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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
三章 酔メイドと僕の変化

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煙草なくて口寂しかったから

 ほのかな部屋の明かりだけを頼りに、僕と榊(さかき)さんは、かすかな距離をおいて見つめ合う。


 やがて榊さんの煙草が燃え尽きた。彼女が煙草の箱を叩くが、どうやら今のが最後の一本だったらしい。


「公太郎(こうたろう)、こっちこい」


 心地の良い彼女の声が僕の耳をくすぐる。


 なにを言われるのだろうか。

 なにをされるのだろうか。


「は、はい」


 わからないまま、僕の体は見えない糸に操られたかのように前に進んでいく。


 期待が三割。不安が七割だ。


 榊さんの目の前に到着した。


 台所には、榊さんが飲んだビールの空き缶が乱雑に並べられている。

 いつもはどうでもいいと思ってしまう情報が、今ばかりは特大な情報の波として脳に押し寄せる。


 榊さんは、緊張に身と心を震わせる僕を正面から見据え──。



 ──そして、キスをした。



「……は?」

 キスを、された。


「……? え、は?」


 僕の口から唇をはなし、榊さんは僕の反応を楽しむかのように目を細める。


 僕はというと、立ったまま硬直していた。

 すると、榊さんは悪戯っぽく舌を出してみせた。


「煙草なくて口寂しかったから、キスしちまった」


 なんだこのイケメン? 惚れそう。いや、もう惚れてた。


「どうだ? くっせぇだろ?」

「くっせぇです!」

「ふは。嬉しそうだな。キモ」


「あ、あの……。なんで急にキスなんて……」

「ん。だから、煙草なくなったから──」

 そこまで言って、榊さんは自分の頬を軽く指で触れ、視線をよそに逃がした。


「……いや、正直に言うわ。……あー……え、と……。あ、あたし、も……」


 榊さんは、微かに紫煙の残る息を吐き出し。

 それから──。


「あ、あたし、も……。お前のことが好きだから、だよ……」


 いつものように耳を真っ赤にして、恥ずかしそうにそう言うのだった。


 まったく、僕の大好きなこのメイドさんはどれだけ最高なんだ……!


「あのっ! 抱きしめてもいいですか?」

「えぇ? ……まぁ、ヤニ臭くなってもいいなら好きにしろよ」

「大丈夫です! 臭いの好きなので」

「うわ。ついに認めたな、キショ」

 言葉とは裏腹に、榊さんの口端は嬉しそうに、煙のような波を刻んでいた。


「……どーぞ? ご主人様?」


 僕に向かって両腕を伸ばす、ダウナーメイドさんに飛び込む。

 僕は、ぎゅっと。優しく、けれども強く、榊さんを抱きしめる。


 煙草を吸っているからかはわからないが、彼女の体温はとても温かい。


 僕の咥内(こうない)には、まだ煙の後味が残っている。


 初めてのキスは、僕の場合は紫煙の味がした。


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