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番外編TIPS:種族編:ゴブリンの生活


 かつて、ゴブリンとは貧者の代名詞であった。


 空は飛べるものの、身体が小さく力も弱い彼らにとって、世界は常人より遙かに強大で恐ろしいものであった。魔物どころかそこらの鳥ですら油断ならない外敵であり、力仕事も苦手なためにその生活は質素なものになりやすかった。


 数少ない救いは身の丈の小ささから少食なものが多い事であったが、それでもゴブリン以外の種族に比べれば活躍の場はとても少なかった。


 だが、バッカス王国が建国され、誰もが魔術の才を持つ事が可能になると「小さく弱い」というハンデキャップは年々、軽減されていく事となった。


 常人と比べれば魔術有りでも力は弱いが、現代においては身体強化魔術を使ったゴブリンが30キロ以上の荷物を持ち上げるのはそこまで珍しくなくなった。


 また、力仕事で他種族と競わず、持ち味を活かす事で冒険者業界においてはゴブリン種の索敵手は信頼されやすい存在となっていった。


 最初から魔物と正面戦闘能力は切り捨て、索敵や隠形魔術の強化に集中した結果、斥候の専門家が多く育つ事となった。ゴブリンは寿命も長い事もあって、知識や経験を積み上げたベテランも育ちやすくなっている。


 また、集中して特技を磨く事は親から子へ魔術適正が引き継がれやすい現象にも影響し、世代を重ねれば重ねるほど、ゴブリン種は索敵の専門家になっていった。あくまで直接戦闘は苦手であるため、他種族との協同がほぼ必須ではあるもののの、ゴブリンはゴブリンで特技があり、バッカス王国という多種族の受け皿は特化しているからこそゴブリン種の存在を昇華させていた。


 種族としての価値を高めた事は、生活の余裕にも現れていく事となった。


 元々、ゴブリン種は生活費は安くすみがちである。


 小さな体躯は犬小屋程度の広さでも十分な住居となるので、家賃は当然安く済む。アパートによっては屋根裏にぎっしりゴブリン用の小さな個室がいくつもあり、ゴブリン種以外はアパート最上階の部屋を専有出来ても、屋根裏にゴブリンアパートがあるか否かを入居前に警戒しなければならないぐらいだ。


 食費も安く済む。しいて問題を挙げるとゴブリン用を想定してない食事は量が多すぎて食べきれないという事があったが、その事から他種族向けの食事を「同じゴブリン同士でシェアする」という事が当たり前の文化となり、同種族同士の横の繋がりはゴブリン種が一番とされる一因となった。


 その他の費用も、ゴブリン種は他種族の「こども料金」より下の「ゴブリン料金」である事が多い。総合的に見ても彼らの生活費は常人の10分の1ほどとされており、それでいて冒険者稼業などでは「他種族と同じ報酬」なので、余程贅沢しなければ少し働くだけで他種族の10倍はノンビリ生活出来るようになっている。


 ゆえに、現代においてゴブリン種は貧乏ではなく、小金持ちである事の方が多くなっている。身体が小さく他種族とは違うところも多いが、それでも「むしろゴブリンになりたかった」と思う者は昔に比べると格段に増える事になった。


 彼らは小さなままだが、持たざるものでは無かった。


 そんなゴブリン種の中で、最も成功しているゴブリンとして名を挙がる者の中にアルゴ隊の総長・イアソンはいた。


 実際、彼は成功者である。節制し、下手な商売に手を出さなければ成功者である。名が知れているという意味では成功者であるが、本人の金遣いの荒さから金銭的にはそこまで貯蓄は無かった。金が入ってきてもパッと使ってしまう男だった。


 そんな彼が都市郊外で死に、遠隔蘇生の世話になる事となった。


 保険代は高価ではあるが、バッカス最強の冒険者クランであるアルゴ隊の総長という事もあって、保険代を稼ぐのは造作もない事であった。


 死んで二体の天魔は倒せなかったとはいえ、大混戦の末に当初討伐目標としていたラドゥーン。さらには新手であるパイアとついでにデルピュネも討伐していた事もあり、首都にて蘇生後、ギルドは直ぐに彼に報酬を用意した。


