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家の前で酔い潰れてたダウナーやさぐれメイドを助けたらなぜか同棲が始まった  作者: 雨谷夏木
三章 酔メイドと僕の変化

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……あたしも

「そろそろエロいことするか?」

 急に吐き出された榊(さかき)さんの声は、全くといっていいほど緊張をともなっていないように見えた。


 だから、いつもの真顔で放たれる、ただの彼女の冗談だと思い、横目で榊さんの表情を確認したのだが──。


 ──めちゃくちゃ赤面していた。


 あ、これ、マジのやつだ。

 ガチのやつだ。


 榊さんなりに、めちゃくちゃ勇気を出してくれたのだろうか。

 そういえば僕たちはまだ、キスよりも先に進めていない。


 ……そりゃあいつかは、とは思っていたけれど。


 今日!? 今日なのかっ!?


「……ん、ごめん。変なこと言ったな。忘れてくれ」

 と、僕がまごついているうちに榊さんは顔を横に逸らしてしまった。


「あ、いやっ。したくないとかではないんですけどッ! 僕その、初めてなので……」

「だろうな」

 だろうな?


「別にそんなん気にしなくても、あたしが頑張るけど?」

「気持ちは嬉しいんですけど、まだ心の準備ができてないというか……」


「……そーかよ」

 その榊さんの声は、失望や落胆の色は含まれておらず、むしろどこか安堵しているようにも聞こえた。


 それを裏付けるかのように、再びこちらを向いた榊さんの顔には、優しい微笑が咲いていたのだ。

「勢いで言ってみたはいいけど、実はあたしもちょっち緊張してたんだ。だから、そうだな……。エロ解禁は、公太郎が二十歳(はたち)になってからでどうだ?」

「二十歳……」

 ちょうど、今日から一年後か。


「いや、煙草と酒も同時解禁って、その日イベント多すぎませんか!?」

「ふは。一気にシンデレラだな」

「あの歌詞、君はもうじゃなくて、君はまだ、ですからね」

 大人への階段は、まだ続くようだ。


   〇


 榊さんは、家に戻ってきた次の日から早速仕事に復帰した。

 メイド喫茶の店長、唐木田(からきだ)さんからは、全くといっていいほどドヤされなかったらしい。相変わらず、榊さんに甘すぎる。


 灰色に侵(おか)されかけていた僕のメンタルは、榊さんが戻ってきてくれたことにより順調に回復していった。


 いつも通りの大学生活を送る中、僕の頭に浮かぶのは一週間後のことだ。


 一週間後、榊さんの就活結果が一通り出そろうらしい。その中には、榊さんの本命も含まれているらしいが……。

 ……どれか一つでも内定が出ると、僕と榊さんはどうやら結婚というやつをするらしいのだ。


 ……マジ?


 まだ出会って一か月強だし、付き合ってからは二、三週間ほどしか経ってないよな?


 まあ、電撃結婚とかスピード婚とかは聞いたことがあるし、それに、僕たちも実際に結婚をするのはもっと先だろうしな。僕が二十歳になって……更にその後、大学を卒業し、働き始めたから、とか。


 それまでに、僕らの関係が変わらず続いているかはわからない。人間の約束や関係に、絶対なんてものは存在しないから。


 だからこれは、婚約の約束、みたいなものなんだろう。

 それでも僕は、この上ない喜びを日々、噛みしめていた。


   〇


 そして、一週間後──。


   〇


 講義後、僕は二人分のケーキを買って家に直行した。榊さんの内定が出たらお祝いの意、内定が出なかったら残念会の意のケーキである。


 希望と、期待と、少しの不安。

 

 自分のことのように緊張しながら、少し早歩きとなってアパートへ向かう。

 五月に吹く風は、四月よりも少し暖かかった。


 榊さんは今日、仕事が休みだと言っていた。出かけていなければ、家にいるはずだが──。


「……は?」

 僕は、目の前の光景に息を呑んだ。


 ──木造アパートに帰ると、僕の部屋の玄関の前でメイドがうつ伏せで倒れていた。


 そう、メイドである。どっからどう見てもメイド。

 白と黒のコントラストが美しい誰もが想像するあのメイド服を着ているのだから、彼女はメイドに違いない。頭にはホワイトブリム──ヘッドドレスも付けられているし。


 そして、よく見ると彼女の周りには空の一升瓶や空き缶が散乱している。


 ……いや、デジャヴ! デジャヴにもほどがあるって!


「榊さん……! ……ですよね!?」

 いや、こんなアウトローメイド、榊さんに決まってる。こんなメイドが榊さん以外にいてたまるか!


