あたしが就職することになっちまうだろうが!?
「お前が、急に結婚とか口走るからだろォがーーーーーッ!!」
どうして急に就活を始めたのか訊いたら、怒鳴られてしまった。
「ど、どういうことですか! なんで僕がその……けっ、けけけ、結、婚……って単語を出すと榊さんが就活することに──」
「おい! もう二度とその『け』から始まって『ん』で終わる間に小さい『っ』が入る四文字の言葉口走んなよ!?」
「なんでだよ!?」
「あたしが就職することになっちまうだろうが!?」
「どゆこと!?」
色々と理不尽すぎるだろ!
榊さんは、一息にまくしたてた反動か、ふぅふぅと肩で息をしていた。
そして、そんな彼女のテンションに合わせている僕の息まで荒れ始める。
……ビークール。よし、落ち着け。一旦整理しよう。
どうして榊さんが就活をするのか? それはやはり、お金が必要だからだろう。
それならば、榊さんはどうして急にお金をほしがったのか? それは、お金が入用になったからにほかならない。
そして、榊さんが就活を始めたのは、僕が「結婚」というワードを出したからだという。
……! まさか、榊さん……。
「……本気で、僕との結婚を考えてくれてるんですか……?」
「! ……」
榊さんは歯がみし、僕から視線を逸らす。そして、頬を軽くかきながら──。
「……悪ィかよ……」
鮮烈に、耳を染めてみせるのだった。
「榊さん……」
ふわりと香る紫煙。
僕が呟き終わる頃には、既に僕は、大好きなメイドさんをしっかりと抱きしめていたのであった。
「おい。あたし、たぶん汗臭ェから……」
恥ずかしさからか、僕を引きはがそうとする榊さん。
「気にしません。むしろ──」
「キショっ! ……くそ、このやり取りも久々だな」
榊さんは僕の肩に手を置き、腕を前に伸ばした。そのせいで僕との間に腕分の距離ができるが、おかげで至近距離見つめ合うことができる。
「お前は、あたしのことが好きなんだな?」
「はい」
「けっ、結婚したいくらいに、か……?」
「……はい」
鏡写しのように、お互いの顔がどんどんと赤を帯びていく。
「よ、よし。わかった」
榊さんは僕をまっすぐに見据えたまま、ごくりと喉を鳴らす。
「一週間後くらいに、あたしの本命含めた就活先の結果があらかた出そろうんだ。どこか一つでも採用されたら、その……」
ぎゅっと目を瞑りながら、榊さんは僕にこう告げる。
「あたしと、結婚ってやつ、してみるか……?」
「──はいっ」
食い気味に答えながらも。
なんか、榊さんの言い方が若干戦闘民族っぽかったこととか。
普通、この立場逆じゃね? とか色々思ったのだが。
そのすべてがなんだか僕ららしく、愛おしくって。
今はただ、この幸せなだけの時間におぼれたいと、そう思った。
〇
その後、なんとなく、僕たちはベッドの上で寝ころび、お互いの顔を見つめ合っていた。
「榊さんが就職することを僕は止めたりしません。でも、もし僕のためだけに就職するつもりだったら、僕は少し寂しいです。榊さんには、芸人になる夢も、素敵なメイドさんの道もあるのに──」
「おん? 別に、どっちも諦めねぇけど?」
「はい!?」
「むしろ、芸人もメイドもどっちも極めるための就職だっての。なにごとも、極めるにゃあ金がいるだろ? だから、資金稼ぎのための腰かけ就職だよ。ある程度金がたまったら、さっさと辞めるつもりだぜ?」
「あ、そ……そうでしたか……」
その言葉を聞き、露骨に安堵している自分がいることに気が付いた。
僕は、榊さんが僕のために、生きる指針を曲げてしまうのが嫌なのだろう。
