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番外編:冒険者の道具編:打鉄


 クヴェヴリに工房を構える狗甲くこう商会が作成・販売している剣の名称。正式名称は斬打併存型武装・打鉄であり、打鉄シリーズとして生産が続いている。


 一見すると単なる鞘に収まった刀剣だが、刃は日本刀のそれより格段に厚く、ものによっては常人の指二本分の厚みを持つ。実際に刀剣として魔物相手に振るう武器なのだが、打鉄は鈍器としての性能も両立するよう設計開発された刀剣である。


 刃物としては一般的な剣と同じように抜き放って使いつつ、鈍器としては鞘に納めたまま振って棍棒のように使えるよう設計されている。


 当然、鞘に納めたまま振って鞘だけすっぽ抜けて飛んでいっては意味が無いので、鈍器として使う際には外れないように鞘のロック機能が作動させつつ、打撃により内部の骨子となっている刃が傷つかないように配慮がなされている。


 鈍器としての利用も見込んでいるため鞘は金属製。当然、携帯するうえで一般的な刀剣より重くなるのだが、これ一本で斬打両立運用が可能な事からコアな愛用者は少なくなく、現在も作成・販売、新式開発が進められている。


 元は狗甲商会企画のものではなく、食肉狩猟冒険者クラン・新鮮組の依頼で作成される事になった武器で、開発段階では打鉄という名前ではなく、工房内では兼定と名付けられていたが依頼主によって「他人の名を勝手に使うな」と言われた事で打鉄シリーズとして生まれていく事ととなり、そこから新鮮組以外にも一般に販売されていく事となった。


 初代は刀剣と棍棒としての機能を一本で備えるように作られたものであったが、現在の打鉄は鞘を柄と連結する事で長巻のように使えるようになっている。刃は反りのあるものから直刀へと設計変更される事となった。


 また、打鉄制作のきっかけを作った依頼主が鞘をロックして打撃武器として使いつつ、途中でロックを外して意図して鞘をすっぽ抜けさせるという使い方をしていた事にヒントを得て、スペツナズ・ナイフの如く鞘を射出する機構を搭載したものも一部作成されている。


 最初の使い手は既に故人であるが、現在も打鉄は魔物を斬り、魔物の頭蓋を砕く斬打両立の欲張りな武器として生き続けている。


 イアソンが巨人の少年と、無理やり決別しようとしていたその時。


 魔女・メーデイアはアルゴ隊とは別口に――アルゴ隊が全滅した時点で陸路で討伐隊の生き残りを率いて――首都へ帰還してきたばかりであった。


 帰ってきたところで古馴染ミカドに「イアソン君がまたやらかしてるよ~」と聞き、眉間にシワを寄せながらイアソン達のところに向かっていた。


 その途上、武器屋によって適当な武器として打鉄を買い、その先端で首都の石畳をガリガリと引っかき鳴らしやってきて、打鉄を振り上げた。叩くために。


「この……学習能力の無い……」


「お前なんかグレンデル家に行っちまえ!!」


「わあああん……!」


「甲斐性無しのっ! 糞ゴブリンッ……!!」


「もう話はつけグェーーーー!」


 振り上げられた打鉄は打撃武器としてイアソンの身体に振り落とされ、「ぐんにゃり」とゴブリンの身体をへこませた。中身が出なかったのは奇跡だった。


 ただ、死ななかったのは奇跡では無かった。殴りつけたメーデイアが打撃と同時に治癒魔術をかけ、無理やり生かしたためだった。


「ぐ、ぐぇ……誰だ殴ったの! ゲッ! メー……! 何でここに……」


「アンタがまた、一人思いつめて一人勝手に決断したのを諌めに来てやったのよ。腐れ縁として、仕方なく……早くお風呂入りたいのにガマンして、わざわざ」


「はあっ!? ぼくは諌められるような事なんてしてなイタタタタタ! やめて、いたい、いたいぃっ! 股間が、股間がのびちゃう……!」


「じゃあ、何でこの子は泣いてるのよ。アンタが馬鹿だから泣かせてるんでしょ」


 メーデイアは気まずげに黙るイアソンを鷲掴みにし、少年へと突き出した。


 そして、少年に向けて語りかけ始めた。


「いい? コイツは本当にまるで駄目な嘘つきゴブリンだけど、貴方の事は、それなり以上に考えて思いつめてるのよ。馬鹿だから馬鹿な結論しか出てないけど」


「クビにするヤツの事なんか考えてない!」


「馬鹿でわかりにくい糞男だから、私がこのカスの気持ちを代弁してあげる」


「やめろ」


「コイツは、貴方の事がとても大事に思ってるわ」


「ちがう!」


「でも、人に好意を向けて裏切られるのが怖くてたまらない臆病な男なの。それだけじゃなくて意地っ張りで、素直になれない面倒くさい男なのよ」


「ちがうっ!」


「だから、あーだこーだと言い訳しながら、貴方の事を可愛がってるのよ」


「可愛がってない!」


「貴方の事が大事だから、遠ざけるの。健やかに生きてほしいのよ」


「そんなことわけないだろ! コイツがもういらないから、捨てるんだ!」


「あ、そう。じゃあこうしてもいいのね?」


 メーデイアはイアソンを鷲掴みにしたまま、うずくまる巨人の少年の額をコツンと叩き、魔術を行使した。


「おいっ! いまの魔術、まさか……!?」


「この子の脳みそがじっくりと膨張した末にパンッ! と爆発する爆裂魔術よ」


「わーーーー! やめろぉーーーー!」


「と、誤認する偽装魔術と馬鹿なアンタの頭がさらに馬鹿になって自白するように魔術をかけただけよ。馬脚を現したわね馬鹿」


 ニンマリと笑った魔女はゴブリンを少年に押し付け、「これがコイツの本音よ」と告げていた。イアソンは「違う!」「そんなわけないだろ~!」と盛んに否定し、引き渡された少年の手中で暴れた。


