ノスタルジーと寂しさの複合
ファミレスの安価なワインをガブ飲みした結果ベロベロのデロデロになった我藤さんを、舞姫さんが家まで送り届けることとなった。
慣れた手つきで我藤さんをタクシーに詰め込みながら、舞姫さんが心配気に眉を落として僕を窺う。
「こ、こーたろーくん。なにかあったら、いつでも相談してね。わたし、やしろちゃんのファンでもあるけど、こーたろーくんのファンでもあるから。わたしでよければ相談に乗るよっ」
胸の前でふんすと両手を握り込む舞姫さんは、とても健気でかわいらしい。
「ありがとうございます」
タクシーを見送ってから、僕は一人で帰路につく。
辺りはすっかり暗くなっており、道路と歩道をゆく人の数もまばらだ。だからこそ、遠くから聞こえてくる小さな雑踏が凪いだ僕の心を蝕んでいく。
ふと空を見上げる。
雲のない夜空に、無数の星。
しかし、都会の光に遮られているからか、僕の地元で見た星空と比べると、あまり綺麗に見えない。
──榊さんと見たあの星空、綺麗だったな。
なんて、隣に彼女がいればそんな話もできるのに。
僕は無心でスマホを取り出し、無心で榊さんとのトーク履歴を開いていた。最近は、この動作が体に染みついてしまっている。怖い。
榊さんからの連絡は、相変わらずない。
『いつ帰ってきますか?』
そう送ろうとしたが、『わからん』と、素っ気ない返事が返ってくるだけだろうとなんとなく予想がついたため、なにも送らずに画面を閉じた。
〇
「ただいま──」
ほんの少しの希望をこめて、誰もいないはずの僕の部屋に声をかけながら足を踏み入れる。
当然どこからも返答はなく、電気もついていないし人の気配もない。
僕の瞳から、期待の色がすっと消えていくのが自分でもわかった。
榊さんが帰ってくる日は、今日ではなかった。
では、明日はどうだろう。一週間後は? 一か月後は?
それとも、もっと先?
いや、そもそも、本当に帰ってくるのだろうか……。
その日食べたカップラーメンのかやくは、ゴムを食べているかのような感触がした。
〇
めまぐるしく日々は過ぎ、気づけば暦が変わっていた。
現在、五月初旬。
いつの間にか、僕の大学生活が始まってから一か月が経っていた。
長かったような、短かったような。
……いや、どっちにしろめちゃくちゃ充実してたな。それも全て、あのオモシロメイドさんと出会ったからこそだ。
僕はといえば、最近、近場のコンビニでバイトを始めたのであった。
バイトを始めた理由は、お金がほしいのと。
……暇で寂しい時間を、少しでも減らすためだ。
〇
ある日の講義後。近場のスーパーで簡単に買い物を済ませ、僕はまっすぐ家を目指した。
ここ最近は、榊さんがいない生活が当たり前になってしまった。勿論寂しくはあるけれど、言ってしまえば、彼女と出会う前の大学生活始めたての頃に戻っただけなのである。
今は飛野さんという友達もできたし、大学生活も独りぼっちではない。
……。それはそれとして、やっぱり榊さんにはまた会いたいのだけれど。
ぼけーっとしている間にアパートに着いた。
西日に目をしかめながら、スーパーのビニール袋を抱えたまま鍵を開けようとする。しかし、上手くいかない。重い物を買いすぎて、腕への負担が大きいのだろう。力が入らない。
ビニール袋を一旦置こうとすると──。
「袋、持つぞ」
と、隣から聞き慣れた声がしたものだから、僕はそちらを見もせずに。
「ああ、どうも」
と、榊さんの声がした方向にビニール袋を差し出した。
「……え」
榊さん? なんで榊さんの声がするんだ?
寂しすぎて、ついに幻聴まで聞こえるようになってしまったのか? 僕は。
恐る恐る左方向を見ると。
そこには、見慣れたあの榊さんの綺麗なご尊顔が存在した。
間違いない本人だ。
「榊さ──」
しかし、喜びも束の間。
僕は、榊さんの服装を見て。
──ビニール袋をその場に落としてしまった。
「あ、おい。大丈夫かよ。卵とか買ってねぇだろうな」
大儀そうにビニール袋を拾ってくれる榊さんを見て、僕はお礼を言うことも謝ることもできずにいた。それほどに、榊さんの服装は衝撃的なものであった。
僕の心と頭を支配する感情は、歓喜が一割。ノスタルジーと寂しさの複合が一割。悲しさが二割。残りが驚愕といったところだろうか。
なん、で……。なんであの榊さんが、その服を……?
榊さんが着ていたのは、メイド服でも僕があげた私服でもない。
……リクルートスーツなのであった。