「ハーイ、100万はウチのツケで確保ネー」


「50万、貰ってくぜ総長さん」


「おい待て、弁済順位順だぞ。はい、ウチは200万ー」


「ギエエエエ! ぼくのお金が~! 持ってかないで~~~~!」


 イアソンが死んだ噂を聞きつけた債権者が彼の後をつけ、ギルドで報酬を受け取ったところに「ワッ!」とおしかけ、行列を作りつつ、押し合いへし合いの末に報酬は全てパァになる事になった。これにはギルド職員も苦笑い。


「誰かお金貸してください。今日食べるものにすら困るんですぅ」


「「「「「…………」」」」」


「ぼ、ぼくはアルゴ隊の総長だぞ!? 三倍返しだぞーーーー!!」


「「「「「…………」」」」」


 バッカス最強クラン総長としての勇名はあれども、金遣いの荒さもそれに順ずるほど知られているため、彼に金を貸す者は殆どいなかった。殆ど、いなかった。


「はいこれ。保険代と当面の生活費ね」


「ひーーーー、いつも助かってます隊長殿ォ!」


 近衛騎士隊の白いスーツを着た男は数少ない例外であった。イアソンも、彼から金を借りる時は、珍しく几帳面に借金を返していた。


 男は毎度、苦笑いしながら「そういうとこで几帳面になる前に、日々の生活を改めた方がいいんじゃないかな?」とは言っていたが。


「へへ! 隊長殿、一杯奢りますよぉ。いま借りた金で!!」


「あ、ごめん、今日は妻と娘と約束があってね……」


 男の言葉にイアソンはニヤニヤとした笑みを浮かべ、「娘さんと上手くいってるようなら何よりっすわー」と言い、男は首を振って「まだまだだよ」と返した。


「隊長殿は良い父親になりますよ。まあ、ぼくが保証してもどうしようもない話っすけどねー。親の事といい、自分自身が離婚した身だし……」


「僕はまだ遅くないと思うけどね。例の少年とは上手くいってるんだろう?」


「…………それも、よくわかんなくなっちゃって」


 イアソンは、自分を慕う巨人の少年に、かつての自分を重ねていた。


 我のない少年の生き様に、「このままでいいのか」と惑っていた。


「……今回、ぼくが死んだ経緯いきさつは知ってます?」


「現場の細かな事情はともかく、表面的な事は聞いているよ。お手柄だったね」


「でも、天魔二体は倒し損ねるどころか、返り討ちにされました」


「そういう時もあるさ。相手は今まで、何度もバッカスの追及を逃れてきた相手だ。いくらキミ達がバッカス最強の冒険者クランでも、負ける時は負ける。次は今回以上の力と対策を積んで挑めば大丈夫だよ」


「…………」


「蘇生後辺りに、神様に何かを言われたのかな?」


「ありゃ……そっちも知ってましたか」


「神様の現出は政府でも観測していた。このタイミングだからキミのところにでも行ったのかなぁ、と思っていたんだけど、例の試練の事で話があったのかな?」


「ええ、まあ……一つ、情報を貰って」


 イアソンはその情報をもとに、次の「冒険」に行く事に決めていた。


 そして、それに絡んでもう一つ――巨人の少年に関する事を決意していた。


「こっから先は、ぼく達だけでやります。アイツはもう、冒険者、辞めさせます」


「そうか。キミはそれでいいんだね?」


「良い悪いというか……嫌なんですよ。アイツが、昔のぼくみたいに、自分の……自分なりの正義を、人に預けて、自分の命を軽く見積もって生きるのを見るのが」


 俯くゴブリンに対し、男は「よく考えて、よく話し合うべきだと思うよ」とやんわり告げたが、イアソンの意志はもう固まっていた。凝り固まっていた。


 だからこそ、別れを告げる事にした。



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