はいはい。面食い面食い
錦糸町に向かってゆっくり歩いていると。
「さ、酒……」
と、砂漠で水を求める遭難者のような顔の榊さんが、道沿いの適当な居酒屋に吸い込まれていった。
空腹ではなくアルコール不足で店に飛び込んでしまうところが非常に榊さんらしい。
榊さんのあとを追い、僕も入店する。店先の提灯に書いてある焼き鳥という文字が頭に残った。
そこは、こじんまりとした居酒屋であった。個人経営のお店であろうか。
六人ほどが座れる小さなカウンターが一つ。テーブル席が二つ。壁には達筆な筆書きのメニューが並び、カウンター内では五十代と思しきご夫婦が手際よく仕事をしていた。
僕ら以外のお客さんは、カウンターに座る男性の二人組だけだ。
「二人いけます?」
榊さんの覇気のないピースが、焼き鳥を焼いているご主人に送られる。
「お好きな席どうぞ!」
主人の職人らしい顔つきが一瞬で柔く崩れ、こういった店に入るのが初めてだった僕の緊張が少し和らいだ。
「どっちがいい?」
目の動きでカウンターとテーブルをさす榊さん。
「じゃあ、テーブルで」
「ん」
入口側の席に腰かけ、僕らは向かい合った。
榊さんは、テーブルに置かれたメニューに黙って視線を落としている。彼女の長いまつ毛が照明を遮り、榊さんの瞳に影を落としている。
アンニュイなその表情に、僕は見とれてしまう。どうせ考えていることは、「なに飲むべかな~」とかそんなんだろうに。
なんでこの人はメイド服を着ているというのに、どんな場所にいても絵になるんだろう。
顔がいいから?
それはあるだろう。ただ、それだけでは説明がつかない。
顔だけではなく、彼女自身がまとうオーラのようなものが周囲を彩ってしまうのだろうか。
これが、カリスマというやつか?
「はいはい。面食い面食い」
「まだなにも言ってないんですが!?」
そんないつものやり取りをしていると、主人の奥さんと思しき店員さんが注文を取りにきてくれた。
「なににいたしましょう」
「ビールと」
榊さんの黒目が僕を向く。
「ウーロン茶で」
「あと、枝豆。だし巻き。ホッケの開き。大根とザーサイのサラダお願いします。公太郎は?」
「えっと、明太ポテトサラダで」
「せっかくなんで焼き鳥をタレで一ついいですか」
「あ、タレもう一つお願いします」
「じゃ、焼き鳥タレを二つ。とりあえず、以上で」
「はいな」
伝票に注文を書きながら、店員さんが榊さんに顔を向ける。
「お嬢さん。素敵なお召し物ねぇ」
「あざす。秋葉で働いてるんで、よかったらきてください」
流れるように名刺を渡す榊さんを見て、僕はひっくり返りそうになってしまった。
どんなコミュ力してるんだ、この人。
この年代の方は、メイド喫茶にはあまり興味がないのではないか? つまり、名刺を渡してもお店にきてくれる可能性は低いだろう。
なら、宣伝ではなくただのコミュニケーションの一環として名刺を渡したのだろうか?
それとも、榊さんなりのボケ?
それか、なにか他の深い意味があるのかもしれない。
そんなことを考えている僕をよそに、店員さんは笑顔でその名刺を受け取っていた。
「まあ、ありがとうね」
そうして、彼女はカウンターの裏に戻っていく。
「凄いですね、榊さん」
「なにがだよ」
「行動力というか、なんというか。今のは宣伝ですか?」
「ん? んー」
頬杖をつき、呆けた顔で天井を見やる榊さん。
「いや、特になにも考えてねぇ。体が勝手に動いただけだ」
「……そう、ですか」
時々忘れそうになる。
顔がいいから雰囲気があるだけで、この人、頭の中は結構空っぽなのである。
「あ、今失礼なこと考えてたな」
「……」
彼女の無駄な鋭さは、いつでも健在だ。