 少年は呆けていたが、それでもイアソンをしっかりと握っていた。逃さないように握り、そして戸惑いながらイアソンとメーデイアの間で視線をさまよわせた。


 大好きな総長の言葉と、メーデイアが代弁した言葉、どちらを信じればいいのかわからず、オドオドとしているところでメーデイアに話しかけられた。


「貴方は、どっちを信じる? どっちを信じたい?」


「ぅ……ぅぅ……わ、わかんな……」


「よく考えてみなさい、自分の頭で。そこの馬鹿は、馬鹿だから考えたところでどうしようもないけど……せめて、貴方はしっかり考えなさい」


「ぅ……」


 少年は「そんな難しいことわからない」と思っていたが、それでも自分の手の中から逃げようとしているイアソンを逃さず、問いかけていた。


「そ……そうちょ……。ぼくのこと、きらい、なった……?」


「き、嫌いだ! お前は……弱っちいから、嫌いだ! 離せっ!」


「…………しんじない」


「なんだと」


「そうちょうの、きらい、信じない。や、やだ……やだから、しんじないっ!」


「し……知るかっ! いいから、離せ!」


「やだっ!」


「うるさい! ぼくだって、嫌なんだよ! ぼくだってなぁ……! わかってんだよ! お前が誰よりも才能あるって……。でも、駄目だ! 戦う才能はあっても、お前みたいに、自分の命を粗末にするやつは……冒険者に、向いてないんだ!」


「…………」


「だから……お前は、冒険者やめろ。これは、総長命令だぞ!」


 イアソンの言葉にメーデイアは表情を歪め、舌打ちしかけたが少年がアッサリと「わかった」「そうちょの、言うとおり、する」と返した事で黙った。


「そうちょが、いやがること……したく、ない」


「…………」


「で……でも、ねっ? ぅ……そうちょ、さよなら、やだ」


 少年はまた涙ぐみそうになりつつも、嫌われたくない一心でそれを我慢した。そして、まだまだ拙さの残る言葉で必死に自分の言葉を伝えた。


 総長の命令に従って「いいこ」にしている代わりに、総長が仕事を終え、都市に帰ってきた時は会いたい。これで「さよなら」は嫌だ、と訴えた。


「そうちょと……お話、もっと、いっぱい……したいっ」


「…………」


冒険ぼーけんとか、都市郊外おそとの、話……ききたい」


「…………」


「ぼく……もう、おはなし、できる、よ? ヘタだけど……んと……えと……! もっと、もっと、じょうずなる、がんばる……からっ……!」


「…………わかった」


「もっと、べんきょ、するからっ……」


「わかった、わかったから」


 イアソンは頭を振り、小声で「ちょっと、あっち向いてろ」と言い、しばらくの間は黙っていた。もはや取り繕うのは限界だった。


 少年は素直にその言葉に従った。いつまでもいつまでも、イアソンが「良いぞ」と言うまで待ち続けた。どれだけ待つのも苦では無かった。


 待たなくて良くなってから、二人は朝まで話をした。


 少年の拙い言葉はイアソンが意を汲み取った。ただ、出会ったばかりの頃は考えられなかったほど、意思疎通が出来るようになっていた。


 その言葉はもう、イアソン以外でも十分に通じるものになっていた。


「……お前、いっぱい喋れるようになったよなぁ」


「んーん……へた……まだ、ぜんぜん」


「そんなことない。…………がんばったな!」


「へへ……! ぼく、がんばた……!」


「……突き放そうとして、悪かった。ちょっと、動揺したんだ、お前が……昔のぼくに似てて……お前が、傷つくのを見るの、嫌だったんだ」


「ぅ……ごめぇ……」


「お前が謝る事じゃないんだよ。ぼくが悪いんだ」


「ぅ……」


「でも、頼むから、お前はもう冒険者稼業は辞めてくれ。誘ったぼくが言うのはおかしいけど、でも……頼むから……な? お前のお母さんを探すのは、キッチリ最後までやるから。もうちょっと、待っててくれ」


「ん……」


「…………ごめんなぁ」


 時折、イアソンの言葉は聞こえづらいものになった。


 そうなった時は、少年が汲み取る番だった。素直になれず、声を震わせる事もしばしばあるゴブリンの言葉がちゃんとわかるぐらい、少年は成長していた。


 イアソンはその事に対し、「もう、ぼくがいなくても大丈夫だ」と思っていた。そう思っていたが言わなかった。彼にとっても、それは言いたくない言葉だった。


 二人はよく話し合って、それから、別れる事にした。


 ただ、それは今生の別れでは無かった――無かったはずであった。


「そうちょ……」


「んー?」


「…………またねっ」


「おう!」




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