜報員として――国に貢献してきたイアソンの強権は、もはや少年に覆せるものでは無かった。
出来るのは泣いて、訴える事だけだった。
「そうちょ……やだよぉ……捨てないでぇ……」
「ッ……!」
「ぼく、まだ、がんばれるからぁ……! もっと、もっと……そうちょの、ために、戦える、からぁ……! ひ、ぐっ……! そうちょのためなら、何でもするから……死ぬの、いいからぁ……ばいばい、やだよぉ……」
「お前はホント、泣き虫だな! そうやって泣いてるから、弱いんだ」
「ゥー! ウゥゥゥー……!」
少年はイアソンの言葉を理解した。
拾われた当初よりも格段に言葉を覚えた成果だった。
理解したいからこそ、必死に覚えてきた。
理解したからこそ、泣き止もうとした。
だが、それで直ぐに泣き止めるほど器用ではなく、歯を食いしばって口をつぐめばつぐむほど、大粒の涙がポロポロとあふれる事になった。
少年はそれが嫌でたまらなかった。
泣き止まないと、総長に捨てられる――そう思うからこそ目元を拭い、頬をつねり、必死に泣き止もうとした。涙こぼれる眼をえぐろうとして、慌てて飛びついたイアソンに全ての自傷行為を禁じられた。
「お前の! そういうところが……駄目なんだよッ……!」
「ゥ、ゥッ……ゥゥゥ……ぅっ、うぁぁぁ……!」
「お前は弱い! 泣き虫巨人だ! そんな弱いヤツに冒険者をやる資格はない!」
「ぼく、ぼくっ……ぼくなら、そうちょの、盾、なれるのにっ……!」
「そんなものいらない……。ぼくが欲しかったのは、そんなものじゃない」
「おかね? おかねいる……? ぼく、そうちょにもらったお金、全部あげ……」
「いらない。お前なんか……お前なんかな! もうっ……いらないんだ」
「ゥ……」
「アルゴ隊はバッカス最強冒険者クランだ。死ぬだけならまだしも、お前みたいにしょっちゅう泣いてる弱チンなんかいらない。お前は……今日から、グレンデル家に預ける。もう一生、冒険者稼業なんてさせないからな……」
巨人の少年は泣いてすがりついたが、ゴブリンの総長は取り合わなかった。
その様子を見守っていたアルゴ隊の面々はいたたまれない表情をしていたものの、泣きべそをかいている少年に視線で助けを求められても、何も言わなかった。
総長であるイアソンの決定に従い、目をそらした。
そらした先に見えたものを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
彼らが見てしまったもの。
それは、武器を引きずり、近づいてくるエルフであった。
「やばい。アレは総長死んだわ」
「逃げよ……」