世界を否定する鋼鉄
「──え、カタリン?」
お姫様が正気を取り戻した。眼鏡の奥の瞳は、まだ涙が乾いていない。
「会長。もう大丈夫です。ナツミ先輩も無事です。だから何も質問せず、何も恐れず、聴いてください」
俺は離れた町まで見渡せるくらいの高さで、空に立っていた。
その両手にはしっかりと、会長をお姫様抱っこ。多分あとで殴られるだろう。
「──うん」
会長は取り乱す事もなく返事をして、遠くの何かを見つめる俺の顔だけを、じっと見た。
「俺が見ている方向を、会長も見てください」
「──うん」
会長は素直に顔をそちらへ向けた。
「川の隣にある車道。そこをゆっくり走る、青い路線バスを確認できましたか?」
「──うん」
さっきの救出劇や世界を見渡す程度ならまだしも、これは僅かながらも誤魔化せない歪みを世界に蓄積させる事になるだろう。
仕方の無い事。それはあとで考えよう。
「そのライフルで、あのバスを、できれば運転手を撃ってください」
「──え?」
「アナライザーの認識自体を阻害している、いわば元凶です」
「何?」
会長は冷静にぶら下がるライフルを掴み、構えると、スコープをのぞいた。
「…………運転している人影は確認できるが、距離がありすぎてぼやけている。カタリン、あれが世界核である確証はあるのか? 私には普通の路線バスが徐行運転中にしか見えない。そもそも君はウチのアナライザー以上に世界が見えているというのか? そんな報告は受けてないし、君が間違えていて、撃った相手が一般人だったなど、シャレにならないぞ?」
「……86、58、85」
真顔でヤツを目で追いながら言う俺に、呆然としながら「うそだろ」とこぼし、会長はすぐさま襟のインカムに手を伸ばした。
「ナツミ、モニュ堂の奥にある川沿いを走る路線バスって、どこの会社のバスかわかるか? 車体に社名が無い。時間と経路で詳細の問い合わせをして欲しい」
俺らの下でまだ少し呆けているナツミは、会長の声で我に返る。
〈……え? あ、いや、わかった、調べさせよう。──宮原、聞こえてたな? すぐに……ん? まって、あそこの川沿いってバスが走る道路なんか、無いぞ?〉
「いやあるよ。少し細いが二車線のアスファルト道路」
スコープで再度確認しながら会長が言うと、別の声が混じってきた。
〈会長……。そこの道って未舗装の歩道しかないですよ? 私、通学路なんで〉
会長は眉をしかめてバスが走る道路を先のほうまで見渡す。
──スコープに映し出されたのは、自然歩道を歪めていくアスファルト。
バスを中心として数百メートルの道が進行に合わせて侵食されており、バスが過ぎ去ったあと、またもとに戻っていく。
「──ナツミ!! 私達の世界を否定している元凶を確認した!! 敵は地上走行車両型!! その数一体!! 距離約2800!!」
会長が怒りをあらわにしながらライフルのボルトハンドルを引き、弾丸を装填した。
「な──空はオトリか?! 司令室!! 全兵並びに周辺地域住民に緊急警報発令!! 位置情報を送信の上、地下シェルターから絶対に出ないよう警告しろ!!」
〈了解!〉
射線、クリア。周辺に生命反応無し。避難は徹底されている。
「司令、放てば恐らく、こちらに対する攻撃が予想されます。寧ろこちらに向かってもらいましょう。校内攻撃部隊に迎撃態勢を要請します」
〈……わかった。──校内ロングレンジ、ミドルレンジ部隊は敵方向に向け、迎撃用意!!〉
俺の進言にナツミは応じ、屋上を始め、各教室や講堂、隣の丘陵地帯など、高所に展開する学徒達の銃器が一方向へと次々に向けられた。
「────会長」
「ああ! いくぞ元凶!!」
腕に抱くお姫様のロングバレルに、激しいノイズが走った。




