番外編TIPS:バッカスの祭編:弔魂祭
バッカス王国の祭。バッカス建国後、一部で行われていた弔いの儀が国全体の行事となったもの。祭と言えども、どんちゃん騒ぎが好きなバッカス人も弔魂祭の日ばかりは静かに、昔を懐かしみながら過ごしている。
バッカス人の多くは定命であり、身体は健康であっても魂の寿命が限界に至ると蘇生魔術すら受け付けない死に至る。
寿命による死を迎えた者達の魂は砕け、下へ下へとこぼれ落ちながら消えていき、神が「虚無」と呼んでいる世界の終端へと向かっていく。
虚無に留まることなく、消滅し、どこにも存在しなくなるとされており、神曰く「あの世なんてものは存在しない」「オレですら観測出来ていない」「ただいなくなるだけだ」と幽世の存在を否定している。
バッカス国民は素直に神の言い分を信じたりはせず、「死者は生前の行いに応じて天国と地獄に送られる」と根拠なく神の言葉を否定し、天国と地獄があるからこそ「現世から消えた魂は消え去ったわけではない」「善人は邪悪な神の手が及ばない楽園に至る事が出来たんだ」と信じている。
この信仰により弔魂祭が生まれた。
祭りでは死者に対して書いた手紙を用意し、火に焼べて燃やし、それによって「死者のもとへ手紙を贈る」という儀が行われる。あくまで手紙を贈るものであって死者を迎え入れる事はない。
異世界の盆のような行事は基本的にバッカスには無い。彼らは自分達が生きる世界が神と魔物により荒らされている生き地獄と認識しているがために、「せめて死者は別世界で穏やかな日々を送ってほしい」と思うがゆえに文化である。
火に焼べる手紙の内容は個々人の自由である。それこそ踏み倒された借金の督促状を燃やすものすらいる。ただ、多くは親しかった故人に自分達の近況を伝えたり、想いを告げる手紙を書いている。
日記のような厚さの手紙を綴り、弔魂祭の日にまとめて贈る者もいる。
普段は粗暴な愚連隊であるアルゴ隊の面々も、弔魂祭は大事にしている者が多い。弔魂祭に合わせて休暇を取らない者も遠征先で手紙を火に焼べ、贈っている。
ただ、イアソンだけは弔魂祭を嫌っていた。
周囲が「今年こそは書いてやれよ」と催促しても、ふてぶてしく「いやだ」と言うばかりで、その対応を長年ずっと曲げないでいる。
巨人の少年は、普段は飄々としているイアソンが、弔魂祭に関してはとても頑なに遠ざけている事に関し、恐る恐るながらも理由を聞いた。イアソンはそれを教えてくれなかったが、他のアルゴ隊メンバーは密かに理由を教えてくれた。
「総長はな、凄え仲の良い冒険者がいたんだよ。ウチの創始者の一人だ」
「お前の名前もな、その人にあやかってつけられたもんだ」
「ぼくの……」
「腕っぷしも凄い人だったんだけどね。……残念ながら寿命には抗えなくて」
「いい加減、その人に手紙の一つでも書いてやって欲しいんだけど……総長は、大親友が死んだ事を、まだ、認めたくないんだよ」
「……てがみ、出しぁほーが、いーの……?」
「うーん……まあ、普通は個人の自由なんだけどさ」
「その人が遺言で、たまにでいいから、手紙をくれって遺してたのよ。総長にね」
「総長はその遺言だけ、履行してねえんだわ……」
「ゥ…………」
少年はイアソンと、その親友に対して「かわいそう」という感情を抱いていた。
ゆえに自分に何か出来ないかと考え込んでいたが、弔魂祭でイライラしてるイアソンに「夜更かしだめだぞ!」といつもより早く寝かしつけられる事となった。
「明日から仕事だ! しばらく遠征だぞ、お前もついてこい」
「おまつり、は……?」
「……弔魂祭には出ない。出たくない。お祭りって言っても別に騒げないしつまんないだけだぞ。屋台も出ない。まあ、お前が参加したいなら……お前だけは残っていいけど、お前は別に手紙を書くような死者もいないだろ……」
「そうちょ、は……?」
「だから……ぼくは仕事だ。仕事だから、祭に参加しないのは、仕方ないんだ」
「ゥ…………じゃ、そうちょに……ついてく……」
「ふん……好きにしろ。ほら、寝るぞ。お腹出して寝るなよ?」
「ん……」