「前から思ってたんだよ。いつかは普通に働いて金ためようってな。でもあたし、こんな性格だから、メンドいことはいつまでも先伸ばしにしちまうんだよ。……でまあ、今回がいいきっかけだと思って、一歩飛び出してみたってワケ」
「なるほど」
榊さんの横髪が下に垂れ、彼女の鼻先をかすめる。
僕は無意識に指を伸ばし、彼女の耳に、垂れた髪をかけたのだった。
榊さんは特になにも言わず、ただ、僕から目を逸らす。その頬は、気恥ずかしそうに朱をはらんでいた。
「好きなときに仕事、辞めていいですよ。僕は、榊さんの夢を応援します。そのために、バイト頑張ります。大学を出て、頑張って普通の企業に就職して、頑張って普通に働きます。大切な、榊さんのために」
「公太郎……」
榊さんの瞳が一瞬うるんだように見えた。次いで、榊さんは口元だけでフッと笑い、そして、すぐに真顔になってこう言うのだった。
「いや、それさ。あたし、クソひも女じゃねぇか」
「……」
結構ずっとそうだろ。
「あ、そうだそうだ」
急に榊さんが上体を起こし、なにやら自分の鞄の中をあさり始めた。
「なんであたしが急に帰ってきたかってーと……。就活に一区切りついたってのもあるけど、なんとか今日までに帰ってきたかったからなんだよ」
「今日?」
今日はなんの日だったかな。
そんなことを思っていると、僕の手になにかが置かれた。
「誕生日おめでとう。公太郎。十九歳か? わけぇな」
「あ……」
そうだ。五月十日。今日は僕の誕生日ではないか。すっかり忘れていた。
というか──。
「あの榊さんが、プレゼントを……?」
「あのは余計だけどな」
期待しながら自分の手の平を見ると、そこには。
──包装もなにもされていない、謎のメーカーの謎のグミが置かれていた。
「絶対パチンコの景品だコレ!?」
「わは。バレたか」
衝撃を受けるとともに、あまりにも榊さんらしいプレゼントに、逆に僕は舞い上がってしまった。
「ありがとうございます! 普通に嬉しいです!」
「お前、なんでも喜ぶのな……。ホントはそれ、ただのジャブだったんだけど」
「え!? まだなにかあるんですか?」
「ん。これがあたしの右ストレート」
ぐいと、有無を言わさず僕の目前に突き付けられたのは、小さな長方形のなにか。こちらは、綺麗にラッピングされていた。
「わぁ。開けてもいいですか?」
「どぞ」
期待に胸を膨らませ、僕は豪快にラッピングを破いていく。
小さな箱を開封すると、そこには──。
「これ、は」
緩衝材とともに、幅一センチ、直径十センチほどの、木の幹のようなものが入っていた。
「もしかして、葉巻、ですか?」
「そ。未成年に煙草をプレゼントすんのもどうかと思うけど……。今吸えってことじゃなくてだな。一年後、お前が二十歳になったら一緒に吸うための、未来へのプレゼントだ」
「わぁ……!」
この人は、なんて粋なことをしてくれるんだろう。
「もしかして、たばこと塩の博物館で買ったんですか?」
「ああ。お前用と、あたし用をな。……一年後、しけっちまってたら、また買えばいいしな」
「はいっ」
僕は、榊さんにもらったグミと葉巻をぎゅっと胸に抱きとめたのだった。
〇
ベッドに二人で寝そべりながら、一緒にグミを食べた。
少しお行儀が悪いが、榊さんと一緒だと、なぜか罪悪感が薄れるんだよな。……やはり僕、彼女といることでちょっとずつ道を踏み外している気がする。まあ、そんなの今更か。
「なー。公太郎ー」
「はい」
榊さんは、もきゅもきゅとグミを噛み、飲み込んでから。
コンビニにいこうというくらいのノリで、こう言った。
「付き合ってまあまあ経つし、そろそろエロいことするか?」
「ぶッ!?」
食べていたグミを吹き出しかけた。