「榊さん! 大丈夫ですか!?」

 彼女を揺すって起こそうとすると。


「ん。んん~~」

 カッスカスの声を発しながら寝返りをうち、綺麗なメイドさんが仰向けとなった。

 この顔は、榊さんだ。こんなに綺麗で退廃的なメイドさんを、僕は榊さんしか知らない。


「んぉっ? 公太郎(こうたろう)か?」

「は、はい! そうですけど、大丈夫なんですか!?」

「大丈夫は大丈夫、なんだけど……。一つ頼みがある」

「なんですか!? なんでも言ってくださいっ!」


 焦点の合わない目で、それでも彼女は僕のことをしかと見つめている。


 そして榊さんは、震える手を僕の方に伸ばし──。


「酒、恵んでくれないか?」

「なんでだよ!」


 初対面ぶりの僕のオーソドックスツッコミが炸裂した。


   〇


 僕たちが住むボロアパートの部屋の中。

 ローテーブルを挟み、僕たちは向き合っている。


 榊さんは、『明日世界が滅びても、どうでもいい』みたいなやさぐれ顔で、煙草を吸っていた。


「あの、榊さ──」

「──ちた」

「へ?」


 なんだ? よく聞こえなかった。


 榊さんは、ため息と煙とともに、言葉を吐き出す。

「全部、落ちた。全部、不採用。全部、お祈り」

「……」

「まあ、だろうなって感じだけど……」


 榊さんは、灰皿に煙草を押しつぶした後、そのまま背中から後ろに倒れ込んでしまった。


「ヤニクラが……。……頭、イタ……。クソ、酒飲み過ぎたな」


 なるほど。就活が失敗してのヤケ酒だったわけだ。

 頑張った榊さんだが、その努力は報われなかったというわけだ。

 なんとも、榊さんらしいというか、なんというか。


 僕は、そんな榊さんを見て、悲しむでも落胆するでもなく。


「……っぷ。ははっ」


 笑って、しまったのだ。


「ん。おいおい。笑うたぁ失礼なやつだな」

 少しムッとしたような表情で、榊さんが上体を起こす。


「ご、ごめんなない。あまりにも榊さんすぎたものですから」

「いやまあ、別にいいけどよ」


 頭をかきながら、榊さんは申し訳なさそうに口を開く。

「あたしが落ちたってことは、結婚の話はなしに──」

 榊さんが、その言葉を最後まで紡ぐことはなかった。


 なぜなら、僕が自分の口で、榊さんの口を塞いだのだから。


「ッ! ……おい、急になんなんだよ」

 頬を染めながら唇を拭(ぬぐ)う榊さん。

 僕は、ほのかなビールの風味を感じながら微笑で告げるのだ。


「榊さんはやっぱり、今まで通りでいてください。メイドさんとして働きながら、芸人の道への復帰を目指して。そんな榊さんを、僕が支えますから。だから……そうですね。約四年後、僕が就職して、そのときにも僕たちの関係が続いていたら──」


 なによりも大切な人の手をぎゅっと握りながら。今度こそ僕は、先に榊さんに取られてしまった言葉を自分から伝えるのだった。


「結婚ってやつ……してみませんか」

「んお? ……お」


 榊さんは顔全体を深紅(しんく)に染め、僕から顔を逸らす。


 しかし、その黒目だけはしっかりと僕を見つめていて。


「おう……」

 と、微かに頷くのであった。


「……っ! と、というか! そんなん完全にひも女じゃねーか!」

 恥ずかしさを紛らわせるためか、早口でまくしたてる榊さん。

 ついこの間も、こんな会話したよな。どれだけ気にしてるんだよ。


「いや、いいんですって。僕はそんな榊さんが好きなんですから。こう言った方がいいですか? 僕のひもになってくださいって」

「最悪のプロポーズやめろや。というかその言い方だと、あたしがひも男の公太郎を養う女みたいに聞こえねー?」

「榊さんに養われる……? おお、それはそれでなんか、ゾクゾクしますね」

「お前、マジで雑食すぎだろ……」


 プロポーズ直後だというのに、僕たちはいつもと全く変わらないくだらない話を交わし合った。


 その後、僕たちは僕が買ってきたケーキを一緒に食べたのだった。

 その際も榊さんは、僕にずっとしょうもない話をしてくれた。


 この人と結婚できたら、きっと毎日が楽しいんだろうな。……それ以上に、大変なことも多いと思うけれど。


「……好きだなぁ」

 ケーキを頬張る榊さんを見つめていると、自然とそんな言葉が漏れていた。


 榊さんは。

「あー、はいはい」

 と、いつものように僕の称賛を華麗にスルーする。


 そして、数秒後。


「……あたしも」

 と、耳を染めながら小さく囁いたのだった。


 大きな大きな東京の中の、小さな小さなアパートの一室。


 彼女がいれば僕は。


 何も、怖くない。


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