NTRってあれ、誰に感情移入して読むのが正解なんだろうな
「NTRってあれ、誰に感情移入して読むのが正解なんだろうな」
「……」
告白やハグを終え、一応恋人同士になったはずの僕たちだったが、部屋に戻って最初に榊さんから飛び出たのはそんな話題であった。
いや、色々とツッコミどころが多すぎる。
別に、言葉だけの関係が変わったところで表面的には今までとなにも変わらないというのはまあわかる。
逆に、急にべたべたし始めても気持ちが悪いだろう。……いや、榊さんは今までも結構彼女からべたべたしてきていたような気もするが、まあ、それはそれ。
問題は、話題の選び方だ。
なんで付き合ってノータイムでNTRの話を始めるんだよ。
おかしいだろ。
倫理観とか情緒をつかさどる部位ぶっ飛んでるのかこの人、たぶんぶっ飛んでんだろうな。
まあ、榊さんのことだ。彼女の話題の振り方はいつも唐突かつエキセントリックだから、今回も適当に脳の端に浮かんだ話題を選んだだけなのかもしれない。
いや、にしてもだろ。にしてもすぎるだろ。
「ふむ。NTR、ですか……」
そして、なんで僕は神妙な顔して前のめりでNTR談義に花を咲かせようとしてんだよ。
嬉しいからだよ。関係が変わっても、榊さんと今までみたいにどうでもいい会話を繰り広げられることが。
あ、NTRの話を榊さんとできるのが嬉しいわけでは断じてないから。
「公太郎は誰に感情移入して読むんだ?」
「なんで僕がNTRを好きな前提なんだよ」
「えっ、違うのか? スゲーNTR好きそうなNTR顔してっけど」
「NTR顔ってなんだよ」
まあ、これはいつも通りの榊さんの冗談というか僕をいじってるだけだろう。たぶん。
「僕は好きでも嫌いでもないですけど……。榊さんは好きなんですか?」
好きって言われたらどうしよう。僕の脳みそ溶けちゃうかも。
──いぇ~い! カレシさん見ってる~~? 今から君の巨乳メイドカノジョちゃん、俺と楽しいことしちゃいま~~~す!
なんて、目元が影で見えない体が灰色の金髪間男が、満更でもなさそうな榊さんの肩を抱いている姿が幻視された。
うん! 死のうかな。
「いや、あたしもどっちでもねぇけど」
「じゃあなんでこの話題選んだんだよ」
ツッコミつつも、僕は露骨にホッとしていた。
「いやさ。NTRってなんでか、死ぬほど好きな人と死ぬほど嫌いな人しかいねぇじゃん?」
「まあ、確かに……?」
とうの僕らは、そのどちらにも当てはまらなかったわけだが。
「あれさ。あたし、おもしれーって思っててさ。皆誰に感情移入して興奮したり脳みそ破壊されたりしてんのかなーって思ってんだよ」
ああ、この話題の振り方は、ちゃんと榊さんの興味からきているものだったのか。
「嫌いな人は、寝取られちゃった主人公に感情移入しちゃうからでしょうかね」
「だろうな。興奮する層も主人公に感情移入して読んでそうだな」
「寝取られるヒロイン視点に立って興奮する人もいそうじゃないですか?」
「だな。それでいうと、強男は寝取る側に感情移入して興奮するってのもありそうじゃねぇか?」
「ありそうですね。……そこまでいくと、果たしてNTRというジャンルで興奮しているのかどうか怪しくなりますが」
「……ま、一応どの立場でも興奮できるようにできてんのな。NTR、奥が深ぇ~~」
こうして、僕らのNTR談義は一応の結論が出たのであった。
NTR談義ってなに?
会話が終わり、榊さんはぼぅっとした表情でテレビを見始めた。
なごやかな時間が流れていく。
いつも通りの会話に、いつも通りの雰囲気。
関係性が変わっただけで、僕たちは今まで通りだ。
もしかしたら、榊さんに振られていても案外このままの感じで一緒に暮らしていたのかもしれないな。
……いや、それはさすがにないか?
「榊さん」
「ん」
僕の声に、榊さんが顔だけを動かしてこちらを見た。
「これからも、よろしくお願いしますね」
「ん? んー……。ん」
小さく瞬きをしてから、榊さんはだるそうに顔をテレビの方に向けた。
彼女の綺麗な黒髪の間から覗く耳は桜色に彩られていて。
僕は、こう思ったのだ。
急な関係の変化がなんだか気恥ずかしく、榊さんは変な話題を選んでくれたのではないかと。
……なんて。




